今日は、「武士道」について?
いや、武士道そのものじゃない。
武士の在り方と、「侮辱」について。
☆
昔の武士にとって、
「臆病者」
「卑怯者」
って罵られることは、最大の侮辱やったらしいね。
まぁ今言われたも、いい気持ちはせんけど(笑)。
でも今の感覚からすると、「最大の」とまで言われると、やっぱちょっと不思議な感じ。
命より名誉。
名誉を失うくらいなら死を選ぶ。
切腹っていう文化まであったくらいやからね。
でもそう、この話を思い出して、
「これって、昔の武士だけの話なん?」
って思ったんよね。
☆
考えてみたら、人にはそれぞれ、
「一番言われたくない言葉」
ってある気がする。
ダサい。
クサい。
キモい。
無能。
使えん。
空気読めん。
器が小さい。
無責任。
嘘つき。
薄っぺらい・・・。
人によって微妙に違う。
でも、おもしろいのはそこ。
実はその「言われたくない言葉」って、その人が一番大事にしてる価値観が現れるんよね。
☆
例えば、責任感を大事にしてる人は、
「無責任やな」
って言われると傷つく。
美意識を大事にしてる人は、
「ダサい」
が刺さる。
知性を大切にしてる人は、
「浅い」
って言われるとムッとする。
優しさを大切にしてる人は、
「冷たい」
って言われると悲しい・・・。
つまり、侮辱かどうかって、言う側が決めるとは限らん。
言われた側が、傷ついた時点で、
「そこ、自分が守りたい価値観なんや・・・」
って教えられるもの。
☆
逆もそうよね。
自分が誰かを見て、
「あいつ卑怯やわ」
「使えんなぁ」
「ダッサッ!」
って思う(笑)。
その言葉もまた、自分の価値観を映してるよね。
「自分は、ああはなりたくない」
つまり、他人への評価(侮辱)って、実は“自分自身の美意識の告白”やったりする。
これ、おもろない?(笑)
☆
そう考えると昔の武士が、「卑怯者」「臆病者」を最大の侮辱って考えてた理由も分かる気がする。
彼らにとって、勇気や覚悟は、生き方そのものやったから。
だから、そこを否定されることは、“存在そのものを否定されること”に近かった。
☆
そういえば、アニメ『鬼滅の刃』の「無限列車編」。
最後、逃げる猗窩座に向かって、炭治郎が、
「逃げるなー!!卑怯者ー!!」
って叫ぶシーンがある。
あれってまさに武士道なんよね。
時代は大正。
まだその名残が色濃く残る時代。
「卑怯者」
その一言が、相手に向けられる最大級の非難。
だからこそ、あそこまで胸に刺さる。
猗窩座の額に青筋が浮かんだのが、なによりの証左(笑)。
☆
じゃあ、まっつんスタイルはどうなんやろ?
いろいろあるなぁ(笑)。
昔なら、
「非モテ」
「稼げてない」
このへんが一番嫌やった気がする。
女子にも友人に、そう思われてるって思うと変な汗をかきっぱなし。
まぁこれに関しては、諸事情いろいろなんで、今日は置いとく(笑)
今はどうかなぁ?
今、一番言われたくないのは、実は、
「臆病」
かもしれん(笑)。
「ビビり」
「ヘタレ」
「意気地なし」
とかね。
そっちが、今は嫌かな。
おもしろいもんで、齢とともに、侮辱の中身まで変わる。
それはつまり、価値観そのものが変わってるってことなんやと思う。
☆
だから最近は、あえてこう思うようにしてる。
誰かに何か言われて、
妙に腹が立った時。
妙に傷ついた時。
「なんでさっき、こんなに反応したんやろ?」
ってね。
そしたら、自分でも気づいてなかった、大切な価値観を再確認できたりする。
自分の本音とか、目指すべき方向性とかが見えたりする。
傷ついた場所って、案外、自分の人生のコンパスやったりするんよね。
侮辱は、“心の急所”を教えてくれるんかな。
でも同時に、自分が“何を誇りに生きてるのか”も教えてくれる。
そんな鏡みたいな存在なんかもしれん。
おもろいよね〜。
☆
だから今日の問い。
「あなたにとって、一番言われたくない言葉ってなに?」
その答えには、
あなたがどんな人間で在りたいのか。
何を大切にして生きているのか。
そんな”魂の骨格”みたいなものが映ってるはず。
昔の武士が命を懸けて守ったものも、
今を生きる俺らが守ろうとしているものも、
形は違えど、案外そんなに変わらんのかもしれん☆


コメント