人生は、自分が咲ける場所を探す旅 〜育つ場所と開花する場所の違い〜


今日は、

「人が育つ場所と開花する場所って、実は違うんかもしれんなぁ」

みたいな。

なんか、そんな話(笑)。

まっつんスタイルは、長く京都の山奥で暮らしてきた。

自然いっぱい。

静けさもある。

空気もきれい。

それはそれで、めちゃめちゃありがたい環境やったと思う。

しかも農家やってたしね(笑)。

実際、あの場所で育ったものってたくさんある。

身体。

社会性。

孤独と付き合うたくましさ。

自然との共生力。

季節の変化を愛でる感性。

たぶん、今のまっつんスタイルのかなりの部分、あの環境で作られたのは間違いない。

だから今、関東に移り住んだけど、京都が悪かったってわけじゃない。

農業の経験が無駄やったわけでもない。

むしろ大いに必要やったんやと思う。

でも同時に、心のどこかでずーっと思ってた、

「これが完成形ではないなぁ」

っていう本音。

ここで一生を終える感じはない。

そう思ってた時期もあったけど、どうも違う。

ここで自分の全部が開く感じでもない。

うまく言えんけど・・・。

そう、育つ場所ではあった。

でも、開花する場所じゃなかった。

そんな感じ?

そういえば、

「置かれた場所で咲きなさい」

っていう有名な言葉があるよね。

たぶん多くの人を励ましてきた言葉。

でも同時に、誤解や誤用されてきた言葉でもある気がする。

どこか、

「今いる場所で我慢しなさい」

みたいに聞こえるからね。

もちろん、そういう意味じゃないはず。

でも、

合わない環境でも?

苦しい場所でも?

自分を殺してでも?

そんな疑問はどうしても持たれがち。

でもたぶん、あの言葉の本質は、

「まずは、今ここを受け入れなさい」

「今ここにないものばかり追いかけるのはやめなさい」

なんやろうなと。

今の自分。

今の環境。

今の人生。

それをまず否定しない。

無駄に抵抗しない。

必要以上に戦わない。

受け入れるべきは受け入れる。

考えてみればこれ、かなり禅っぽい。

そう、禅って、

今ここから逃げない。

今ここをジャッジしない。

今ここにあるものを、まずそのまま観る。

そんな思想やから。


だから、

京都の山奥にいた20年も、

孤独やったことも、

うまくいかんかったあれもこれも(笑)、

全部ひっくるめて、まずは受け入れる。

そこから始まるんかなと。

でも、ここで大事なんが、

“受け入れることと、居続けることは違う”

ってことやね。

感謝することと、固定されることも違う。

あの山奥の暮らしを愛してたし、農家として営めたことに感謝もしてる。

でも、人生の最終地点かどうかとは別。

だってそう、考えてみたら、有名な禅の坊さんだって移動バンバンしとる(笑)。

修行のために寺を出る。

旅をする。

師を探す。

環境を変える。

人生そのものが、移動の連続。

植物には、その植物に合う土壌ってある。

で、人にもたぶん、合う土壌ってあるのよね。

都会で元気になる人もいる。

田舎で回復する人もいる。

組織の中で力を発揮する人もいる。

一人になって初めて開く人もいる。

刺激が必要な人もいれば、

静けさが必要な人もいる。

どれが正しいとかじゃなくてね。

ただの相性問題。

環境との噛み合わせ。

だから、

「今いる場所でがんばれない自分はダメ・・・」

みたいな判断は、焦って出すこともないと思うんよね。

もちろん、

“どこへ行っても自分はついてくる”。

これもまた、まっつんスタイルの持論ではある(笑)。

環境を変えれば全部解決する、なんて単純な話ではないのもそう。

でも、

“環境が合っていないと、力が出にくい”

ってこれ、ホント、普通にあるからね。

花にも、咲きやすい土や季節があるように。人にも、そういうものがちゃんとある。

やっぱここでも、常に解釈に自由さを持たせる「中道感」やな(笑)。

そう、

「ここで完成じゃない」

っていう違和感は、ただのワガママで片付けない方がいい。

未来の自分からの小さなサイン。

次の場所へ向かうための静かな合図なんかもしれん。

あえて、そんなふうに考えてみる。

振り返ると、京都の山奥は、まっつんスタイルを育ててくれた場所。

体も、

心も、

過去との距離感も、

新しい価値観も、

全部あそこで育った。

だから感謝してる。

これはホンマ。

でも、次は、開花する場所へ行く。

育ててもらったことと、そこを離れることは、別に矛盾しない。

感謝と移動は両立するはず。

だからいいのよ。

「置かれた場所で咲きなさい」

っていう言葉は、

「置かれた場所を否定しなくていい」

やけど、でも、

「そこで一生咲け」

とは言ってない。

これくらいの解釈でオッケー(笑)。

まずは受け入れる。

味わう。

感謝する。

で、必要なら移動する。

人生って、置かれた場所で咲く物語というより、

“自分が咲ける場所を探す旅”

そういうもんなんかもしれん(笑)☆


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