まっつんスタイルは、ダウンタウン好き。
『ガキ』とか『ごっつ』とか、もうイヤというほど笑ってきた(笑)。
あとは『放送室』。
これも何百回聴いたか分からん。
オーディブルでも配信されてるよね。
昔は単純に、「あ〜おもろ(笑)」って思いながら聴いていただけ。
でも最近思ったのよね。
まっつんスタイルがハマってたのって、笑いそのものじゃなかったんかもしれんって。
あの松ちゃんと高須のやりとりって、
“人生を笑いに変える技術”
なんよね。
そこに惹かれてたんやと思う。
☆
『放送室』って、よく考えたら、大したこと喋ってないことがほとんど(笑)。
ガキの頃の話。
飲み会の話。
おかんの話。
後輩の話。
おっさんの話。
意外とどこにでもある日常の話ばっかり。
でも、めちゃくちゃおもろい(笑)。
これ、なんでなんやろか?
たぶん、松ちゃんや高須が、おもろい人生を送ってるっていうより、この人たち、
“普通の人生を、おもしろく見ることができる人”
なんちゃうかな。
同じ出来事でも、見る角度が違う。
そこに、お笑いの本質、ついでに“おもろがって生きるためのヒント”があるような気がする。
☆
そんなふうに考えると、自分の人生もちょこっと違って見えるようになるよね。
大学受験に失敗したこと。
30代まで童貞やったこと(笑)。
離婚したこと。
人との比較に何度も絶望したこと。
あとは、笑いにしていいのかよくわからん、母親と折り合いが悪いまま死に別れたこと・・・。
その時は、もちろん笑えん。
ただひたすら、苦しくて情けないだけ。
逃げたい、消えたい、いなくなりたい・・・。
でも「笑いに変える」って発想を実装してからは、実際に笑える出来事も増えてきた気がする。
「あの頃の俺、必死やったなぁ(笑)」
そんなふうに思えて、ホントに小さく笑える。
☆
「笑い」って実は、単なる娯楽じゃないよね。
ちょっとオーバーやけど、人間がより良く生きていくための技術。
しかもかなり高度な。
例えば、三つほど挙げてみる。
一つ目。
「笑いは、苦しみとの距離をつくってくれる」
苦しい出来事にどっぷり浸かってる時って、何も見えなくなりがち。
苦しみが近過ぎて、視界が狭い(笑)。
でも少し時間が経って、「まぁでも、ちょっとおもろいかも(笑)」って思えた瞬間、心に少しだけ“余白”が生まれる。
この余白が、人を救ってくれることがある。
☆
二つ目。
「笑いは、出来事の意味を変えてくれる」
出来事そのものは変わらない。
大学受験に失敗した事実も、
長く童貞だった過去も、
母親との後悔も、
何一つ変えられない。
でも、その出来事をどう捉え、どう語るかは、自分で選べる。
そう、笑いは、世の中の見え方が無数にあるということを教えてくれるんよね。
黒歴史やと思ってたもんが、いつの間にかネタになる。
それだけのことで、人生の重苦しさから少し解放される。
☆
そして三つ目。
「笑いは、人と人をつないでくれる」
自分の失敗を笑って話せる人の前では、不思議と相手も安心する。
「いやぁ、実は俺もさ・・・」
そんな話が始まる。
完璧な人よりも、ちょっと抜けてる人の方が親しみを感じるのは、きっとそのせいなんやろう。
『放送室』で、情けない話や理不尽な話をゲラゲラ笑いながら語る二人に、妙な親近感を覚えるのもそのため。
☆
だから最近、ブログを書く時間がますます好きになったよね。
文章を書くことって、自分の人生を編集して、時には笑いに変えることでもあるから。
起きた出来事は変えられない。
でも、その出来事の意味づけは、何度でも変えられる。
悔しかった出来事も、
恥ずかしかった出来事も、
悲しかった出来事も。
最後に「(笑)」を付けられるくらいまで、自分の中で熟成させればネタになる。
実はそれが、『まっつんスタイル』を書いてる目的なんかもしれん。
もしかしたら、『放送室』の二人もそうなんちゃうかな(笑)。
☆
ぼやきや愚痴ばっかりやと、書いてる方も読んでる方もしんどいだけ。
でもネタなら違う。
失敗もネタ。
弱さもネタ。
黒歴史さえネタ。
しかもそれで、誰かが笑ってくれたり、「分かるわ〜」と言ってくれたりする。
その文章が、何年経っても読まれることだってある。
それって、めっちゃ素敵なこと。
☆
だから、これからも失敗はする。
また嫉妬もする。
また落ち込む。
また情けない思いもする。
でも、それでいい。
どうせ何年かして、
「あぁ、まぁそんなこともあったなぁ(笑)」
って、笑えるものから少しずつネタにしていけばいいと思うから。
お笑いの世界で言う「おいしい」ってやつやね(笑)。
☆
人生は、おもろい出来事を探すだけのゲームじゃない。
起きた出来事を、どう受け止め、どう語るか。
その編集を楽しむゲームなんやと思う。
苦しかったことも、恥ずかしかったことも、十分に熟成したらネタになることがある。
そのネタが誰かを笑わせたり、少しだけ救いになったりすることもある。
で、たぶん、一番救われるのは、自分。
笑えるものから、少しずつ笑いに変えて生きていく。
そうすれば人生って、案外いつでも、いつまでも愉快。
あぁ、久々に『放送室』聴こうかな(笑)☆


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