☆なぜ、心は「猿」になるのか?
さて今回は、仏教の中の「猿」。
意外と仏教動物のド定番やったりする。
で、いきなり結論的なことを言うと、
猿 = 制御されてない心
もうちょいピンポイントに言うと、
思考・欲望・比較・衝動なんかが跳ね回ってる状態
落ち着かない。
考えが止まらない。
あれこれ気になって、“今ここ”にいられない・・・。
仏教は、こうした心の状態を昔から「猿」に例えてきたのね。
木から木へ飛び移りながら、一瞬もじっとしていられない猿。
もうこれ、笑えるくらいに“現代人の心”そのもの(笑)。
☆出典|「心猿」という比喩
「心猿」
や、
「意馬心猿」
っていう比喩は、仏教の長い歴史の中で繰り返し使われてきた。
人の心は、
目に入ったものに飛びつき、
次の刺激を探し、
休むことを知らない。
まるで猿のように、絶えず跳ね回る。
☆
仏教では昔から、
人の心は、木から木へ飛び回る猿のようなもの
そう表現してきたみたい。
・(思考が)じっとしてない
・すぐ次に行く
・目に入ったものがいちいち気になる
・落ち着かない
・飽きっぽい・・・。
集中できない心の比喩
もう少し現代的にぶっちゃけると、“猿的な心”って、
「あぁ、これも気になる」
「いや、やっぱこっち?」
「他の人は?」
「ウソ? 俺だけ?」
「もっといい答えあるんちゃう?」・・・
現代人、心当たりありまくり。
「もうええっちゅーねん!」
っていうね(笑)。
これ全部、心が勝手に暴走してる状態。
つまり、
猿 = 考えすぎ(苦笑)
☆仏教的な意味|「猿は悪者」とは考えない
ただ、ここで大事なのは、
猿 = 排除すべき存在じゃない
っていう点。
少なくとも仏教の実践は、
「だから考えるな」
と、力ずくで押さえ込むこととはちょっと違う。
仏教が言っているのは、
猿を無理やり黙らせるんじゃない
「あ、今めっちゃ跳ねてるな」
と、気づいて観察する
こういう思考法が、めっちゃ重要。
まっつんスタイル的にも、まずはそこからで十分かなって思う。
ていうかこれ、現代のマインドフルネスなんかにも通じる発想。
☆生き物としての「猿」と「人」
ここ、皮肉たっぷりでおもろいとこ。
猿って、
・賢い
・器用
・学習能力が高い
・環境適応力がある
・人に近い
生き物
でもその分、
・欲張りで
・いつも不安で
・常に焦ってて
・集団内のポジションに敏感で
・ずっと落ち着かない
・・・と、人間から見ると、そんなふうにも見える(笑)。
知性があるゆえに苦しむ生き物
・・・あれ?
これ、人間の姿そのもの?(笑)
☆仏教的に見る、「猿」の「問題点」と「対処法」
仏教目線で言う、猿の問題点はというと、
× 欲が次々に生まれる
× “今ここ”にいられない
× 比較を止められない
× ネガティブにばかりフォーカス
× 未来と過去を行ったり来たり・・・
でもどうやろ?
こういう思考、「やめよう」つってもやめられるもんじゃない。
だから仏教の修行においては、
猿を追うな。
猿を叱るな。
猿を殺すな。
猿を“観よ”
と教える。
観るだけで、
“観られるようになるだけ”で、
猿は少しだけおとなしくなる。
☆まっつんスタイル語訳|「心猿」とは何か?
「心猿」を、まっつんスタイル的に翻訳すると、
・考えすぎてしんどい
・比較が止まらなくて辛い
・不安を解消しようとして疲れる・・・
そんな状態。
つまり?
悲しいけど、
“真面目すぎる”人間の”副作用”
って感じかな。
☆エロモテZENで翻訳
心猿がずっと暴れてるやかましい男。
例えば、
・モテ情報の奴隷
・スマホが気になってしゃーない
・常に他人へ意識が向いてまう
・自分の軸とかブレまくり
・思考が過去か未来に飛んでる・・・
だから、考え過ぎてて、なんかいろいろと不自然。
今風に言うと、「キモい」?(笑)
落ち着きがないから、そりゃ魅力も逃げる。
☆
一方で、
・心猿が騒いでも、そのことに気づける
・思考はあるけど、安易に従わない
・いちいち動じない
・すぐに自分の呼吸や身体感覚に戻れる
・一拍“間(ま)”を保てる
こういう状態の男は、常に自然体で、余裕と自信が漂う。
どっちの男に惹かれるかは、言うまでもない(笑)。
☆小さな実践|猿を黙らそうとしない
猿の象徴は、
思考が暴走してる心
比較・欲・不安で落ち着かない状態
でも、敵ってわけじゃない
だから、猿は叱らなくていい。
黙らせなくていい。
ましてや「殺す」とか、怖い(笑)。
ただ、
・今、何を考えているのか?
・どこへ行こうとしてるのか?
・なんで跳ぼうとしてるのか?
を、冷静に眺める。
まずはそれだけでいい。
目の前の出来事とか、
環境とか、
他人とか、
そういう外部に向かいがちな意識を、自分の心猿に向ける。
それだけで、猿は静まる。
猿を観られてる自分は、少なくとも、猿に完全には飲まれてはいない
慣れてくれば、猿は意外と扱いやすい?(笑)
☆今日は猿を飼っていこう
心猿は、消えない。
無駄に跳ね回る心を、跳ね回らないようすることって、たぶん無理(笑)。
これはもう諦めよう。
でも、
「過剰に振り回されなくすること」
はできる。
「心猿を“観る”」
習慣を持つことでね。
だから、考えすぎる自分を責めなくていい。
猿は、飼い慣らせばいい☆


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