『女子アナの罰』で聞いた一言が、人生の言葉になった 〜人生はダッシュじゃなく、ウォーキング〜


十年以上前の話。

『女子アナの罰』っていう番組を観てたことがあってね(笑)。

いや、別に誰かのファンだったとかじゃなかったんだけど、なんかおもしろくてさ。

当時は。

当時は、ね(笑)。

その中で、女子アナが海から最寄りの駅まで歩く?みたいな罰ゲームの回。

なんな妙に覚えてて。

ていうのが、その罰の最後、いよいよゴールの駅に着いた時に、加藤シルビアアナが何気なく言った、

「歩いてれば、いつか着くんだね〜」

っていうセリフが印象的で。

今にして思えば、結構名言。

なんか最近ちょくちょく思い出す・・・(笑)。

☆

この一年ほどで、自分の人生は激変した。

およそ20年間続けた農業を辞め、

埼玉へ移り、

都内へ移り、

新しい仕事が決まり、

ブログは200記事を超えた。

当然これって、一日で変わったわけじゃない。

一歩ずつ。

本当に、一歩ずつ・・・。

振り返ると、

「歩いてたら着いてた」

そんな感覚に近いのよね。

☆

人って、どうしてもゴールばっかり見てしまうもの。

ブログなら、

〇〇記事、

〇〇PV、

〇〇万円。

自分の人生なら、

理想の体、

理想のパートナー、

理想の暮らし。

遠くを見るほど、

「ゴール・・・まだ?」

って思ってしまう。

でも実際は、ブログも、一記事の積み重ね。

理想の体型も、理想のライフスタイルも、一日の積み重ね。

人生って実は、これ以上ないほどシンプルなんかもしれんのよね。

一歩一歩の積み重ね。

☆

だから、ウォーキングっておもしろい。

走れば速い。

でも、長くは続かない。

立ち止まれば、景色は変わらない。

でも歩くなら、多少ゆっくりでも、確実に前へ進める。

しかも疲れにくい。

これまた、人生そのものかもなって。

☆

車も自転車も、あらゆる移動手段は現代に生まれたもの。

でも人類って、何百万年もの間、歩いて生きてきたんよね。

獲物を追い、

水を探し、

新しい土地へ向かう。

歩くことって、人間にとって一番自然な移動手段やった。

だから散歩をすると気持ちが落ち着くのも、

歩きながらだと、考え事がまとまるのも、

歩くことが、やたら人生のメタファーなのも、

進化の歴史を考えれば、実は不思議なことじゃないんかもしれん。

☆

『まっつんスタイル』のことで言うと、去年の夏頃は、

「書けん・・・」

「筆が動かん・・・」

「まだ書けん・・・」

「いつになったら書けるんやろ・・・」

そんなことばかり言ってた気がする(笑)。

でも今は、もうそんなことは無くなった。

何か特別な才能が開花したわけじゃない。

ただ、それでも書いた。

また書いた。

また次も書いた。

気付けば200記事超え。

そう、ホントちょっとずつ歩いただけ。

本当に、それだけ。

「歩いていれば、いつか着く」

☆

禅には、

「只管打坐(しかんたざ)」

っていう言葉がある。

ただ坐る。

結果ばかりを追い求めるんじゃなく、目の前の行為そのものに集中する。

「未来」じゃなく「今」を生きる練習。

歩くことも、次の一歩だけに集中する営み。

「あと何キロあるんやろ・・・」

「いつ着くんやろ・・・」

そんなことばっかり考えてれば、疲れる。

途中で止まる。

でも、一歩。

また、一歩。

そうして目の前の一歩だけを重ねていく。

すると、いつの間にかびっくりするほど遠くまで来てたりするもの。

☆

この歳になってつくづく思う。

「人生は、ダッシュする競技じゃないなぁ」

ってね。

まさにウォーキングに近い。

だから、焦らなくていい。

だから、過度に自分を追い込まなくていい。

要は、途中でやめなければいい。

今日も一歩。

明日も一歩。

それで十分なんやと思う。

☆

あの日、シルビアアナが言ってた、

「歩いてれば、いつか着くんだね〜」

っていう何気ない一言。

当時は、

「そりゃそうやん」

くらいの感想しかなかったんやと思う。

でも今は、意味がはっきりと変わったよね。

あのセリフは、“人生そのもの”を表してる。

『女子アナの罰』っていう、しょーもないバラエティ番組内で発せられたあの一言が(笑)。

だから、まっつんスタイルは今日も歩く。

リアル散歩でも、

仕事でも、

ブログでも。

一歩ずつ。

「歩いていれば、いつか着くから」

人生は、目的地へ向かう旅。

でも、歩くことそのものを楽しめるようになったら、すでに半分くらい到着してるような気もする☆


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