『女子アナの罰』で聞いた一言が、人生の言葉になった 〜人生はダッシュじゃなく、ウォーキング〜


十年以上前の話。

『女子アナの罰』っていう番組を観てたことがあってね(笑)。

いや、別に誰かのファンだったとかじゃなかったんだけど、なんかおもしろくてさ。

当時は。

当時は、ね(笑)。

その中で、女子アナが海から最寄りの駅まで歩く?みたいな罰ゲームの回。

なんな妙に覚えてて。

ていうのが、その罰の最後、いよいよゴールの駅に着いた時に、加藤シルビアアナが何気なく言った、

「歩いてれば、いつか着くんだね〜」

っていうセリフが印象的で。

今にして思えば、結構名言。

なんか最近ちょくちょく思い出す・・・(笑)。

この一年ほどで、自分の人生は激変した。

およそ20年間続けた農業を辞め、

埼玉へ移り、

都内へ移り、

新しい仕事が決まり、

ブログは200記事を超えた。

当然これって、一日で変わったわけじゃない。

一歩ずつ。

本当に、一歩ずつ・・・。

振り返ると、

「歩いてたら着いてた」

そんな感覚に近いのよね。

人って、どうしてもゴールばっかり見てしまうもの。

ブログなら、

〇〇記事、

〇〇PV、

〇〇万円。

自分の人生なら、

理想の体、

理想のパートナー、

理想の暮らし。

遠くを見るほど、

「ゴール・・・まだ?」

って思ってしまう。

でも実際は、ブログも、一記事の積み重ね。

理想の体型も、理想のライフスタイルも、一日の積み重ね。

人生って実は、これ以上ないほどシンプルなんかもしれんのよね。

一歩一歩の積み重ね。

だから、ウォーキングっておもしろい。

走れば速い。

でも、長くは続かない。

立ち止まれば、景色は変わらない。

でも歩くなら、多少ゆっくりでも、確実に前へ進める。

しかも疲れにくい。

これまた、人生そのものかもなって。

車も自転車も、あらゆる移動手段は現代に生まれたもの。

でも人類って、何百万年もの間、歩いて生きてきたんよね。

獲物を追い、

水を探し、

新しい土地へ向かう。

歩くことって、人間にとって一番自然な移動手段やった。

だから散歩をすると気持ちが落ち着くのも、

歩きながらだと、考え事がまとまるのも、

歩くことが、やたら人生のメタファーなのも、

進化の歴史を考えれば、実は不思議なことじゃないんかもしれん。

『まっつんスタイル』のことで言うと、去年の夏頃は、

「書けん・・・」

「筆が動かん・・・」

「まだ書けん・・・」

「いつになったら書けるんやろ・・・」

そんなことばかり言ってた気がする(笑)。

でも今は、もうそんなことは無くなった。

何か特別な才能が開花したわけじゃない。

ただ、それでも書いた。

また書いた。

また次も書いた。

気付けば200記事超え。

そう、ホントちょっとずつ歩いただけ。

本当に、それだけ。

「歩いていれば、いつか着く」

禅には、

「只管打坐(しかんたざ)」

っていう言葉がある。

ただ坐る。

結果ばかりを追い求めるんじゃなく、目の前の行為そのものに集中する。

「未来」じゃなく「今」を生きる練習。

歩くことも、次の一歩だけに集中する営み。

「あと何キロあるんやろ・・・」

「いつ着くんやろ・・・」

そんなことばっかり考えてれば、疲れる。

途中で止まる。

でも、一歩。

また、一歩。

そうして目の前の一歩だけを重ねていく。

すると、いつの間にかびっくりするほど遠くまで来てたりするもの。

この歳になってつくづく思う。

「人生は、ダッシュする競技じゃないなぁ」

ってね。

まさにウォーキングに近い。

だから、焦らなくていい。

だから、過度に自分を追い込まなくていい。

要は、途中でやめなければいい。

今日も一歩。

明日も一歩。

それで十分なんやと思う。

あの日、シルビアアナが言ってた、

「歩いてれば、いつか着くんだね〜」

っていう何気ない一言。

当時は、

「そりゃそうやん」

くらいの感想しかなかったんやと思う。

でも今は、意味がはっきりと変わったよね。

あのセリフは、“人生そのもの”を表してる。

『女子アナの罰』っていう、しょーもないバラエティ番組内で発せられたあの一言が(笑)。

だから、まっつんスタイルは今日も歩く。

リアル散歩でも、

仕事でも、

ブログでも。

一歩ずつ。

「歩いていれば、いつか着くから」

人生は、目的地へ向かう旅。

でも、歩くことそのものを楽しめるようになったら、すでに半分くらい到着してるような気もする☆


コメント

コメントする