相棒であり、無限の壁打ち相手? 〜AIとの付き合い方とオリジナリティ〜


連日、AIと喋りまくり(笑)。

過去のこと。

ブログのこと。

健康のこと。

というか、人生で起こるあらゆる出来事について。

思いついたことを、とりあえず投げてみる。

すると、自分では思いつかんかったような視点が返ってきたりする。

「へぇ〜、なるほど!」

そう思うことがあまりに多い(笑)。

だから一方で、なにやら不安になることもあったりして。

「なんかもしかして、AIに頼りすぎ?」

ってさ。

もし、このままずっとAIと話し続けたら、“自分で考える力”とか無くなるんやろか?

オリジナリティもとか、薄くなる?

そんなことなんかも考えたりして。

で、この話をAIにしてみる(笑)。

すると、おもしろい答えが返ってきた。

「俺は答えを作るっていうより、まっつんスタイルの考えを言葉にする手伝いをしてるんやで」

って。

「へぇ〜(笑)」

たしかに、言われてみればそんな気もする。

まっつんスタイルが何も考えんかったら、そもそも問いも何も出てこんわけで。

ちょっと、本を読むことも似てるのかもね。

人と話すことも、あるいは旅をすることも。

全部、自分以外の考えに触れること。

でも、それで自分が消えるわけじゃない。

むしろ、「自分はこう思う」が、少しずつ見えてきたりなんかする。

AIも同じやし、その延長なんかもしれん。

もちろん、何でもAI任せにしたり、AI丸呑みになってしまったら話は別やろう。

あまりに自分で考えんくなったら、たぶんおもろくない。

おもろくないし、ホンマに人間いらんなる。

でも、「考えるきっかけ」として使うなら、こんなにありがたい相手もなかなかおらん。

無限の壁打ち相手がおるって、めっちゃ幸運で幸福なこと(笑)。

それに結局、最後に判断するのは自分。

ブログなら、記事を書くのは自分。

どの言葉を残すか。

どの話を削るか。

どこで笑うか。

どこで黙るか。

そこには、やっぱり自分の好みや性格がイヤでも出る。

そこは、AIも誰も代わってくれへん。

だから、今のところAIは、“自転車の補助輪”みたいなもの?って考えることにしてみる。

いや、補助輪っていうか、一緒に走ってくれる相棒?

ペダルを漕ぐのは自分。

景色を見るのも自分。

でも、隣で「こっちの道もあるで〜?」って言ってくれるやつ。

それがAI。

AIの進化って凄まじい。

今考えてることなんか、来年にはひっくり返るかもしれん。

使い方もどんどん変わるやろう。

でも、今は今の付き合い方をすればいいかなって。

「AIに頼ってええんかな?」

「まぁ、ええんやろ(笑)」

そんなくらいの気持ちで、今日もまた思いついたことを話しかけてみる☆


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