こないだ、運転免許証の住所変更をしに、警察署へ行ってね。
引っ越したから、その手続き。
で、警察署の駐車場へ車を停めた。
普通に停めた。
つもりやった(笑)。
☆
手続きを終えて車へ戻る。
さて帰ろかと思ってたら、そこへスーツ姿の男性が近づいてきた。
「警官?」
「刑事さん?」
「誰?」
で、
「コンコン」
車の窓を叩かれた。
窓を開けると、
「ここは警察車両止めるところなんで、早く動かしてくれます?」
みたいなことを言われた。
どうやらまっつんスタイル、警察車両専用の駐車スペースに停めてしまってたらしい。
「あ、すいません」
そう言って、すぐ車を動かした。
・・・以上、終了。
って、そんな出来事があった。
所要時間、たぶん30秒(笑)。
☆
それだけの出来事・・・、のはずなんやけど。
まっつんスタイルの頭の中では、“それだけ”で終了しない(笑)。
「さっきのコンコン、ちょっと強なかった?」
「言い方キツなかった?」
「なに? なんか怒ってた?」
「あれ、刑事?」
「ていうか、態度悪ない?」
「いや、俺が間違えて停めたのはたしかやけど」
「でも知らんかったんやからしゃーないやん」
「ていうか、もっと分かるように書いとけや」
「あの人、普段からあんな感じなん?」
「警察官ってストレス多そうやもんな」
「あれって職業的人間不信?」
・・・。
待て待て!(笑)
お前はあのたった30秒から、どこまで行くねん!(笑)
☆
いや、まっつんスタイル、ホンマにこういうことがよくある。
現実に起きたことは、
「駐車場所を間違えて、注意された」
それだけ。
でも、頭の中では、
現実の出来事は30秒、脳内で“事件化”して30分(笑)。
そこでふと思ったのよ。
「これって、いわゆる“繊細な人”によくあることなんちゃうかな?」
って。
「HSP」なんて言葉もあるけど、繊細な人って、
「傷つきやすい」
「刺激に弱い」
「人の言葉を気にする」
みたいに言われる。
もちろん、それはそうなんやろう。
でも今回思ったのって、ちょっと違う。
もしかして、繊細な人って、
「想像力が異常にたくましいってことちゃう?(笑)」
☆
例えば今回の「窓コンコン案件」(笑)。
普通なら、
「あ、そうか、車動かさなあかんのか」
で終わる。
でもまっつんスタイルの脳は、そこから大量の情報を拾い始める。
コンコンの強さ。
声色。
言葉遣い。
表情。
服装。
しゃべりの速さ。
自分が何をしたか。
相手が自分をどう見たか。
そこからさらに、
「え? 怒ってる?」
「非常識な奴やと思われた?」
「この人、普段からこういう話し方?」
「これ俺、謝らなあかんとこ?」
「知らんかったんやからしゃーなくない?」
「ていうか、あの言い方、感じ悪!」
枝が伸びる伸びる(笑)。
一本の出来事から、勝手に二本、四本、八本、十六本・・・。
気づけば立派な大樹?(笑)
要するに、
入力1に対して、出力20?
想像力たくましすぎ!
繊細な人、そら疲れる(笑)。
☆
でも、ここで一回整理してみる。
このとき、本当に起きたことは何か?
・まっつんスタイルが、警察車両用のスペースに車を停めた
・男性が窓を叩いた
・「ここは警察車両用だから動かしてほしい」と言われた。
・まっつんスタイルが、謝って車を動かした。
以上。
じゃあ、
「あの人は怒ってた」
これは?
分からん。
「どこに止めてええかくらいわかるやろ!」
って思われた?
分からん。
「あの人は普段から口調が荒い」
もっと分からん(笑)。
「あいつ、人間不信なんちゃう?」
いやいや、お前はあいつの何を知っとんねん(笑)。
☆
ホンマにちょっと感じ悪かった可能性は大いにある。
コンコンも強かったかもしれん。
言い方もキツかったかもしれん。
だから、
「全部あなたの妄想」
と片づけるのも違う。
まっつんスタイルの感覚が間違ってたとは限らん。
でも、
「ちょっと感じ悪かったな」
くらいまでは現実に近かったとしても、
そこから先の“長編ドラマ”は、
かなりの部分、まっつんスタイルが脚本を書いとる(笑)。
原作、
『窓コンコン』
そこから、
脚本・監督・主演、
まっつんスタイル(笑)。
☆
こういうことを考えると、
「繊細さ」って、「感度が高い」だけのことじゃないかもしれんよね。
一つの刺激から、
意味を作る。
理由を考える。
相手の感情を想像する。
その裏側を読む。
さらにその先まで予測する・・・。
つまり、
「刺激を強く受け取る」だけじゃなくて、「刺激から大量の“意味”を生成してしまう」。
これがあるんちゃうかなと。
さらに、その生成された意味に、今度は自分自身が反応する。
「コンコン強ない?」
って思ったら不安になる。
「怒られた?」
って思ったら傷つく。
「言い方あるやろ!」
って思ったら腹が立つ。
でも待て。
その「強ない?」も、
「怒られた?」も、
「あの言い方、なんなん?」も、
少なくとも一部は、自分の頭の中で作った物語の可能性大。
自分で脚本を書いて、
自分で観て、
自分で傷つく?
なんじゃそら(笑)。
☆
そりゃ、人と関わることそのものに疲れるはず。
会話してる時間だけなら、そんなに長くない。
でも問題は、そのあと。
「さっきの言わん方がよかった?」
「あんとき、一瞬表情変わった?」
「なんか怒らせた?」
「俺、変なこと言った?」
「いや、今の言い方どうなん?」
帰宅してから、一人反省会。
風呂で再放送。
寝る前にディレクターズカット版。
翌朝、アンコール上映・・・。
いや、もうええて(笑)。
☆
こう考えると、
「人と関わりたくない」
って感覚も、単純に“人嫌い”とは限らんよね。
人と接すると、
拾う情報が多い。
考えることが多い。
あとあとまで、処理が延々と続く。
つまり、
人間関係に付随する情報処理量が多すぎる。
だから疲れる。
「今日はもう誰とも喋りたくない・・・」
ってなる。
人間が嫌いなんじゃなくて、“脳内残業”が長すぎる(笑)。
いやこれマジで、「あるある」な気がする。
☆
じゃあ、
「もっと鈍感になればいい」
のか?
「気にしないように」
「考えすぎないように」
「もっと図太く、無神経に」
うん、それができたら苦労せん(笑)。
「考えすぎないようにしよう!」
「ていうか、考えすぎないって?」
「いや、考えてるやん!」
「これって生まれつき?」
「他の人ってどうなん?」
「ていうか、考えてみたら・・・」
って考え始めるのが、こういうタイプの人間(笑)。
と、ここで、もう一個思う。
「でもこの想像力って、ホンマに悪いものなん?」
☆
例えば、人のちょっとした変化に気づく。
「あれ、今日元気ない?」
って思える。
誰かの何気ない一言から、
「もしかして、こういう気持ちなんかな?」
って想像できる。
例えば映画を観る。
登場人物の言葉になってない感情まで考える。
小説を読む。
行間を想像する。
音楽を聴く。
一つの音から、いろんな情景をイメージする。
散歩してて、
夕焼けを見ただけで妙に感動する。
知らない街を歩いて、
「ここにも人の暮らしがあるんやなぁ」
って考える。
そしてなにより・・・。
警察官に窓をコンコンされた程度のことで、
こんな記事を一本書こうとしてる(笑)。
☆
そうなんよね。
まっつんスタイルを疲れさせてる能力と、
まっつんスタイルの世界をおもしろくしてる能力って、
実は同じもの。
これ、めちゃめちゃ重要な事実って気がする。
想像力がたくましいから、
考えんでもいいことまで考える。
でも、想像力がたくましいから、
普通の人なら通り過ぎるようなことを拾える。
傷つきやすい。
でも、感動もしやすい。
疲れやすい。
でも、おもしろがりやすい。
めんどくさい。
でも、ブログネタには困らない(笑)。
人の感性って、常に表裏一体なんかもしれんね。
☆
やとしたら、
「繊細さを“克服しよう”」
っていう発想自体が、ちょっと違う気がしてくる。
鈍感になれば、たしかにラクになる部分はある。
でも、
感情への感度。
芸術への感度。
自然への感度。
問いへの感度。
違和感への感度。
そういうものまで全部鈍らせたいかって言われたら?
まっつんスタイルは、そうは思わん。
むしろ残したい。
もったいない。
才能の放棄(笑)。
じゃあどうする?
まっつんスタイルが編み出したのが、
「あぁ、また始まった(笑)」
ってこれ。
☆
「さっきのコンコン、強かったよな?」
「あぁ、また始まった(笑)」
「絶対怒ってたやろ?」
「そうかもしれんな」
「俺のこと“分かってへん奴”って思ったんちゃう?」
「まぁええやん」
「あいつ普段から態度悪いんかな?」
「知らん(笑)」
「人間不信?」
「どーでもええ(笑)」
・・・そう、ここで大事なんは、
別に思考を止めようとはしないこと。
「考えちゃダメ!」
じゃない。
考えたいんやったら、勝手に考えたらいい。
ただ、
「あぁ、また“物語の暴走”が始まったな」
って気づく。
「あぁ、また始まった(笑)」
って。
これで、無駄な精神疲労は、だいぶ軽減する。
☆
大事なのは、頭の中で上映されてる“自作の映画”を、
ドキュメンタリーやと思わんこと
なんやと思う(笑)。
「あの刑事(?)、俺にイラついてた?」
っていう“自作の”映画。
上映してもいい。
でも、
「これは実話です」
のテロップは、勝手につけない(笑)。
原作は、
『窓コンコン』
事実は、
駐車場所を間違えた。
注意された。
謝った。
移動した。
終わり。
その先は、まっつんスタイルの想像力が作った“フィクション”。
そう考えると、ちょっとだけ距離ができる。
距離ができれば、疲れにくい(笑)。
☆
これって、なんかZENっぽいよね(笑)。
ていうか、「まっつんスタイルZEN」の応用って言っていい。
思考を消すんじゃない。
感情を消すんでもない。
「あぁ、腹立ってるなぁ」
「気にしてるなぁ」
「また想像しとるなぁ」
って眺める。
そして、
その思考と自分を、完全に同一化しない。
「あの人は俺に怒っとる」
じゃなくて、
「俺は今、“あの人は俺に怒っとる”って考えてる」
ほんのちょっと言葉を変えるだけ。
でも、このほんのちょっとが、めっちゃデカい。
☆
でもこれ、「出来事の強度次第」って側面があることは否めん。
一晩寝ても残ることだってある。
あのとき言われた一言ことを、何年経っても覚えてることだってある(笑)。
それもまた、しゃーない。
そういう脳なんやろう。
でも、
「こんなこと気にする俺はダメだ」
まで重ねんでいい。
それこそ、
コンコン
↓
気になる
↓
気にしてる自分を責める
↓
「なんで俺ってこんな性格なん?・・・」
↓
「そもそも人の性格って?・・・」
こうして始まるのが“自作の”長編(笑)。
☆
ときにめんどくさい「繊細さ」。
でもそれは、無くすもんじゃなくて、
“使い道を選ぶもの”
なんやろねきっと。
人の機嫌を延々と推理することだけに使えば、そりゃしんどい(笑)。
でも、
文章を書く。
人を思いやる。
作品を味わう。
自然を感じる。
日常の“おもろい”を拾う。
そっちにも使える。
一個の出来事から20個の意味を作れる。
それなら、そのうち19個を不安に使う必要はない(笑)。
☆
改めて、あの日の警察官。
あの人がホンマに機嫌が悪かったのか?
俺のことをどう思ったのか?
普段どんな人なのか?
・・・知らん(笑)。
もしかしたら、まっつんスタイルの想像通り、
“そういうやつ”やったんかもしれん(笑)。
でも、そうじゃなかったんかもしれん。
たった一回の、
コンコン。
そこからまっつんスタイルの脳内は、ここまで来た(笑)。
☆
でもまぁ、
こんなことまで考えるから、疲れる。
そして、
こんなことまで考えるから、文章も書ける。
やったら、この想像力、全部捨てんくてもいいかなって。
繊細なまま。
想像力豊かなまま。
ただ、自分の想像に、自分自身が振り回されすぎない。
「あぁ、また始まった(笑)」
って、ときどき眺めてやる。
事実と、
自分が作った物語を、
ほんの少しだけ切り離してみる。
鈍感になるんじゃなくて、
繊細さとの付き合い方が上手くなる。
そんくらい。
☆
さて、こんな記事一本分の妄想を生み出した、あの日の警官。
もしまた会うことがあったら、心の中でお礼を言おう。
「コンコンしてくれて、ありがとう」
・・・いや、でも正直に言う。
あのコンコンは、やっぱ感じ悪かった(笑)☆


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