カツ、ちょっとは学習せぇ! 〜『Ζガンダム』から考える、未熟さと嫌悪とほんの少しの羨望〜


今日も『Ζガンダム』ネタ(笑)。

「登場人物がことごとくめんどくさい」

「レコアさんの裏切りがわかりにくい」

前にそんな記事を書いた。

アムロ。

シャア。

カミーユ。

ベルトーチカ。

レコア。

シロッコ。

みんな、なんかしらこじらしとるのがガンダム(笑)。

で、その中でも今日は一人、どうしても取り上げたい男がいる。

カツ・コバヤシ。

いやぁ・・・、カツね。

こいつはやっぱりうっとおしい!(笑)。

これは別に、大人になったからそう思うようになったわけじゃない。

記憶が正しければ、小学生とか中学生くらいの頃、ぼんやり『Ζガンダム』を観てたときから思ってた。

「こいつ、うっとおしいなぁ・・・」

って(笑)。

だから、

「大人になった今やから、未熟な少年の危うさが分かるようになった」

的な話じゃない。

子供から見てもうっとおしかった。

そして今も(笑)。

じゃあカツの何が、そんなにまっつんスタイルをイラつかせるんやろ?

ここを今回は、真面目に考えてみた(笑)。

まず、カツは若い。

経験もない。

ひたすら感情的。

自分を過大評価する。

大人に反発する。

まぁ、ここまではいい。

10代なんて、そんなもんやろう。

失敗することだってある。

判断を間違えることもある。

若者が失敗すること自体に、

「けしからん!」

なんて言うつもりはない。

まっつんスタイルだって、人生で山ほど、腐るほど失敗してる(笑)。

でもカツの問題はそこじゃない。

学習せんのよ、あいつ(笑)。

勝手に動く。

怒られる。

周囲がフォローする。

ちょっと反省したように見える。

また勝手に動く。

また怒られる。

また周囲がフォローする。

で、またやる(笑)。

「お前、前もそれで怒られたやん!」

っていう。

もちろん毎回、状況は違う。

でも根っこにある行動原理は、だいたい同じ。

「俺はこう思う!」

「俺はこうしたい!」

「だって間違ってへんもん!」

「だから俺が行かなあかんねん!」

以上(笑)。

そこに、

「俺がこれをやったら、周りはどうなる?」

って想像力が、あんまない。

たぶん、まっつんスタイルがカツに一番腹が立つのは、ここ。

例えば、勝手に出撃する。

本人からすれば、

「俺だって戦える!」

「助けたい!」

「行かなきゃ!」

なんかもしれん。

気持ちは分からんでもない。

「それが若さ」

って言われればそれまで。

でも、一人が勝手な行動を取れば、周囲はそれに対応せんとあかんなる。

誰かが援護する。

誰かが探す。

誰かが意図を狂わされる。

作戦そのものに影響が出るかもしれない。

場合によっては、仲間の命まで危険に晒す・・・。

つまり、

単なる一個人の感情によって発生したコストを、周囲にも払わせることになる。

でも本人は、

「俺には俺の理由がある!」

で突っ走る。

認識甘すぎ。

学習しなさすぎ。

時々まぐれ当たりで活躍したりするから始末に負えん。

もうとにかくうっとおしい(笑)。

カツに悪意がないのはわかる。

むしろ、そこがややこしい。

助けたい。

役に立ちたい。

好きな人を守りたい。

認められたい。

動機だけ見れば、けっこう純粋。

だからここで、一つ思う。

「“素直”と“身勝手”って、何が違うんやろ?」

「俺はこうしたい」

これは素直。

自分の気持ちを大切にすることって、むしろ必要やと思う。

でも、

「俺はこうしたい。以上」

こうなると、身勝手に近づいていく。

大人になるってきっと、

自分の気持ちを殺せるようになることじゃない。

「俺はこうしたい」

のあとに、

「でも、俺がそうしたら周囲に何が起こる?」

を付け足せるようになることやと思うから。

自分の感情の外側にいる人間まで、想像できる。

これが責任。

いわゆる「成熟」ってものの、一つの形なんちゃうかな。

そう考えると、カツのうっとおしさが増す(笑)。

どうやらニュータイプ的な“感応力”はあるらしい。

サラのことを感じ取る。

「分かる」

って、そんなシーンもある。

でも、遠くにいるサラの気持ちは分かるのに、

目の前で自分に振り回されてる仲間の迷惑は、どうも分からんらしい・・・。

なんじゃそりゃ(苦笑)。

でもこれ、考えようによっては、けっこう深い話なんかもしれん。

人の感情を「感じる」こと。

人を「理解する」こと。

そして、その理解を踏まえて「適切に行動する」こと。

全部、別なんよね。

感受性が高いから、人間的に成熟してるとは限らん。

頭がいいから、正しい判断ができるとも限らん。

さらに、

「俺には分かる」

って思った瞬間に、むしろ危うくなることだってある。

これ、ややこしい“人間あるある”(笑)。

特にカツの場合、サラが絡むと、もうアカン(笑)。

惚れた。

信じたい。

助けたい。

「サラはそんな人じゃない!」

「俺には分かる!」

いやいや。

「小馬鹿にされたやん?」

「お前がそう思いたいだけちゃうんか?(笑)」

一応ニュータイプやし、ホンマに“何か”を感じ取ってる部分もあるんか知らんけど。

でもそこへ、

恋愛感情、

願望、

思い込み、

自尊心。

「俺だけが彼女を理解してる」

みたいなものまで混ざってくる。

もう、なにがなんやら(笑)。

相手を理解してるのか?

自分が見たい相手を見てるだけなのか?

本人には、たぶん分かってない。

あ〜うっとおし(笑)。

そういえば、この構図、どっかで見たことあるなぁと思ったら、『逆襲のシャア』のハサウェイとクェス(笑)。

「俺には彼女が分かる!」

「俺が何とかする!」

で、周りが見えなくなる。

富野さん、こういう少年好きなん?(笑)

いや、二人は別のキャラクターやし、置かれた状況も違う。

でも、

自分の感情の強さと、

自分の判断の正しさが、

いつの間にか同じになってしまう。

そんな危うさは、あまりに似てるよね。

まぁ、ハサウェイまで掘り始めると、また記事が一本増えるからやめとく(笑)。

で、カツは結局、死ぬ。

これがまた、なんとも言えない最後・・・。

もし、

泣きながらサラと相打ちとか、

決死の覚悟でカミーユを庇ってとか、

そんな最期なら、

「あぁ、カツも最後には成長したんやな・・・」

っていう、ドラマチックな物語になったんかもしれん。

でも、そうじゃない。

脇見して隕石に激突。

ヤザンに撃たれて撃沈・・・。

別にここに、富野氏の深遠なメッセージがあるとまでは言わん(笑)。

でも物語として観ると、あまりに悲しい。

カツは、学習しないまま逝った。

そんな、なんとも言えない後味が残る・・・

いや、嫌いなキャラクターなんやから、

「ざまぁ!」

ってなりそうなもんやけど、意外とならない。

むしろ、

「お前、そんな死に方?・・・」

っていう、変な残念さが残る。

失敗して、

怒られて、

また失敗して。

そのうち何かに気づくんかなって思ったら、その前に時間切れ。

これ、戦争っていう“世界の残酷さ”でもあるんかね。

平和な日常なら、何度でもやり直せる。

10代でアホなことをしても、

20代で気づくかもしれん。

30代になって、

「あの頃の俺、痛かったなぁ(笑)」

って笑えるかもしれん。

でも戦場は、成長するまで待ってくれない。

失敗の回数は、無限じゃない。

そう考えると、

成熟って、失敗しなくなることじゃなくて、失敗によって自分を書き換えられること

なのかもしれん。

カツは、それを十分にやりきる前に死んでしまった・・・。

・・・と。

ここまで散々カツのことを書いてきて、もう一つ思う。

「俺がカツに腹立つ理由って、学習能力の無さと、認識の甘さってだけ?(笑)」

って。

いや、カツがうっとおしいのは変わらん。

でも、ここまで強く反応するってことは、もしかして俺の側にも何かあるんちゃう?

そう、思い出すのは、

「嫌いな他人は、嫌いな自分」

みたいな話。

心理学的な知見を持ち出して、なんでもかんでも、

「それはあなた自身の投影です」

とかって訳知り顔するのは、さすがに雑やとは思う。

嫌いなもんは、単純に嫌いなこともある(笑)。

でも、

「自分が異様に反応する相手を観察すると、自分自身が見えてくる」

これは、わりとある気がする。

じゃあ俺は、カツの何がそんなに嫌なんか?

周囲への影響を考えないとこ?

迷惑を想定できないとこ?

慎重さがないとこ?

学習せずに、同じような失敗を繰り返すとこ?

自分の感情を優先するとこ?

・・・あれ?

これって全部、まっつんスタイルが、

「俺は絶対そんな奴にならん!」

って、自分に言い聞かせてきたことでもある?(笑)

「人に迷惑をかけるな」

「慎重に振るまえ」

「余計なことはするな」

「自分の行動が周囲へどう影響するか考えろ」

「決して失敗するな」

まっつんスタイルって昔から、こういうことをかなり強く意識して生きてきた。

だからカツを見てると、

「お前、なんでそんな好き勝手できんねん!」

って、腹が立つ(笑)。

・・・いや待て。

この言葉、よく見ると、二つの意味が入ってる?

「なんでそんな好き勝手するん!?」

と、

「なんでそんな好き勝手“できるん”!?」

この二つ、似てるけど、ちょっと違う。

まっつんスタイル、ひょっとしたら、ほんのちょっとだけ、

カツに、嫉妬してるんかもしれん(笑)。

いやぁ、認めたくない(笑)。

カツに?

でも落ち着いて考えてみたら、ちょっとある。

周囲がどう思うかより、

「俺はこうしたい!」

を優先する。

怒られるかもしれん。

迷惑をかけるかもしれん。

失敗するかもしれん。

恥を書くかもしれん。

でも、やる。

“やれてしまう”。

そんな姿勢や態度に対する“羨望”。

自分を抑えることに慣れすぎた人間からすると、そんなカツの自己中心性って、腹が立つと同時に、

ほんの少しだけ、眩しい(笑)。

いや、だからって、

「カツはやっぱ素晴らしい!」

とはならんよ(笑)。

あそこまで行ったらあかんやろ。

アーガマのクルー、うんざり(笑)。

でも、もしかしたらまっつんスタイルには、

「カツ成分」が少なすぎた

ってのはあるかもしれん。

周囲への配慮。

慎重さ。

責任感。

自己防衛本能。

恥の感覚。

それは、これからも大切にしたい。

でも、

「迷惑をかけない」

を突き詰めすぎると、

「何もしない」

に近づいていくこともある。

誰にも迷惑をかけず、

誰にも心配をかけず、

絶対に失敗せず、

常に完全に安全を確認してから行動する・・・。

そんなことを言ってたら、たぶん人生はまったくもって動かん。

だから、“カツ100%”はいらん。

でも、

カツ5%くらいなら、あってもええかな(笑)。

「俺はこうしたい!」

「とりあえずやってみる」

「ちょっとくらい迷惑かけても、まぁええか」

「失敗したら、その時考えよう」

「ときには感情優先」

そのくらい。

アクセルは、ほんの少しカツから借りる。

でも、これまで培ったブレーキは絶対手放さない(笑)。

自分の欲求を大切にすることと、

自分の欲求によって発生したコストを、全部周囲に押しつけること。

これは、まったく別やからね。

「カツうっとおしい」からの飛躍(笑)。

まぁでもいろいろ考えると、嫌いな人間って、おもしろい。

別に好きになる必要も受け入れる必要もない。

「本当はあなたも、その人になりたいんですよ」

なんてドヤやれても困る。

ただ、

「なんで俺、こんなにこいつが嫌なんやろ?」

と、一歩引いて眺めてみる。

すると、

自分が何を大切にしてるか。

自分が何を嫌ってるか。

そして時には、

“自分が自分に、何を禁止して生きてきたのか”。

そんなものまで見えてくることがある。

で、やっぱZENなんやろね(笑)。

嫌悪を消そうとしない。

「カツを好きにならなきゃ!」

なんて思わない(笑)。

ただ、

「あぁ、俺いま、めちゃくちゃカツに腹立ってるな」

って眺める。

「なんで?」

って、もう一回見る。

すると、カツを観察してたはずが、いつの間にか自分を観察してる。

他人って、時々そういう鏡になるんやろう。

「カツをフォローする気になった?」

「ちょっとは共感した?」

うん・・・、あ、いや、やっぱうっとおしい(笑)。

「もっと周り見ろ!」

「勝手なことばっかすんな!」

そしてなにより、

「一回失敗したら、ちょっとくらい学習せぇ!(笑)」

でも、なんであんなにカツがうっとおしいんかを考えてみたら、カツのことより、自分のことが少し分かった。

周囲への想像力は、これからも大切にしたい。

失敗したら、ちゃんと学習したい。

でも時には、

「俺はこうしたい!」

を、もう少し優先してもいいんかもって。

「カツ成分」を5%くらい(笑)。

そう考えたら、カツにもほんの少し、ほんの少しだけ感謝(笑)。

とはいえカツ。

お前はもうちょい学習せぇ(笑)☆


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