二郎系ラーメン屋で見た、もっさい男のドーパミンフルコース 〜快楽を足しすぎると、人生の平均点は下がる?〜


こないだ珍しく、二郎系ラーメンを食べに行ってね。

まっつんスタイルだって、二郎系ラーメンを食すことはある。

体づくりと相性が悪いのは否定しにくいけど・・・。

でも、頻度とか、量とか、一日の総摂取カロリー基準とか、要するに食べ方の工夫次第。

いや、ていうか、そんなどうでもいい時だってある(笑)。

あの極太麺。

濃い味。

脂。

ニンニク。

野菜。

圧倒的な物量(笑)。

「たまにはチート」

そういう日を作って、食べるときはしっかり食べる。

最高(笑)。

いや、今日したいのはそんな話じゃなくて、最近ラーメン屋さんでよく見かける光景の話。

先の二郎店。

ちょっと“もっさい”感じの男。

注文したのは、トッピング全部乗せみたいな大盛り。

カウンターにスマホを立てて、アニメを再生。

そして、どこからともなく取り出したコーラ(笑)。

おそらく持ち込み。

イヤホンで周囲の音を遮断し、視線はスマホ。

好きなアニメに没入。

目の前には、塩分、脂質、炭水化物の塊みたいなラーメン。

さらに甘いコーラ。

二郎をすする。

アニメを見る。

コーラを流し込む。

でまた二郎。

からのコーラ(笑)。

いやぁ、なんていうかもう、“ドーパミンフェスティバル”!

すげー光景(笑)。

いや、別に悪いことしてるわけじゃないんやけどね。

誰かに迷惑かけてるわけでもない。

本人はたぶん、めちゃくちゃ至福なんやと思う(笑)。

好きなものを食べる。

好きなアニメを見る。

好きな飲み物を飲む。

外部の音はイヤホンで遮断。

自分だけの世界に没入し、欲望を完結させる。

最高(笑)。

だから、理屈だけで言ったら、

「本人が幸せなら、それでええやん」

で終わる。

・・・のはずなんやけど。

まっつんスタイルは、その姿を横目で見ながら、どうしても思ってしまった。

「俺は、ああなったらあかん」

って(笑)。

この発想、なんでなんやろ?

さきほどのもっさい男。

もし家やったら、さらにプラスして、

通販サイト、

お酒、

ゲーム、

ついでに、AV観ながら自慰にふけってる可能性もある。

もう快楽のフルコース(笑)。

いやこれも、それぞれ単体ならなんも悪くない。

まっつんスタイルだって、

ラーメンも食う。

アニメも観る。

好きな音楽も聴く。

快楽、大好き(笑)。

でもどうやろ?

「すげー光景(笑)」って思っちゃった原因は、たぶん、

その全部を同時に重ねとることの、ある種の“異様さ?”

なんちゃうかなと・・・。

二郎だけでも十分すぎる強刺激。

濃さ。

太さ。

匂い。

味。

量。

脂。

「うまっ!」

これだけで、かなりの大イベント(笑)。

なのに、さらにコーラ!

アニメとイヤホンで外界を遮断!

味覚も、

視覚も、

聴覚も、

全部、

「自分が気持ちいいもの」

で埋め尽くす。

これもう、五感の過剰接待(笑)。

そこまで快楽を重ねた姿に、思わず「すげー」がこぼれる。

いや、この「すげー」には不気味さが多分に含まれる。

で、思うのよ。

「本人は大満足かもしれんけど、“こういうの”って、ホンマにノーコストなんやろか?」

「ここには、快楽を得ることによって何かを捨ててる“トレードオフ”が内在してない?」

ってさ。

まず分かりやすいのは、

「健康」。

大盛りの二郎。

トッピング全乗せ。

コーラ。

これをもし、毎日のようにやってたら、そりゃ身体には優しくない(笑)。

塩分。

脂質。

糖質。

カロリー・・・。

体重。

血圧。

血糖。

内臓。

ついでに歯・・・。

いろんなところにツケが回る可能性は大。

あと、率直に言えば、「モテ」もかなり捨ててる(笑)。

いや、二郎を食べたらモテなくなるって話じゃない。

福山雅治だって二郎は食うやろう(笑)。

でも、ごめん、さっきももさ男。

身体への意識。

周囲への配慮。

未来への意志。

清潔感。

マナー、姿勢、態度・・・。

そういうものを全部放擲して、

「俺が気持ちよけりゃそれでええねん」

に寄りすぎるとるようにしか見えんかった。

さて、世の女子の目にはどう映るかね?

少なくとも、まっつんスタイル的美意識ではアウト。

“ありえへん”(笑)。

でも今回気になったのって、どうも健康やモテだけじゃないんよね。

もっと「怖い」って思ったことがあって、それが、

“快楽がない状態に耐えられなくなること”

考えてみたら、現代ってホンマすごいやん?

腹減った?

コンビニ、スーパー、デリバリー。

退屈?

スマホ、ゲーム、ギャンブル。

寂しい?

相席、マチアプ、SNS。

ムラムラする?

AV、風俗、出会い系。

刺激が欲しい?

通販サイト、YouTube、ショート動画、お酒、ジャンク飯、タバコ・・・。

しかも全部、ほぼ即座に手に入る。

人類史的に見たら、考えられん状態。

もう「異常」って言ってもいいレベル(笑)

昔なら、

「欲しい」

と思ってから、

「手に入る」

までに距離があった。

腹減った?

でも、飯の時間まで待つ。

退屈?

でも、なんもない。

寂しい?

でも、誰もおらん。

欲しい。

でも、金がない。

それが普通。

でも今は、

「欲しい → どうぞ」

いや、

「欲しい→どうぞ」

距離が、めちゃくちゃ短い(笑)。

下手したら、

「欲し→どうぞ」

って被っとる(笑)。

この便利さは、たしかに素晴らしい。

ありがたい。

でも同時に、

“待つ力”

とか、

“不快に耐える力”

みたいなものは、少しずつ削られていっとる気がしてならん。

退屈に耐えられない。

静けさに耐えられない。

何もしてない時間に耐えられない。

空腹に耐えられない。

自分の思い通りにならないことに耐えられない。

で、ちょっと嫌なことがあると、すぐ刺激に逃げる。

これって、かなり危ない気がするんよね。

「別にええやん」

じゃあ済ませられん。

だって人生って、気持ちいい時間ばっかりじゃないからね。

仕事には退屈がある。

健康には面倒さがある。

勉強には分からない時間がある。

恋愛には不安がある。

人間関係にはしんどさがある。

何かを成し遂げるまでにも、本当に欲しいものを手にするまでにも、たいてい、

「全然気持ちよくない時間」

が挟まる(笑)。

もし快楽を、いつでも即座に補給できる生活に慣れすぎたら?

その“気持ちよくない時間”を通過する能力まで、失っていくんちゃうやろか。

それと、もう一つ。

今回一番しっくりきたのがこれ。

快楽を過剰に積み上げすぎると、

「人生の満足度の“平均値”が下がるんちゃう?」

ってこと。

例えば、

最初は二郎だけで、

「うまっ!」

「90点!」

やったとする。

そこにコーラ。

95点。

さらにアニメ。

97点。

イヤホンで完全没入。

99点(笑)。

その瞬間だけ見たら、どんどん幸福になってる。

でも問題は、そのあと。

普通の飯。

40点・・・。

水。

20点・・・。

通勤。

15点・・・。

何もせずぼーっとする。

5点・・・。

仕事。

・・・マイナス?(苦笑)

みたいになったら?

これ、かなり怖い。

考えてみたら、人生って、

99点の瞬間より、

40点とか、

50点とか、

60点くらいの時間の方が圧倒的に長いもん。

朝起きる。

飯を食う。

通勤する。

働く。

人と話す。

歩く。

風呂に入る。

寝る。

ほとんどは、なんでもない“普通の時間”。

やとしたら、人生全体の幸福を決めるのって、

「最高何点まで出せるか?」

じゃなくて、

「普通の日を、何点に感じられるか?」

なんちゃうんかな。

100点の快楽を大量に作って、何もない時間が20点になる。

それより、

白飯がうまい。

70点。

風呂が気持ちいい。

85点。

コーヒーうまい。

90点。

天気ええな。

75点。

散歩気持ちええ。

70点。

人とちょっと喋った。

85点。

そんな人の方が、

人生全体で見たら、よっぽど幸せなんちゃう?

上の数字は例えばね(笑)。

なんていうか、

“幸福の低燃費車”?

少ない刺激から、ちゃんと幸福を取り出せる。

これ、長い人生において、めちゃくちゃ強いことな気がする。

だからあの日、ラーメン屋で見たもっさり男の姿。

本人は満足してたんやと思う。

それはそれでいい。

でも、まっつんスタイルが感じた違和感は、

「あいつは間違ってる」

っていうより、

「あの方向に進みすぎたら、普通の幸せを感じる能力が落ちるんちゃう?」

「ちょっとしたことにイラついて、人生全体の幸福度が下がるんちゃう?」

っていう怖さなんやと思うんよね。

美味いものだけじゃ足りん。

さらに甘いものも。

映像も。

音も。

もっと刺激。

もっと快適。

もっと没入。

もっと、もっと、もっと!

その先にあるのは、究極の幸せ?

それとも、“普通じゃ満足できなくなった身体”?

さてさて・・・。

とはいえ。

ここで、

「スマホを捨てろ!」

「ジャンクフードを食うな!」

「酒もエロも禁止!」

みたいな禁欲論に行く気はない。

行けたら、書いてるこっちはラクやけど、まっつんスタイルは「そんなん無理」って知ってる(笑)。

ていうか、そんなオチ、おもろない(笑)。

二郎はうまい。

酒もうまい。

アニメもおもろい。

スマホも便利。

快楽は、人間の人生を豊かにしてくれる。

問題は、快楽そのものじゃなくて、

“快楽との距離感”

なんやと、まっつんスタイル思う。

でも、これがまた難しいってことも知ってる(笑)。

今の世の中、

快楽が安い。

早い。

簡単。

どこにでもある。

スマホを開けば、無限に刺激が流れてくる。

コンビニへ行けば、甘いものも脂っこいものもすぐに買える。

買えてしまう。

酒もある。

ゲームもある。

動画もある。

買い物もできる。

エロ刺激ですら、いとも簡単に手に入る。

こんな時代に、

「俺はあえて、刺激を減らしてストイックに生きる!」

って生活、する?

できる?

これ、なかなかの無理ゲー。

ちょっと我慢したからって、すぐに何かご褒美があるわけじゃないし。

スマホを30分見なかったからって、急に人生が好転するわけでもない。

コーラを我慢した翌日に、身体がムキムキになるわけでもない(笑)。

だから、

“抗う動機”

を見つけること自体が難しい構造なんよね・・・。

そこで、まっつんスタイルの場合は、やっぱり、

“美意識”

なんかなと思う。

「ドーパミン云々」

「健康寿命云々」

も大事。

でも最後は、

「俺は、どんな生き方をしてる自分を格好いいと思う?」

で決める。

飯を食うなら、飯を食う。

アニメを観るなら、アニメを観る。

酒を飲むなら、酒を飲む。

一つずつ、ちゃんと味わう。

全部を同時に詰め込まない。

なぜか?

その方が、

“少ない刺激でもちゃんと幸せを感じられる自分”

“今とこれから、自分と他人、双方を大事にできる自分”

“幸福度の平均値が常に高く一定してる自分”

でいられそうやから。

そう考えると、やっぱりまたZENに戻ってくる(笑)。

禅って、

「100点の幸福をもっと増やしましょう」

っていう思想じゃない。

むしろ、

普通のお茶。

普通の飯。

普通の道。

普通の風。

何も起きてない時間。

そういうものを、

ちゃんと味わえる“感度”を取り戻すこと。

そんな感じ。

刺激を増やすんじゃなくて、

“感度を上げる”。

これ。

まさに「まっつんスタイルZEN」。

二郎を食べるなら、二郎だけで、

「うまっ!」

ってなれる。

スタバのカフェミストを飲むなら、ミストだけで、

「幸せ!」

ってなれる。

散歩するなら、天気がいいだけで、

「あぁ、いい」

って思える。

それって、禁欲とかいうより、むしろ究極の快楽主義なんちゃうかな?(笑)

快楽を減らしてるんじゃなくて、

“快楽を感じる能力”

を守ってる、とでも言うんかな。

あの日、二郎を食いながら、

耳にはイヤホン。

目の前にはアニメ。

大盛りの二郎と向かい合う。

右手に箸。

左手にコーラ。

ゆるむ口元と垂れそうなヨダレ・・・、は想像(笑)。

本人は、きっと幸せやったんやろう。

それはそれでいい。

でも、ハッキリ言う。

「まっつんスタイルは、ああはなりたくない!(笑)」

二郎を食うなら、二郎だけに集中して、

「うっま!」

ってなれる男でありたい。

快楽の最大値を上げることより、普通の日の満足度を下げないこと。

100点を増やすより、50点の日を、60点、70点で感じられる自分を大切にしたい。

人生の幸福度を上げたいなら、快楽を足し続けるより、

“少ない刺激で満足できる自分”

を育てる方が、実は近道。

もっさい二郎男から学んだ人生哲学(笑)☆


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