カツ、ちょっとは学習せぇ! 〜『Ζガンダム』から考える、未熟さと嫌悪とほんの少しの羨望〜


今日も『Ζガンダム』ネタ(笑)。

「登場人物がことごとくめんどくさい」

「レコアさんの裏切りがわかりにくい」

前にそんな記事を書いた。

アムロ。

シャア。

カミーユ。

ベルトーチカ。

レコア。

シロッコ。

みんな、なんかしらこじらしとるのがガンダム(笑)。

で、その中でも今日は一人、どうしても取り上げたい男がいる。

カツ・コバヤシ。

いやぁ・・・、カツね。

こいつはやっぱりうっとおしい!(笑)。

☆

これは別に、大人になったからそう思うようになったわけじゃない。

記憶が正しければ、小学生とか中学生くらいの頃、ぼんやり『Ζガンダム』を観てたときから思ってた。

「こいつ、うっとおしいなぁ・・・」

って(笑)。

だから、

「大人になった今やから、未熟な少年の危うさが分かるようになった」

的な話じゃない。

子供から見てもうっとおしかった。

そして今も(笑)。

じゃあカツの何が、そんなにまっつんスタイルをイラつかせるんやろ?

ここを今回は、真面目に考えてみた(笑)。

☆

まず、カツは若い。

経験もない。

ひたすら感情的。

自分を過大評価する。

大人に反発する。

まぁ、ここまではいい。

10代なんて、そんなもんやろう。

失敗することだってある。

判断を間違えることもある。

若者が失敗すること自体に、

「けしからん!」

なんて言うつもりはない。

まっつんスタイルだって、人生で山ほど、腐るほど失敗してる(笑)。

でもカツの問題はそこじゃない。

学習せんのよ、あいつ(笑)。

☆

勝手に動く。

怒られる。

周囲がフォローする。

ちょっと反省したように見える。

また勝手に動く。

また怒られる。

また周囲がフォローする。

で、またやる(笑)。

「お前、前もそれで怒られたやん!」

っていう。

もちろん毎回、状況は違う。

でも根っこにある行動原理は、だいたい同じ。

「俺はこう思う!」

「俺はこうしたい!」

「だって間違ってへんもん!」

「だから俺が行かなあかんねん!」

以上(笑)。

そこに、

「俺がこれをやったら、周りはどうなる?」

って想像力が、あんまない。

たぶん、まっつんスタイルがカツに一番腹が立つのは、ここ。

☆

例えば、勝手に出撃する。

本人からすれば、

「俺だって戦える!」

「助けたい!」

「行かなきゃ!」

なんかもしれん。

気持ちは分からんでもない。

「それが若さ」

って言われればそれまで。

でも、一人が勝手な行動を取れば、周囲はそれに対応せんとあかんなる。

誰かが援護する。

誰かが探す。

誰かが意図を狂わされる。

作戦そのものに影響が出るかもしれない。

場合によっては、仲間の命まで危険に晒す・・・。

つまり、

単なる一個人の感情によって発生したコストを、周囲にも払わせることになる。

でも本人は、

「俺には俺の理由がある!」

で突っ走る。

認識甘すぎ。

学習しなさすぎ。

時々まぐれ当たりで活躍したりするから始末に負えん。

もうとにかくうっとおしい(笑)。

☆

カツに悪意がないのはわかる。

むしろ、そこがややこしい。

助けたい。

役に立ちたい。

好きな人を守りたい。

認められたい。

動機だけ見れば、けっこう純粋。

だからここで、一つ思う。

「“素直”と“身勝手”って、何が違うんやろ?」

☆

「俺はこうしたい」

これは素直。

自分の気持ちを大切にすることって、むしろ必要やと思う。

でも、

「俺はこうしたい。以上」

こうなると、身勝手に近づいていく。

大人になるってきっと、

自分の気持ちを殺せるようになることじゃない。

「俺はこうしたい」

のあとに、

「でも、俺がそうしたら周囲に何が起こる?」

を付け足せるようになることやと思うから。

自分の感情の外側にいる人間まで、想像できる。

これが責任。

いわゆる「成熟」ってものの、一つの形なんちゃうかな。

☆

そう考えると、カツのうっとおしさが増す(笑)。

どうやらニュータイプ的な“感応力”はあるらしい。

サラのことを感じ取る。

「分かる」

って、そんなシーンもある。

でも、遠くにいるサラの気持ちは分かるのに、

目の前で自分に振り回されてる仲間の迷惑は、どうも分からんらしい・・・。

なんじゃそりゃ(苦笑)。

でもこれ、考えようによっては、けっこう深い話なんかもしれん。

人の感情を「感じる」こと。

人を「理解する」こと。

そして、その理解を踏まえて「適切に行動する」こと。

全部、別なんよね。

感受性が高いから、人間的に成熟してるとは限らん。

頭がいいから、正しい判断ができるとも限らん。

さらに、

「俺には分かる」

って思った瞬間に、むしろ危うくなることだってある。

これ、ややこしい“人間あるある”(笑)。

☆

特にカツの場合、サラが絡むと、もうアカン(笑)。

惚れた。

信じたい。

助けたい。

「サラはそんな人じゃない!」

「俺には分かる!」

いやいや。

「小馬鹿にされたやん?」

「お前がそう思いたいだけちゃうんか?(笑)」

一応ニュータイプやし、ホンマに“何か”を感じ取ってる部分もあるんか知らんけど。

でもそこへ、

恋愛感情、

願望、

思い込み、

自尊心。

「俺だけが彼女を理解してる」

みたいなものまで混ざってくる。

もう、なにがなんやら(笑)。

相手を理解してるのか?

自分が見たい相手を見てるだけなのか?

本人には、たぶん分かってない。

あ〜うっとおし(笑)。

☆

そういえば、この構図、どっかで見たことあるなぁと思ったら、『逆襲のシャア』のハサウェイとクェス(笑)。

「俺には彼女が分かる!」

「俺が何とかする!」

で、周りが見えなくなる。

富野さん、こういう少年好きなん?(笑)

いや、二人は別のキャラクターやし、置かれた状況も違う。

でも、

自分の感情の強さと、

自分の判断の正しさが、

いつの間にか同じになってしまう。

そんな危うさは、あまりに似てるよね。

まぁ、ハサウェイまで掘り始めると、また記事が一本増えるからやめとく(笑)。

☆

で、カツは結局、死ぬ。

これがまた、なんとも言えない最後・・・。

もし、

泣きながらサラと相打ちとか、

決死の覚悟でカミーユを庇ってとか、

そんな最期なら、

「あぁ、カツも最後には成長したんやな・・・」

っていう、ドラマチックな物語になったんかもしれん。

でも、そうじゃない。

脇見して隕石に激突。

ヤザンに撃たれて撃沈・・・。

別にここに、富野氏の深遠なメッセージがあるとまでは言わん(笑)。

でも物語として観ると、あまりに悲しい。

カツは、学習しないまま逝った。

そんな、なんとも言えない後味が残る・・・

☆

いや、嫌いなキャラクターなんやから、

「ざまぁ!」

ってなりそうなもんやけど、意外とならない。

むしろ、

「お前、そんな死に方?・・・」

っていう、変な残念さが残る。

失敗して、

怒られて、

また失敗して。

そのうち何かに気づくんかなって思ったら、その前に時間切れ。

これ、戦争っていう“世界の残酷さ”でもあるんかね。

平和な日常なら、何度でもやり直せる。

10代でアホなことをしても、

20代で気づくかもしれん。

30代になって、

「あの頃の俺、痛かったなぁ(笑)」

って笑えるかもしれん。

でも戦場は、成長するまで待ってくれない。

失敗の回数は、無限じゃない。

そう考えると、

成熟って、失敗しなくなることじゃなくて、失敗によって自分を書き換えられること

なのかもしれん。

カツは、それを十分にやりきる前に死んでしまった・・・。

☆

・・・と。

ここまで散々カツのことを書いてきて、もう一つ思う。

「俺がカツに腹立つ理由って、学習能力の無さと、認識の甘さってだけ?(笑)」

って。

いや、カツがうっとおしいのは変わらん。

でも、ここまで強く反応するってことは、もしかして俺の側にも何かあるんちゃう?

そう、思い出すのは、

「嫌いな他人は、嫌いな自分」

みたいな話。

心理学的な知見を持ち出して、なんでもかんでも、

「それはあなた自身の投影です」

とかって訳知り顔するのは、さすがに雑やとは思う。

嫌いなもんは、単純に嫌いなこともある(笑)。

でも、

「自分が異様に反応する相手を観察すると、自分自身が見えてくる」

これは、わりとある気がする。

じゃあ俺は、カツの何がそんなに嫌なんか?

周囲への影響を考えないとこ?

迷惑を想定できないとこ?

慎重さがないとこ?

学習せずに、同じような失敗を繰り返すとこ?

自分の感情を優先するとこ?

・・・あれ?

これって全部、まっつんスタイルが、

「俺は絶対そんな奴にならん!」

って、自分に言い聞かせてきたことでもある?(笑)

☆

「人に迷惑をかけるな」

「慎重に振るまえ」

「余計なことはするな」

「自分の行動が周囲へどう影響するか考えろ」

「決して失敗するな」

まっつんスタイルって昔から、こういうことをかなり強く意識して生きてきた。

だからカツを見てると、

「お前、なんでそんな好き勝手できんねん!」

って、腹が立つ(笑)。

・・・いや待て。

この言葉、よく見ると、二つの意味が入ってる?

「なんでそんな好き勝手するん!?」

と、

「なんでそんな好き勝手“できるん”!?」

この二つ、似てるけど、ちょっと違う。

☆

まっつんスタイル、ひょっとしたら、ほんのちょっとだけ、

カツに、嫉妬してるんかもしれん(笑)。

いやぁ、認めたくない(笑)。

カツに?

でも落ち着いて考えてみたら、ちょっとある。

周囲がどう思うかより、

「俺はこうしたい!」

を優先する。

怒られるかもしれん。

迷惑をかけるかもしれん。

失敗するかもしれん。

恥を書くかもしれん。

でも、やる。

“やれてしまう”。

そんな姿勢や態度に対する“羨望”。

自分を抑えることに慣れすぎた人間からすると、そんなカツの自己中心性って、腹が立つと同時に、

ほんの少しだけ、眩しい(笑)。

☆

いや、だからって、

「カツはやっぱ素晴らしい!」

とはならんよ(笑)。

あそこまで行ったらあかんやろ。

アーガマのクルー、うんざり(笑)。

でも、もしかしたらまっつんスタイルには、

「カツ成分」が少なすぎた

ってのはあるかもしれん。

周囲への配慮。

慎重さ。

責任感。

自己防衛本能。

恥の感覚。

それは、これからも大切にしたい。

でも、

「迷惑をかけない」

を突き詰めすぎると、

「何もしない」

に近づいていくこともある。

誰にも迷惑をかけず、

誰にも心配をかけず、

絶対に失敗せず、

常に完全に安全を確認してから行動する・・・。

そんなことを言ってたら、たぶん人生はまったくもって動かん。

☆

だから、“カツ100%”はいらん。

でも、

カツ5%くらいなら、あってもええかな(笑)。

「俺はこうしたい!」

「とりあえずやってみる」

「ちょっとくらい迷惑かけても、まぁええか」

「失敗したら、その時考えよう」

「ときには感情優先」

そのくらい。

アクセルは、ほんの少しカツから借りる。

でも、これまで培ったブレーキは絶対手放さない(笑)。

自分の欲求を大切にすることと、

自分の欲求によって発生したコストを、全部周囲に押しつけること。

これは、まったく別やからね。

☆

「カツうっとおしい」からの飛躍(笑)。

まぁでもいろいろ考えると、嫌いな人間って、おもしろい。

別に好きになる必要も受け入れる必要もない。

「本当はあなたも、その人になりたいんですよ」

なんてドヤやれても困る。

ただ、

「なんで俺、こんなにこいつが嫌なんやろ?」

と、一歩引いて眺めてみる。

すると、

自分が何を大切にしてるか。

自分が何を嫌ってるか。

そして時には、

“自分が自分に、何を禁止して生きてきたのか”。

そんなものまで見えてくることがある。

☆

で、やっぱZENなんやろね(笑)。

嫌悪を消そうとしない。

「カツを好きにならなきゃ!」

なんて思わない(笑)。

ただ、

「あぁ、俺いま、めちゃくちゃカツに腹立ってるな」

って眺める。

「なんで?」

って、もう一回見る。

すると、カツを観察してたはずが、いつの間にか自分を観察してる。

他人って、時々そういう鏡になるんやろう。

☆

「カツをフォローする気になった?」

「ちょっとは共感した?」

うん・・・、あ、いや、やっぱうっとおしい(笑)。

「もっと周り見ろ!」

「勝手なことばっかすんな!」

そしてなにより、

「一回失敗したら、ちょっとくらい学習せぇ!(笑)」

でも、なんであんなにカツがうっとおしいんかを考えてみたら、カツのことより、自分のことが少し分かった。

周囲への想像力は、これからも大切にしたい。

失敗したら、ちゃんと学習したい。

でも時には、

「俺はこうしたい!」

を、もう少し優先してもいいんかもって。

「カツ成分」を5%くらい(笑)。

そう考えたら、カツにもほんの少し、ほんの少しだけ感謝(笑)。

とはいえカツ。

お前はもうちょい学習せぇ(笑)☆


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