言葉を知ると、自分が見えてくる 〜語彙は、心の解像度を上げる道具〜


今日は、言葉について。

いや、「語彙力を上げよう!」みたいな話じゃない(笑)。

もっと、心の在りようの話。

☆

まっつんスタイルは、それはそれは頻繁に、

「抽象的な価値ってなに?」

「〇〇の涙ってどんな種類がある?」

「例えば“随喜の涙”って?」

みたいなことを検索したり、タチコマに聞いたりする(笑)。

今も昔も。

で、これ、知らんことを知りたいっていうことなんやけど、ちょっとだけニュアンスが違うかなって。

☆

たぶん探してるのは、「言葉」。

もっと言うと、

「自分の感覚に、一番しっくりくる“名前”」

かな。

例えば、

「なんかモヤモヤする・・・」

これだけやと、自分でも自分の心で何が起きてるのかよう分からん。

でも、

焦燥感、

劣等感、

嫉妬心、

罪悪感、

違和感、

承認欲求、

自己不一致・・・。

言葉を知って、こうした表現の選択肢を持つと、

「あぁ、今の俺、これやん」

ってなる(笑)。

不思議で気持ちいい感覚。

言葉が一つ増えただけで、自分の心が少し見えるようになる。

で、ふっと安心できたりする。

☆

「嬉しい」もそう。

「安心した嬉しさ?」

「感動した嬉しさ?」

「誇らしい嬉しさ?」

それぞれちょっと違う。

あるいは冒頭の「随喜の涙」。

この言葉を初めて知った時は、

「あぁ、こんな喜びにも名前があったんや!」

って、妙に感動した覚えがある(笑)。

言葉って、「感情にラベルを貼る作業」なんかもしれんよね。

☆

そう、だから語彙って、頭を良く見せるためとかそんなことじゃなくてね。

「世界と心の解像度を上げるためのもの」

昔のまっつんスタイルは、

「なんか嫌・・・」

で終わってた(笑)。

今は、

「うむ、これは正義感の発露!」

「いや、これは剥き出しの嫉妬心!」

「誤解から来る、自己不一致感!」

って感じで、感情分けて処理できるようなった。

すると不思議なもんで、対処法が変わってくるんよね。

リフレーミング。

生活習慣の改善。

思考方法の強化。

意識の方向転換。

病名が分かると治療法が見える、みたいなもんかな(笑)。

☆

だからまっつんスタイルは、やたら「概念」が好きなんかもしれん。

中道。

無常。

縁。

空。

他にも、

フロー、

ゾーン、

レジリエンス、

フレキシビリティー、

アイデンティティー、

アブストラクション。

自分で書いてて笑える(笑)。

最初は難解。

でも、一つ知るたびに、世界が少し広がる。

ていうか、“自分の中の世界が広がる”って感じ。

☆

言葉(語彙)に関しては、ブログを書いてても、よく思うよね。

「健康」

より、

「整う」

「静謐」

「平穏」

なんて言い方の方が、しっくりくることもある。

「幸せ」

より、

「納得」

「充足」

「安堵」

とかね。

「自己理解」は・・・、なんか他にいい言葉ないかね?

これ、最近よく思う(笑)。

まっつんスタイルにとって、ブログは「言葉探し」って側面もあるのかも。

☆

だから本屋に行くと、用語集とか、よく立ち読みしたりする(笑)。

あとは、心理学の本。

仏教関連書。

古典哲学書。

この「言葉の収集欲」はたぶん、「世界を知りたい」ってこと。

そして、「自分を知りたい」ってこと。

自分が何を感じて、

何に違和感を持って、

何に心を動かされるのか。

それを説明できる言葉が欲しいってことなんやと思う。

☆

考えてみたら、言葉って、

自分を閉じ込めて固定するもんでもあるけど、

同時に、自分を救い出してくれるもんでもある。

「なんかしんどい・・・」

しか言えんかった頃より、

「これは焦燥感やな」

「これは嫉妬心やな」

って言えた方が、

少しだけ自分に優しくなれる気もする。

「自分の扱い方がわかるようになる」って言ってもいいかもね。

☆

新しい言葉探しはこれからも続く。

新しいっていうか、“まだ知らない言葉との出会い”やね。

難語を使ってドヤりたいからじゃない(笑)。

「今のこの感覚」を、一番しっくりくる言葉で表現したいから。

で、それってめっちゃ気持ちのいいことやから。

そう考えると、昔の「随喜の涙って何?」っていう質問も、全然悪くない(笑)。

あの頃の自分も、自分で気づかないうちに、

「自分を説明してくれる言葉」

を探してたんやろね。

で、たぶん、これからも☆


コメント

コメントする