出来事を書くのではなく、自分を掘っているのかもしれない 〜ブログを書き始めて気づいたこと〜


今日は、ブログについて。

いや、「ブログ論」みたいな大層なことじゃない。

「ブログって、自分を発掘するツルハシかもしれんぜ」

って話。

☆

世の中には、何年もブログを書き続けてる人、結構おるよね。

旅行ブログ。

育児ブログ。

趣味ブログ。

読書ブログ。

日記ブログ。

まっつんスタイルも昔から、そういう個人ブログを読むの、わりと好き。

なんか安心するんよね、あのブログらしいブログ(笑)。

その人の暮らしが見えるし、人柄もなんとなく伝わってくる。

SNSとはまた違う良さがあるよね。

☆

でも最近、自分が書き手になって気づいたことがある。

ブログって、出来事を書くためっていうより、

“自分を掘るためのものなんかもしれん”

ってこと。

☆

例えばそう、散歩。

ただ歩いた。

気持ちよかった。

これだけなら日記。

もちろんそれでもいい。

でも、まっつんスタイルの場合、

そこから始まる(笑)。

「なんで歩くのって気持ちいいんやろ?」

「なんで歩いてるとアイデアが湧くんやろ?」

「なんで自然の中におると安心するんやろ?」

そんなことを考え始める。

すると、

健康の話になり、

集中力の話になり、

幸福の話になり、

果ては人生観の話になっていく。

気づけば、

散歩の話を書いていたはずなのに、

「自由とはなにか?」

とかまで考えてる(笑)。

☆

最近の記事もそう。

永平寺に行った話。

横浜に惹かれるの話。

AIとの共作の話。

理想の女性の話(笑)。

全部、最初は別々のテーマやった。

でも掘っていくと、

結局いつも同じ場所に辿り着く。

「で?俺はどう生きたいのか?」

っていう場所に。

☆

永平寺の話を書いてたら、

祈りや人生の話になった。

横浜の話を書いてたら、

理想の生き方の話になった。

理想の女性の話を書いてたら、

理想の自分の話になった(笑)。

なんとも不思議。

でも最近は、それがブログのおもしろさであり、“書く意義”とすら思うかな。

☆

たぶんブログって、発信ツールである前に、自己発掘ツールなんよね。

最初に言ったツルハシみたいな(笑)。

自分は何が好きなのか?

何に違和感を持つのか?

何に感動するのか?

どんな人生を送りたいのか?

そういうものを、書きながら発見していく。

で実際、書く前より、書いた後の方が理解できてたりする。

なんなら、

「俺ってこんなこと考えてたんや!」

って、自分で驚くことすらあるし(笑)。

☆

だからテーマなんか何でもいい。

筋トレでもいい。

心理学でもいい。

ZENでもいい。

アニメでもいい。

歴史でもいい。

大事なんは、

「で、そこから何が見えた?」

ってこと。

出来事そのものより、その出来事を通して、

何を感じたのか、

何に気づいたのか、

何が大切って思ったのか。

そこに、“その人らしさ”が出るんよね。

☆

『まっつんスタイル』は、

健康の話も書くし、

モテの話も書くし、

禅の話も書くし、

ブログの話も書く。

自分でも、

「いや、雑記にもほどがあるやろ!」

って思う(笑)。

でも実際は全部つながってる。

つながってしまう。

健康も、

モテも、

ライフワークも、

思考も、

人生観も。

全部、

「どう生きるか」

っていう、同じテーマの別角度。

だからジャンルが違っても違和感がない。

少なくとも、自分の中では。

そして、読者諸氏も・・・、たぶんそう、であってくれ(笑)。

☆

今は動画全盛。

SNSですら、もう動画が中心。

それはそれで楽しい(まっつんスタイルは一切見ないけど(笑))。

でもブログにはブログの良さがある。

今だに、そしてこれからも。

書きながら、考えられる。

考えながら、掘れる。

掘りながら、自分でも知らなかった自分に出会える。

文字を介した思考プロセス。

実はかなり最強だったりする。

☆

ブログの価値って、発信することだけじゃない。

自分を知ること。

自分を掘ること。

自分の人生を理解していくこと。

そこにもあるんちゃうかなと。

☆

今日のスタバ。

今日の謎。

今日のイラッ。

今日の感動。

そんな些細な出来事を掘っていくと、気づけば人生観が見えてくる。

自分と世界の解像度が上がって、どんどん生きやすくなる。

というわけで、まっつんスタイルはこれからも、出来事の奥にある“意味”を掘り続ける。

ツルハシで(くどい(笑))。

ブログって案外、自分の中の鉱脈を見つける発掘作業やからね(笑)☆


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