昔から、ずーっと持ってる違和感があってね。
人間関係もそう。
仕事でもそう。
恋愛もそう。
いろんな場面で感じる。
「申し訳ないけど、俺が付き合いたい相手じゃない・・・」
とか、
「ごめんけど、俺の居場所とは思えん・・・」
っていう・・・。
まぁなんとも失礼な話。
俺のことを知ってる人が読んだら、遺憾で、噴飯もの(笑)。
もちろん楽しいこともあったし、感謝してる人もおる。
でも心のどこかに、ずっと抱えてるこの違和感・・・。
☆
そう、でも同時に思ってるのよ。
「じゃあそう言うお前は何者やねん?」
ってね(苦笑)。
特別な学歴もない。
誇れるキャリアもない。
大した実績もない。
収入も多くない。
モテてきたわけでもない。
だから結局、違和感というか、「何様感?」を持ちながら、
「まぁ所詮、これが俺の実力なんかな・・・」
って、そうやって自分を納得させようともしてきた。
☆
まぁ納得できることはなかったけど(笑)。
不思議なもので、この違和感は消えへんかったね。
仕事を変えても。
環境を変えても。
年齢を重ねても。
ずっと残る。
しつこく残る。
「なんか違う・・・」
って。
☆
まぁ要するに、
「俺ってこんなもんじゃない」
とか、
「まだ本気出してないだけ」
みたいな、そんな感覚なんよね。
だから、「わがまま」とか「勘違い」やと思うこともあった。
理想が高いだけ。
現実を見れてないだけ。
自意識過剰なだけ。
そんなふうに。
まぁこれ、完全に外れってわけでもない(笑)。
ただ、ようやくこの歳になって、少し考え方が変わったかもしれん。
ずっと感じてきた違和感って、もしかして「欠陥」じゃなくて、“ヒント”なんちゃうかなと。
今日までの人生は、自分の最適環境を探すための“消去法の実践期”やったんちゃうかなと・・・。
☆
例えば、魚が木登りできへんからって、能力がないとは言わん。
砂漠では苦しむ魚も、海に入った瞬間に元気になる。
まさに、「水を得た魚」(笑)。
人間も案外それに近いんかもしれん。
向いてる場所。
向いてる環境。
向いてる生き方。
適材適所。
そういうもんがある。
もう間違いなくある(笑)。
☆
まっつんスタイルの場合、それがフリーのブロガーやったんかもしれん。
振り返ると、違和感があった場所やと、やっぱ努力が続かんかったんよね。
頑張ってるのに、ただ消耗した。
頑張ってるのに、ひたすらしんどかった。
頑張れば頑張るほど、自分が嫌になった・・・。
そんなんばっか。
でもブログは違った。
書き始める前は、
「どうせ続かんやろ」
「なにを今さら」
「誰が読むねん」
って、そんなことばっか考えてたもん(笑)。
でも実際に書いてみたら、なぜか続く。
数字とか関係なく。
楽しい。
ネタが尽きない(笑)。
これホント、自分でも不思議なくらい。
☆
いや別に、「自分は特別やった」って言いたいわけじゃない。
ただ、長年感じてきた違和感には、ちゃんと意味があったんかもしれんなってこと。
無理やり合わせ続けてた感覚は、
「お前の適正、そこじゃない」
「お前に相応しい場所がある。そこじゃないけど」
っていう人生からのサイン(笑)。
人との距離感。
活躍できる環境。
社会貢献の方法。
どれもその人に適したものがある。
そんな感じ。
☆
「どこへ行っても噛み合わん」
「何をしても違う気がする・・・」
そんな感覚って、意外と誰しも経験があるんかもしれんね。
でもそれを、能力不足って決めつけるのは、たぶん早い。
単に、“自分の使い方”を知らんだけって可能性、大いにあるから。
違和感は苦しい。
居場所がない感じは、時に辛い。
「自分がおかしんちゃうか」なんて思うことすらある。
でもそれは案外、
「そこちゃうねん」
っていう人生からの、ピュアで親切なサインなんかもしれん(笑)。
魚は木を登れん。
でも海に入れば泳げる。
まっつんスタイルは、たぶんその海を探してただけやった。
今にして思えば、そんなような気もする☆


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