『ベルリン・天使の詩』と「まっつんスタイルZEN」 〜情報だらけの世界で「五感」に還る話〜


映画『ベルリン・天使の詩』を観た。

いやぁ、

難解(笑)。

ず〜っと、

「禅問答」を聞かされてるような映画やったね。

「え? どういう意味?」

「いや、意味を考えたらあかんねやな」

「でもこれ、どういう意味?」

「いやいや、考えたらあかん」

「ごめん、やっぱどういう意味?」

・・・。

このループ(笑)。

なんとか理解しようと、

頭をフル回転させる。

でも、

考えれば考えるほど、

なんか逃げていく。

そんな感じ。

で、

観終わってから、

じわじわ思った。

もしかしたら、

この映画って、

「理解する」より、「感じる」映画なんちゃうか?

ってね。

あくまで、

まっつんスタイルの中に残ったもの。

それが、

「頭でわかろうとするより、身体で生きる」

みたいな感覚やった。


☆見るだけの存在から、触れる存在へ

主人公の天使、

ダミエル。

彼は、

人間を見てる。

声を聞いてる。

心に触れるように、

人間たちを観察してる。

世界を見渡すことができる。

でも、

人間と同じようには、

世界に触れられない。

やがてダミエルは、

人間になることを選ぶ。

そして、

モノクロだった映画の世界に、

“色”が入ってくる。

まっつんスタイルには、

この変化が、

妙に印象に残ったよね。

「知ること」から、

「触れること」へ

そんなふうに見えたんかも。

頭で世界を眺めてた存在が、

身体を持って、

その中へ入っていく。

見る。

聞く。

触れる。

味わう。

寒い。

痛い。

嬉しい。

誰かを好きになる。

そして、

いつか死ぬ・・・。

そういう、

めちゃくちゃ面倒くさいもの全部込みで、

「人間として生きる」

そういうことなんかなぁって。

なんというか、

世界が、

“意味”から“体感”に変わった?

そんなふうに、

まっつんスタイルには見えたかな。

・・・こういう理解で合ってるかどうかは、

知らんけどね(笑)。


☆情報は入ってる。でも、何を感じた?

で、

映画を観終わってから、

じわ〜っと思ったのが、

これ、

今の自分にも、

ちょっとあるんちゃうかなってこと。

スマホを見る。

ニュースを見る。

SNSを見る。

動画を見る。

何かを調べる。

また見る・・・。

一日中、

ものすごい量の情報が、

頭には入ってくる。

でも、

夜になって、

「で、今日、何を“感じた?”」

って考えると、

意外と何も残ってなかったりする・・・。

逆に、

大したことしてないのに、

妙に「今日、生きたなぁ」って思う日もある。

コーヒーが、

めちゃくちゃいい匂いやった。

車の窓を開けたら、

風が気持ちよかった。

好きな曲を聴いて、

なんか知らんけど泣いた。

誰かと喋って、

めっちゃ笑った。

美味いもん食って、

当たり前に、

「うまっ!」

ってなった(笑)。

そういう日。

情報量でいえば、

大したことない。

でも、

身体には、なんか残ってる。

こういうのって、

なんか素敵よね。

人間のおもしろいとこ。


☆五感に還る

見る。

聞く。

嗅ぐ。

味わう。

触れる。

改めて並べてみると、

なんとも普通(笑)。

でも、

まっつんスタイルは、

この「普通」が大事なんやと思う。

コーヒーを飲んでるときに、

ちゃんとコーヒーの香りを嗅ぐ。

音楽を聴いてるときに、

ちゃんと音を聴く。

風が吹いたら、

「あぁ、涼しい」

を感じる。

人と会ったら、

声とか、

表情とか、

ちょっとした間とか、

そういうものを感じる。

当たり前やん?

でも、

こういうときって、

少なくともその瞬間は、

明日の心配も、

昨日の後悔も、

他人の成功も、

わりとどうでもよくなってたりする(笑)。

ただ、

「あぁ、今、これを感じてる」

それだけ。

『まっつんスタイル』の他の記事で書いてる、

「五感に還る」

って、

たぶんこういうことなんやと思う。


☆セブンのコーヒーと豆大福

人生は、

こういう小さなことが、

意外と侮れんと思う。

例えば、

最近の実話(笑)。

「明日はセブンのコーヒーと、『ぎっしり豆大福』を食べよう」

って決める。

・・・。

小さい(笑)。

でも、

そう決めた瞬間から、

ちょっと楽しみになる。

で、

翌日、

実際にセブンに行く。

コーヒーを買う。

豆大福を買う。

車に戻る。

コーヒーの香りを嗅いで、

豆大福の、

あのちょっとした抵抗を噛み締める。

コーヒーをすする。

豆と、餅と、あんこの食感を味わう。

コーヒーを飲む。

「あぁ、うまっ」

って、

ひとりごつ。

・・・。

幸せ(笑)。

ただ、もう一方の現実は、

大きな成功も欲しい。

お金も欲しい。

やりたいことも、

いっぱいある。

でも、

それとは別に、

豆大福一個を、ちゃんと「うまい」って思える心と身体

失ったらあかんやろ?

最近はホント、

強くそう思うよね。

大きなものを求めることと、

小さなものを味わえること。

別に、

どっちかじゃなくてええ。

どっちもええ(笑)。


☆「六根」って言葉がおもしろい

そういえば、

仏教には、

「六根」

って言葉がある。

眼。

耳。

鼻。

舌。

身。

意。

見る。

聞く。

嗅ぐ。

味わう。

触れる。

そして、

心の働き。

こういう言葉に触れると、

昔の人も、

「人間って、どうやって世界を受け取ってるんやろ?」

みたいなことを、

考えてたんかなぁって思う。

おもろいよね。

で、

まっつんスタイルは、

ここから勝手に、

「ちゃんと身体で世界を受け取る」

みたいなことを連想する。

これが、

仏教的に正しい解釈かどうかは、

また別の話(笑)。

でも、

「まっつんスタイルZEN」は、たぶんそういうこと。

世界について、

いっぱい知る。

いっぱい考える。

それもいい。

でも、

その世界を、

ちゃんと見る。

ちゃんと聞く。

ちゃんと味わう。

ちゃんと触れる。

そのこともまた、

忘れないでいたい。


☆情報を止めると、自分の感覚が戻ってくる?

『まっつんスタイル』では、

「情報統制」

って言葉を頻繁に使ってると思う。

ちょっと物騒な響きやけど(笑)、

別に、

世間から逃げろとか、

ニュースを見るなとか、

SNSを全部捨てろとか、

はたまた、世の中を信用するなとか(笑)、

そういう意味じゃない。

『まっつんスタイル』でいう「情報統制」は、

不用意に情報を入れすぎると、

「で、俺はどう思ってんの?」

が、

わからんくなることがあるよって話。

「あの人すごい」

「こんな生き方が正解らしい」

「これをやらなあかん」

「俺、遅れてる?」

「もっと頑張らんとあかん?」

そんな声が、

心の中で増殖し始める。

だから、

ときどき止める。

スマホを置く。

ニュースを閉じる。

SNSから離れる。

これを推奨してる。

すると、

「心の奥の小さい声」が戻ってくる。

「スタバの新作、うまっ」

「今日の朝陽、気持ちええな」

「この曲、やっぱ好きやわ」

「最近、おにぎりが美味い(笑)」

「あれ? この情報いる?」

・・・。

地味(笑)。

でも、

こういう小さい反応の方が、

案外、自分のことを、

いろいろ教えてくれたりする。

だから、

まっつんスタイルにとっての情報統制って、

たぶん、

「自分の感覚を聞き直すため」

なんよね。


☆で、『ベルリン・天使の詩』って結局なんやったん?

・・・で、『ベルリン・天使の詩』

映画の意味とか、

テーマとか、

ちゃんと調べたら、

いろんな解釈があるんやと思う。

ヴェンダース監督が、

何を意図して作ったのか。

作品史的に、

どう位置づけられてるのか。

そういう話も、

もちろんおもしろい。

でも、

今回のまっつんスタイルには、

そこより、

「観終わったあと、何が残った?」

の方が気になる。

で、

残ったのが、

「見るだけじゃなく、“触れて生きていきたい”」

みたいな感覚やったんかなと。

知るだけじゃなくて、

“感じる”。

意味を探すだけじゃなくて、

“味わう”。

世界を、

頭の中だけで終わらせない。

そんな感じ。


映画の中では、

天使が、

人間の世界へ降りてきた。

そして、

まっつんスタイルは、

セブンへ降りていく・・・。

目的は、

コーヒーと、

ぎっしり豆大福。

・・・。

だいぶスケール違う(笑)。

でも、

そこで、小さな幸福を、

たしかに“感じる”ことができた。

まぁ、

難解な映画を観た意味は、

ちゃんとあったらしい(笑)☆


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