普通の人生を、おもしろく見る 〜『放送室』から学んだ、人生を笑いに変える技術〜


まっつんスタイルは、ダウンタウン好き。

『ガキ』とか『ごっつ』とか、もうイヤというほど笑ってきた(笑)。

あとは『放送室』。

これも何百回聴いたか分からん。

オーディブルでも配信されてるよね。

昔は単純に、「あ〜おもろ(笑)」って思いながら聴いていただけ。

でも最近思ったのよね。

まっつんスタイルがハマってたのって、笑いそのものじゃなかったんかもしれんって。

あの松ちゃんと高須のやりとりって、

“人生を笑いに変える技術”

なんよね。

そこに惹かれてたんやと思う。

『放送室』って、よく考えたら、大したこと喋ってないことがほとんど(笑)。

ガキの頃の話。

飲み会の話。

おかんの話。

後輩の話。

おっさんの話。

意外とどこにでもある日常の話ばっかり。

でも、めちゃくちゃおもろい(笑)。

これ、なんでなんやろか?

たぶん、松ちゃんや高須が、おもろい人生を送ってるっていうより、この人たち、

“普通の人生を、おもしろく見ることができる人”

なんちゃうかな。

同じ出来事でも、見る角度が違う。

そこに、お笑いの本質、ついでに“おもろがって生きるためのヒント”があるような気がする。

そんなふうに考えると、自分の人生もちょこっと違って見えるようになるよね。

大学受験に失敗したこと。

30代まで童貞やったこと(笑)。

離婚したこと。

人との比較に何度も絶望したこと。

あとは、笑いにしていいのかよくわからん、母親と折り合いが悪いまま死に別れたこと・・・。

その時は、もちろん笑えん。

ただひたすら、苦しくて情けないだけ。

逃げたい、消えたい、いなくなりたい・・・。

でも「笑いに変える」って発想を実装してからは、実際に笑える出来事も増えてきた気がする。

「あの頃の俺、必死やったなぁ(笑)」

そんなふうに思えて、ホントに小さく笑える。

「笑い」って実は、単なる娯楽じゃないよね。

ちょっとオーバーやけど、人間がより良く生きていくための技術。

しかもかなり高度な。

例えば、三つほど挙げてみる。

一つ目。

「笑いは、苦しみとの距離をつくってくれる」

苦しい出来事にどっぷり浸かってる時って、何も見えなくなりがち。

苦しみが近過ぎて、視界が狭い(笑)。

でも少し時間が経って、「まぁでも、ちょっとおもろいかも(笑)」って思えた瞬間、心に少しだけ“余白”が生まれる。

この余白が、人を救ってくれることがある。

二つ目。

「笑いは、出来事の意味を変えてくれる」

出来事そのものは変わらない。

大学受験に失敗した事実も、

長く童貞だった過去も、

母親との後悔も、

何一つ変えられない。

でも、その出来事をどう捉え、どう語るかは、自分で選べる。

そう、笑いは、世の中の見え方が無数にあるということを教えてくれるんよね。

黒歴史やと思ってたもんが、いつの間にかネタになる。

それだけのことで、人生の重苦しさから少し解放される。

そして三つ目。

「笑いは、人と人をつないでくれる」

自分の失敗を笑って話せる人の前では、不思議と相手も安心する。

「いやぁ、実は俺もさ・・・」

そんな話が始まる。

完璧な人よりも、ちょっと抜けてる人の方が親しみを感じるのは、きっとそのせいなんやろう。

『放送室』で、情けない話や理不尽な話をゲラゲラ笑いながら語る二人に、妙な親近感を覚えるのもそのため。

だから最近、ブログを書く時間がますます好きになったよね。

文章を書くことって、自分の人生を編集して、時には笑いに変えることでもあるから。

起きた出来事は変えられない。

でも、その出来事の意味づけは、何度でも変えられる。

悔しかった出来事も、

恥ずかしかった出来事も、

悲しかった出来事も。

最後に「(笑)」を付けられるくらいまで、自分の中で熟成させればネタになる。

実はそれが、『まっつんスタイル』を書いてる目的なんかもしれん。

もしかしたら、『放送室』の二人もそうなんちゃうかな(笑)。

ぼやきや愚痴ばっかりやと、書いてる方も読んでる方もしんどいだけ。

でもネタなら違う。

失敗もネタ。

弱さもネタ。

黒歴史さえネタ。

しかもそれで、誰かが笑ってくれたり、「分かるわ〜」と言ってくれたりする。

その文章が、何年経っても読まれることだってある。

それって、めっちゃ素敵なこと。

だから、これからも失敗はする。

また嫉妬もする。

また落ち込む。

また情けない思いもする。

でも、それでいい。

どうせ何年かして、

「あぁ、まぁそんなこともあったなぁ(笑)」

って、笑えるものから少しずつネタにしていけばいいと思うから。

お笑いの世界で言う「おいしい」ってやつやね(笑)。

人生は、おもろい出来事を探すだけのゲームじゃない。

起きた出来事を、どう受け止め、どう語るか。

その編集を楽しむゲームなんやと思う。

苦しかったことも、恥ずかしかったことも、十分に熟成したらネタになることがある。

そのネタが誰かを笑わせたり、少しだけ救いになったりすることもある。

で、たぶん、一番救われるのは、自分。

笑えるものから、少しずつ笑いに変えて生きていく。

そうすれば人生って、案外いつでも、いつまでも愉快。

あぁ、久々に『放送室』聴こうかな(笑)☆


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