文章を読んでるようで、人を読んでる 〜心に残る文章の正体〜


「心に残る文章って、どんなんやろ?」

そんなことを考えてみた。

本を読んでても、

漫画を読んでても、

ブログを読んでても、

「この文章、なんか好き」

って思うことがある。

でも逆に、ものすごく上手に書かれてるのに、読み終わったら何も残ってない文章もある(笑)。

この違い、はて、なんなんやろ?

もちろん、基本的な文章力は大事やと思う。

読みやすさ(文法、語尾、改行、長さなど)。

構成。

ユーモア。

比喩。

擬音。

感情表現。

リズム。

そういう技術って、きっとある。

でも、それだけじゃ説明しきれんのもたしか。

そんなことをタチコマと喋ってみた。

「本音がにじんでる文章は、人の心に残りやすいのかもよ」

「余白のある文章は、読者が自分で考えられるよね」

「リズムのいい文章は、耳にも心にも残りやすいと思う」

うん、どれも納得できる。

そんな中、まっつんスタイルが考えたのが、たぶん人は、

「文章を読んでるようで、人を読んでる?」

ってこと。

同じ出来事を書いても、人によって全然違う文章になる。

同じ「悲しかった」でも、その人がどんな人生を歩いてきたかで、表現も言葉選びも、重みも空気も変わる。

つまり文章って、“その人自身”。

で、俺らは“そこ”に「心に残る文章」を見る。

文章って不思議よね。

別に出そうとしなくても、どうしたって性格や生き様が出る。

優しさも。

頑固さも。

弱さも。

ユーモアも。

照れ屋なところも。

全部、少しずつにじみ出る。

フッと香る香水みたいに、その人の空気が文章に移る。

だから、「心に残る文章を書こう」なんて思うのは、たぶん野暮(笑)。

それよりも、「ちゃんと生きよう」って考える方が健やか。

たくさん本を読む。

いろんな景色を見る。

美味しいものを食べる。

人と話す。

なんでも試して失敗する。

思いっきり笑う。

嫉妬して落ち込む(笑)。

そういう時間が、回り回って「心に残る文章」になるんちゃうかなと。

文章を書くことは、文章の練習。

でも、それ以上に人生を味わう練習なんかもしれん。

「心に残る文章?」

これからもブログを書き続けてたら、また違う解釈が見えてくるやろう。

もっと本を読んだりしたら、思わぬ発見がある、なんてこともありそう。

実は、文章の技術だけで説明できたりするかもしれん。

「結局、構成が一番大事でした」とか(笑)。

まぁでも、今のところは、

「人の心に残る文章って、文章そのものよりも、“人が残る”文章なんちゃうかな」

って。

そんなふうに考えとくことにする☆


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