タトゥーは誰のために彫る? 〜自己表現と承認欲求、そして「他人の反応をデザインする」ということ〜


ちょっと前に、タトゥーについての書いた。

「怖い」

「正直、あんま好きじゃない」

「自由ってことならお互い様」

そんな内容。

(その更に前には、タトゥーの魅力についても書いたことがある)

で、書き終わってから、なんか急に気になったのよね。

「・・・で、なんでそこまでして入れるん?」

って(笑)。

今日はそんなネタ。

タトゥーを入れる理由。

一番よく聞くのが、

「自分のため」

まぁそりゃそうか(笑)。

思い出。

信念。

家族。

人生の節目。

単なるおしゃれ。

いろんな理由があるんかな。

ただここで思う。

「ホンマに、自分だけのためなん?(笑)」

「正確にはちょっと違うんちゃう?」

ってね。

もしも完全に自分だけってことなら、誰にも見えん場所でええやん?

SNSへ載せる必要もない。

わざわざハーフパンツやタンクトップ着る必要もない。

“見せる前提のタトゥー”って、実際けっこうあると思う。

・・・てことは?

ここ、もうちょい踏み込む。

「自己表現」って、基本一人では成立せんと思うんよね。

絵もそう。

音楽もそう。

ブログもそう。

ファッションもそう。

誰かが見る。

誰かが反応する。

そこで初めて、

「表現」

になる。

だからタトゥーも、最初から“他人の反応込み”。

「自分のため」だけで完結するものでは、やっぱりないんよね。

これはまぁ屁理屈というか、そうやん?(笑)

じゃあ、タトゥー入れてる人って、どんな反応を期待してるんやろ?

ここがおもろいとこ(笑)。

「格好いいと思われたい」

「強そうと思われたい」

「舐められたくない」

「“普通じゃない”と思われたい」

「近しい仲間だと思われたい」

「気安く近寄られたくない」

「一目置かれたい」

「怖がられたい」

うん、もちろん人それぞれ。

でも、どれも共通してることがある。

それは、

“相手の反応をコントロールしたい”

ってことよね。

ここで思い出したのが、少し前、仕事でトラックを誘導した時のこと。

車道に出て、車を止め、手で合図を送り、みんながそれに従う。

ほんの数十秒。

でも、

「あら?なんか気持ちええ」

って思ったやつ(笑)。

「支配欲」って、こんな小さいところでも感じるんやなって。

この話、記事にも書いたけど、人を動かすって、案外甘美。

人間には多かれ少なかれ、

「相手を動かしたい」

って欲求があるもの。

じゃあタトゥーは?

もちろん全部とは言わん。

でも、

「舐めんなよ」

「近寄ってくんな」

「俺は普通のやつとちゃうねん」

そんなメッセージを身体に刻んで、周囲へ読ませようとしてる人って、絶対おる。

つまりタトゥーは、自己表現であると同時に、

“他人の反応をデザインしようとする行為”

でもあるんかな、と。

いや、前の記事でも書いたけど、別にタトゥーディスをしようってんじゃない(笑)。

まっつんスタイルだって、人のこと言えん。

例えば、白T着る。

白スニーカーを履く。

筋トレする。

香水を振る。

眉毛を整える。

歯を白くする。

全部、

「こう見られたい」

が多少・・・、いや嘘は言うまい。

大いにある(笑)。

つまり誰でも、

「他人の印象をコントロールしたい」

っていう欲がちゃんとある。

だから、タトゥーだけを特別視するつもりはない。

違うのは、その強度やね。

服なら着替えられる。

アクセなら外せる。

髪も切れる。

髭も剃れる。

でもタトゥーは違う。

消えない。

この物理的インパクトによって、人の第一印象へ与える影響が、とにかくデカい。

だから時に、怖がられる。

避けられる。

距離を置かれる。

それもまた自然な反応。

前回の記事でも書いたけど、強い表現を選べば、強い反応が返ってくるもの。

これはフェアなことやと思う。

でも、それでも、入れたい。

もしかしたら、この“強さ”こそがいいのかもしれんね。

人間の「支配欲」や「承認欲求」を、強烈に満たしてくれる。

これもまた、タトゥーの魅力なんやろう。

だからそう、やっぱり思っちゃう。

「タトゥーに偏見を持つ方がおかしい」

みたいな空気。

いやいや(笑)。

もし本当に、

「他人がどう思おうと関係あれへん!」

って言うなら、怖がられたり、距離を置かれたりする反応も、ある程度は織り込み済みなんちゃうん?

でも実際には、

「普通に接して」

「怖がらんといて」

「偏見はやめて」

って声が聞こえてくる。

そこがちょっと、勝手・・・、じゃなくて不思議(笑)。

相手の反応を気にしてる時点で、やっぱり他人を意識してるやん(笑)。

少なくとも“見せるタトゥー”は、自分のためって言いながら、実際にはかなり他人を意識した文化。

まぁでもそれは、別に悪いことじゃない。

人間は皆、他人からどう見られるかを気にして生きてるもん。

服もそう。

髪もそう。

車も。

時計も。

ブランド物も。

肩書きも。

筋肉も。

SNSも。

ブログも(笑)。

全部、

「自分はこういう人間です」

っていうメッセージ。

タトゥーは、その中でも特に“強烈な自己表現”ってことなんやろう。

タトゥーを入れてる人は「自己表現」って言う。

たぶん、それは本当。

でも同時に、他人の反応まで、無意識にデザインしようとしてる。

それもまた本当なんちゃうかな。

自己表現って、結局、自分だけじゃ完成しない。

見る人がいて、感じる人がいて、初めて表現になる。

タトゥーって、皮膚へ彫るアートっていうか、

他人の心へ彫るメッセージ”

でもあるんかもね☆


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