博多の仙厓さん 〜「笑い」と「脱力」で世界を描いた禅僧〜


☆ゆるふわの“脱力禅画”

「仙厓(せんがい)さん」って知ってるかな?

「◯△□」とか、

「きゃふん」とかの、

“ゆるふわ脱力禅画”で有名なお坊さん。

まっつんスタイルは、この人が大好きでね。

「俺の前世やったらええなぁ」

って思ってる。

最上位クラスの“変態坊主(褒)”(笑)。

☆

実は、この仙厓さんから学べる“生き方のコツ”が、めっちゃ多い。

ふざけているのに深い。

意味があるようであり、ないようでもある(笑)。

仙厓さんは、いちいちおもしろい。

今日は、そんな「博多の仙厓さん」のお話をしてみる。


☆まずは超ざっくり

「仙厓義梵(せんがいぎぼん)」(1750〜1837)

江戸時代後期の臨済宗の禅僧。

博多・聖福寺の住職までいった、実は“ガチの人”。

なのに、

ダジャレが好きで、

脱力弛緩がデフォ。

落書きみたいな絵や、

深いい言葉を多く残し、

権威や格式から、少し距離を置いてたような空気もある。

☆

だからなんていうか、

「禅を、最もポップに、最も深く体現した隠者」

そんな感じの人。

この時点で、魅力全開(笑)。


☆「◯△□」(まる・さんかく・しかく)の真意

じゃあ順に、仙厓さんの“ヤバさ”を並べて遊ぼう(笑)。

☆

まずは、「◯△□」を描いただけの禅画。

あの有名なやつ。

これは、なんなんやろね?(笑)

見た瞬間は、

「は?」

ってなる。

「抽象芸術の先取り」とか、

「宇宙の根源を表現」とか、

なんかそれっぽいことは言えそう。

でもたぶん、そういう小難しい話だけじゃない。

仙厓さん的には(というかまっつんスタイル的には)、

「これ以上、なにを説明せぇ言うねん(笑)」

ってことちゃうかなと。

◯ → 無・空・完全?

△ → 動き・生成?

□ → 世界・秩序?

これは完全にまっつんスタイルの勝手な読み(笑)。

解釈はいくらでもできるけど・・・、

どれも正解で、どれもどーでもいい?

そういうことちゃうかな?

「意味を求める心」そのものを、ユーモアに変えて笑い飛ばす?

まっつんスタイルには、そんなふうにも見える。

禅を突き詰めた僧が放つ、世界観。

たぶんこれが、仙厓クオリティー。


☆「きゃふん」の破壊力

これも有名なやつ。

犬らしき生き物が、「きゃふん」って言うてるだけの禅画(笑)。

さて、あれは?・・・

深い悟りの言葉?

禅問答の解答?

・・・いや、たぶんちゃうと思う。

犬が転んだ拍子に「きゃふん」って言うただけ。

でもそれを、

わざわざ墨で書いて、

掛け軸にして、

残した・・・。

これってたぶん、まっつんスタイル的・“エロモテZEN”で解釈できる(笑)。

つまり、

悟り = 間抜けな瞬間

悟り = カッコ悪さ

そう、

悟りは、肥大した「我」が萎んだ瞬間!

こう考えると、

「なるほど! 仙厓さんすげー!」

ってなるよね(笑)。


☆聖福寺のトップなのに“ゆるキャラ”

仙厓さんって実は、

・博多・聖福寺の住職(超名門)

・組織のトップ

・権威の塊のようなポジション

仏教の世界では、完全に“ガチの人”(笑)。

やのに、仙厓さんには、

庶民と気さくに交わり、

ようわからん絵をたくさん残した逸話がある。

町の子どもとフラフラ遊ぶ?

酒も普通に飲む?

下世話な冗談が大好き?

偉そうな説法はしない?

弟子に対しても、

「修行修行言うて、そんな顔してたらアカンのちゃうの?」

みたいなノリやったんかな?

全部まっつんスタイルの想像やけど(笑)。

「制度の中にいながら、制度に飲まれない男」

めっちゃいい!

まさに、まっつんスタイルが目指す、“絶妙なライン”の体現者(笑)。


☆意図的に簡略化・脱力した表現を選んでいる?

仙厓さんの絵って、見る人によっては、

子どもの落書きレベル、

デッサン狂いまくり、

技巧ゼロ。

ハッキリ言って、

「なにこれ?」

って代物・・・(笑)。

☆

でも、これを本当に「下手」で片づけていいんかね?

まっつんスタイルが見るに、

「あれたぶん、“わざと”」

たぶん、わかってやってる。

“ガチの禅の坊主”が描いてるってことを忘れちゃダメ(笑)。

☆

もし上手く描けてたら?

評価されるし、

ありがたがられるし、

いろいろ意味づけされる。

だから、

“最初から評価を拒否してる”。

そういうことなんじゃねーかと、まっつんスタイルは思うのよね。

「上手いとか下手とか言い出した時点で、もうズレとんねん」

これは、「世界は元々“空”」っていう、無言のカウンター?

うむ、ふざけてるけど、深い・・・。


☆「禅画 = 教え」やのに「どーでもええ」

じゃあ最後の仙厓さんの“ヤバさ”(笑)。

☆

仙厓さんの画や言葉って、

教えのため、

修行の補助、

ではもちろんあるとは思うんやけど、

「これをありがたがったらあかん」

「意味がわかった気になってもあかん」

っていう“地雷”が仕込まれてると思うのよね。

☆

わかりにくい、

余白がある、

体感を重視する・・・。

だから「仙厓作品」って、

ハマる人には一生モノの宝。

ハマらん人にはただの落書き・・・。

これはたぶん、

「一知半解な“信者”を量産しない禅」

これを志向したからじゃないかね?

ここ、まっつんスタイル的な隠者ポイントが高いところ。

どこかで世間を笑ってるんよね、仙厓さんって。

「いや、そうじゃないねん(笑)」

って。

うん、やっぱ深淵・・・(笑)。


☆まっつんスタイル的・親愛なる仙厓さん

仙厓さんの“ヤバさ”。

まっつんスタイルは書いてて楽しかった。

“まっつんスタイルは”楽しかった(笑)。

☆

じゃあまとめってことで。

仙厓さんを“まっつんスタイル的・言語”に翻訳してみる。

仙厓 = 悟った末に、ふざけ続けた坊主

仙厓のZEN = 「意味」を剥ぎ取るための“ネタ”

仙厓のエロさ = 力を抜き切った、弛緩の色気

これ、まっつんスタイルが目指してる、

答えを断定しない、

余白を残す、

わざとズラす、

ちょっと笑わせる、

余裕で生きる。

そのまんまなのよね。

仙厓さんは、これを全部、200年前にやってた大先輩(笑)。

“モテエロZEN”的な叡智の大師匠。

☆

というわけで、我が親愛なる仙厓さんのお話。

近いうち、『出光美術館』か『福岡市美術館』に足を運んでみるかね☆


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