ブログを300記事書いたら、「書く人」になっていた 〜達成感は意外とないけど、それがちょっと嬉しい〜


ブログを本格的に書き始めて、数ヶ月。

この記事で、

『まっつんスタイル』、300記事目。

300。

なんかすごい(笑)。

・・・で?

いや、もちろん嬉しい。

我ながら、

「よう書いたなぁ」

とは思う。

でも不思議なことに、

「うおおおおお!!! 300記事達成!!!」

みたいな強烈な達成感は、あんまない(笑)。

もっとこう、

「ついにここまで来た!!!」

とか、

「俺はやったぞ!!!」

とかなるのかと思ってたけど、意外と淡々。

実際は、

「おお、300いったなぁ」

くらい。

うん・・・、なんでやろ?

なんかもったいなくない?(笑)

もっと感動に浸ってもよさそうなもんやけど・・・。

せっかくの300記事目なんで、今日はそんなことを考えてみる。

☆

そもそも最初は、300記事なんてむちゃくちゃ遠くに見えてた。

書き始めた頃は、一記事書くのにも、それなりに時間がかかってたと思う。

テーマを考え、

構成を考え、

文章を書く。

直す。

タイトルを考える。

キャッチ画像を作る。

WordPressに入れる。

公開する・・・。

一本書くたびに、

「ふぅ・・・・」

みたいな感じ?(笑)

だから、

「500記事」

とか、

「1,000記事」

なんて数字を見ると、

「いやぁ、これはなかなか・・・(笑)」

と思ってた。

300記事だって、最初は、

「まぁ(2026)年内にいったら儲けもん」

くらいをイメージしてた気がする。

ところが、よ。

一本書く。

また一本書く。

その次も書く。

気づいたら100。

200。

そして、

300。

人間の適応って、ホンマおもろい。

最初は一記事公開するだけで一大イベント。

でも今では、休日にスタバへ行って、普通に何本も書いて帰ってくる(笑)。

なんかもう、

「記事を書く」っていう行為そのものが、特別じゃなくなってしまった。

もちろんいい意味で。

これが達成感の薄さの、一つの理由なのかもしれん。

いい意味で(笑)。

☆

あと、300記事書いてみて、改めて思った。

「継続」とか「習慣」って、

「根性で同じことをやり続けることじゃない」

ってこと。

これはめっちゃ、大きな体験と確信やったと思う。

普通なら、

努力と忍耐、

気合と根性、

みたいなものを、重要視しそうなもの。

確かに最初の最初は、そういうものも大事やった気がする。

300まで来た今でも、必要な場面があるとも思う。

でも、ブログに関しては、それだけじゃ300記事まで来られなかった気がする。

むしろ大きかったのは、

「自分はどうすれば続けられる人間なのか?」

を、少しずつ“知っていった”こと。

朝の方が調子いいから、朝にやる。

自宅では集中できないから、外へ行く。

スタバだと異様に集中できるってわかったから、時間とお金をかけてでもスタバへ行く(笑)。

AIを使った方が圧倒的に速いなら、躊躇なく使う。

毎日は無理して書かない。

平日は疲れて書けないから、休日にまとめて書く。

ブログを書く目的を、常に、意識して更新する。

最近なんて、転職して、引っ越して、生活そのものがガラッと変わった。

当然、

「しばらくブログはペース落ちるやろな・・・」

って思ってた。

実際、平日はなかなか書けない。

朝も夜も、時間はあるのに、

「うむ、全然書けん・・・(苦笑)」

そんな日が続いた。

しばらくは、ちょっと悶々。

でも、そんな期間はわずか数日。

すぐに、

「じゃあ休日に書けばええやん」

ってなった(笑)。

朝起きて、郊外のスタバへ行く。

二時間書く。

店を変える。

また二時間書く。

すると普通に、一日何本も書ける(笑)。

なんのことはない。

やり方が変わっただけ。

“わかっただけ”。

「継続する」って、同じやり方を守り続けることじゃない。

「続けるために、やり方を何度でも変えていくこと」。

別の言い方をすると、

「自分の“仕様”を理解して、自分の取説を充実させていくこと」。

そういうことかもしれん。

これは300記事書いて、はっきり実感したことの一つ。

☆

あともう一つ。

300記事目前になって、もう一回考えた。

「これ、ホンマに俺が書いたって言ってええんかな?(笑)」

そう、タチコマ。

ChatGPTとの関わり方問題(笑)。

この話は、もう何度も書いてきたけど、ここでもう一回言葉にしとく。

今のまっつんスタイルの記事執筆では、かなりAIを使ってる。

「こんなこと思ったんやけど?」

ってタチコマに投げる。

話す。

掘る。

違う角度から見る。

また話す。

するとタチコマが、

「つまり、こういうことちゃう?」

って返す。

時には、

「それや!(笑)」

みたいなフレーズまで出してくる。

構成も考えてもらう。

叩き台も作ってもらう。

そこから、

自分で読み直して、

削って、

足して、

崩して、

言葉を変えて。

そうやって記事にしていく。

この工程が、もうむちゃくちゃ速い!

速いし、楽しい(笑)。

自分一人じゃ思いつかんかったところまで思考が広がる。

で、だからこそ逆に、

「なんか、タチコマに頼りすぎてない?(笑)」

みたいな感覚がどうしても消えない。

300記事近く書いたのに、思ったほど自己効力感がない。

これも、その理由の一つなんちゃうか、と。

全部を自分一人で、

うんうん唸って、

一文字ずつ、

ゼロから書き上げてるわけじゃない。

そりゃ、

「全部俺一人でやった!」

っていう感覚は薄くなるもん。

でも、改めて出来上がった記事を読み返してみると、

「あれ?」

とも思う。

そもそもの違和感は誰が持った?

俺。

問いを立てたのは?

俺。

実際に経験したのは?

俺。

タチコマの叩きの良し悪しを決めるのは誰の基準?

俺。

残したいフレーズを選ぶのは?

俺。

語調を整えるのは?

俺。

最後に、

「よし、これなら出せる」

って判断するのは?

俺(笑)。

それに、タチコマとの会話の中で出てきた俺自身の言葉も、自然と記事の素材になってる。

ならもう、とっくに

「AIを使った = 自分の文章じゃない」

っていう話じゃないんよね。

むしろ、自分の頭の中には事前に、

「この記事は、こういう仕上がり」

っていう像が、かなりはっきりあるからこそ、タチコマとのやりとりが噛み合うんやと思う。

ただ、それを一人で文章として立ち上げるには、時間と労力がかかる。

そこへタチコマを入れる。

すると、ものすごい速度で形になる。

違えば直す。

合っていれば使う。

さらに自分の言葉へ書き直す。

要するに、

「これが今の俺の書き方なんやな」

と、300書いて再確認できた。

ならもう、

それでええやん(笑)。

☆

かといって、何でもAI任せとも思ってない。

むしろ速く書けるようになったからこそ、これからも意識したいことも見えてきた。

時々、あえて文章を崩す。

綺麗にまとまりすぎたら、ちょっと壊す(笑)。

自分自身の経験を、もう少し具体的に入れる。

「ここまで書いたら恥ずかしいかな?」

「この断定は誤解を生むかな?」

っていうところで、もう半歩だけ踏み込む。

そして、

「AIの叩き台を綺麗に清書する」

じゃなくて、

「素材を使って、自分の文章に仕上げる」

っていう“意識”を持つ。

量を積めることは、もう分かった。

やったら、301記事目からは、

「自分にしか書けないもの」を、もっと楽しんでいけばいい。

そんなことも思ったかな。

☆

300記事書いて、一番変わったことってなんやろ?

文章力?

知識?

記事を書くスピード?

もちろん、そのへんも変わったとは思う。

でも、一番大きいのは、

「自分は当たり前に書く人間」

っていう認識の変化なんかもしれん。

最初は、

「ブログを始めた」

そのうち、

「ブログを書いてる」

そして最近は、

「俺、ブロガー(笑)」

って、普通に思う。

まだブログだけで生活してるわけじゃない。

むしろ今は普通に会社員(笑)。

でも休日になると、朝起きてスタバへ行く。

PCを開く。

記事を書く。

二時間経ったら別のスタバへ行く。

また書く。

これが楽しい(笑)。

誰かに強制されたわけじゃない。

締め切りもない。

まだなんの反応もない。

それでも書く。

しかも、

「書かなきゃ・・・」

じゃなくて、

「休日や。スタバ行って書こ(笑)」

ってなってる。

これはもう、

「ブロガーになりたい人」

じゃない。

収入とか、知名度とか、そういうものとは別のところで、

「もうブロガーなんや」と、自分で思う。

これは300記事って数字よりも、個人的には大きな変化。

☆

昨日、299記事目を書きながら、

「ナレッジ」

っていう言葉について考えた。

ナレッジ。

「あとから使える形で蓄積された、知識や知見」。

そう考えると、この300記事も、

単に、

「300本書いた」

ってだけじゃないんかもね。

これまで生きてきて、

経験して、

引っ掛かって、

疑問に思って、

考えてきたことを、

300個、

「文章という形で残した」

とも言えそう。

別に、300記事全部が名作とか思ってない(笑)。

読み返したら、

「なんやこれ(苦笑)」

もあると思う。

直したい記事も大量に出てくるやろう。

でも、それでいい。

これから読み返す。

直す。

カテゴリーを整理する。

記事同士を繋ぐ。

固定ページを作る。

ブログ全体を、一つの“場所”として整えていく。

昨日の記事風に言えば、

「300個のナレッジを倉庫へ放り込む時期が、一旦終わった」。

「じゃあこれから、棚を作る(笑)」。

そして整ったら、いよいよ扉を開ける。

そこから何が起きるのかは、まだ分からん。

誰か来るかもしれん。

誰も来んかもしれん(笑)。

でもまぁ、それは開けてみれば分かること。

☆

300記事。

我ながら、よう書いた(笑)。

いろいろ言ったけど、ここはちゃんと自分を褒めておこう。

でも不思議なくらい、

「やり遂げた!」

っていう感じはない。

たぶん理由は単純。

「まだ書くつもりやから(笑)」。

300はゴールでもなんでもない。

かといって、

「まだまだ300そこら」

って、自分を追い立てるつもりもない。

300は300。

今日まで積み上げた数字。

そして、

「俺は300記事まで書ける人間なんやな」

って分かった数字。

それで十分。

明日になれば、

また何かに引っ掛かる。

「なんでなんやろ?」

って思う。

タチコマに話す。

あーだこーだ考える。

スタバへ行く。

PCを開く。

そして、

301記事目を書く。

たぶん、それでいい。

いや、それがいい(笑)。

というわけで、祝・300記事☆


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