不快を避けるために傘を買った話 〜「幸せを足す」より「不幸を引く」お金の使い方〜


☆雨が降ってきたから傘を買った。以上(笑)

今日、出先で急に大雨が降ってきてね。

で、傘は持ってなかった。

さて、どうする?

以前のまっつんスタイルなら、

「すぐ止むかな?」

「傘を買うとか、さすがにアホくさい?」

「まぁ、多少濡れてもしゃーねーか?・・・」

なんて、あれこれ逡巡してた気がする。

でも今回は、

めっちゃすんなり買った。

傘を。

・・・以上(笑)。

いや、以上なんやけど。

傘をさして歩きながら、ふと思ったのよね。

「このお金の使い方、ためらう必要ある?」

って。

傘を買ったところで、

別に楽しくはない。

テンションも上がらん。

「うおおお! 新しい傘や! 生きてて良かった〜!」

とはならん(笑)。

なんていうか、決して気分がプラスになるわけじゃないというか・・・。

でも、

濡れない。

服が気持ち悪くならない。

靴も汚れない。

荷物も気にしなくていい。

その後ずっと、

「うわぁ、びしょびしょやん・・・」

って不快な気分で過ごさずに済む。

てことは?

俺は傘を買ったんじゃなくて、

「濡れる不快」を消すために、お金を払ったってこと?

なんかこれ、

お金の使い方として、めっちゃ大事な考え方なんちゃうかと。

今日はそんなお話。

☆

☆人は「快」を買うためには、お金を使う

「お金を使う」。

だいたい分かりやすいのは、

「欲しいものを買う」

ってこと。

美味しいものを食べる。

旅行に行く。

映画を見る。

ゲームを買う。

欲しかった服を買う。

ちょっといいお酒を飲む。

こういうのは、

お金を使う理由が分かりやすいよね。

お金を払う。

↓

「楽しいもの」「気分がいい」ものが手に入る。

「自分の幸福のためにお金を使った」

っていう実感があるやつ。

じゃあさっきの傘は?

例えば、

タクシーは?

エアコンは?

少し高いけど近い駐車場は?

寝心地のいい寝具は?

こういうものになると、

なんか急に、

「もったいないかなぁ・・・」

「そこまでせんでも・・・」

とかなったりする(笑)。

でも、よく考えたら、

こっちも同じように、

自分の幸福のためにお金を使ってるんちゃうの?

☆

☆「快を足す」と「不快を引く」は、実は同じ?

例えば、

500円でケーキを食べる。

幸福度が、

0から+10になったとする。

一方、

500円で傘を買う。

そのまま歩けば、

雨に濡れて幸福度−10。

でも傘を買ったことで、

0のまま過ごせた。

・・・。

どっちも10改善しとる!(笑)。

いや、この幸福度はあくまでイメージ。

そんな綺麗に数字では測れるもんじゃない(笑)。

でも考え方としては、

なんにもおかしくない気がする。

幸福って、

「快を足す」

ことだけじゃなく、

「不快を引く」

ことでも得られるからね。

むしろ広い意味では、

どちらも、

「今より好ましい状態へ移動する」

という意味で同じとすら言えそう。

なのに、

なんで俺らは、

「快を買う」ことに比べて、

「不快を消す」ことには、

妙にお金を出し渋ることがあるんやろ?

この問いはなかなかおもしろい(笑)。

☆

☆「何も起きなかった」には、値札がつきにくい

たぶん一つには、

これがあるんじゃないかと思う。

傘を買った。

濡れなかった。

タクシーに乗った。

疲れなかった。

エアコンをつけた。

暑くなかった。

ちょっといい寝具を使った。

朝、身体がしんどくなかった。

どれも、

「素晴らしい何かが起きた」

わけじゃない。

嫌なことが起きなかった。

“だけ”。

だから、

価値が見えにくいんかなって。

傘を買って雨をしのいでも、

「おぉ〜、今日は雨に濡れんかった! あ〜なんという幸せ!」

とはなりにくい(笑)。

でも、

傘を買わずに歩いて、

服も靴もびしょびしょになったら?

めっちゃ不快(笑)。

つまり、

回避された不快って、見えない。

起きなかったことやからね。

でももしかすると、

俺らはこの「何も起きなかった」に、

思ってる以上に救われてるのかもしれんのよね。

☆

☆人間は「マイナス」に敏感なはずなのに・・・

人間には、

「得をする嬉しさ」よりも、

「損をする痛み」を強く感じやすい、

「損失回避」

と呼ばれる傾向があるらしい。

「行動経済学」の世界なんかでよく出てくる話。

とはいえ、

「1,000円失うこと」と、

「雨に濡れて不快なこと」は、

同じ話じゃない。

ただ、

人間が、“マイナスに敏感”っていうのは、

なんとなく実感としても分かる気がするよね。

なのに。

雨に濡れるのは嫌。

疲れるのも嫌。

暑いのも嫌。

待たされるのも嫌。

なのに、

それを消すためのお金になると、なぜかケチる(笑)。

「傘に1,000円かぁ・・・」

「タクシー2,000円かぁ・・・」

「こっちの駐車場、500円高いしなぁ・・・」

そうやって、

数百円を守った結果、

その後の30分ずっと機嫌が悪い。

・・・。

これ、

ホンマになんか得したことになるんかな?(笑)

☆

☆「我慢できる」と「我慢する価値がある」は違う

念の為。

これは、

何でもかんでもお金で解決すればいい、

って話じゃないからね(笑)。

お金は有限。

節約も大事。

人生には我慢が必要な場面もある。

でも、

なんとなく俺らって、

「我慢できる = 我慢した方がいい」

になってないかね?

歩ける。

じゃあ歩こう。

暑いけど耐えられる。

じゃあエアコンは使わん。

濡れても死にはせん。

じゃあ傘はいらない。

この椅子、座りにくいけどまだ使える。

じゃあ買い替えない。

・・・。

いや、

全部できる。

できるけど。

耐えられる不快を、わざわざ耐える必要って、ホンマにあるんかなって話(笑)

ここ、

意外と別の話なんじゃないかね?

“我慢できること”と、

“我慢する価値があること”。

この二つの隔たり(笑)。

同じものじゃないよね。

我慢そのものに、

ポイントが付くわけじゃなし(笑)。

☆

☆お金を節約して、自分の機嫌を浪費してない?(笑)

また例えば、

300円安いスーパーがある。

ただし、

往復40分余計にかかる。

でも、行く。

300円浮いた。

よっしゃ!

節約成功!

・・・。

なのか?(笑)

40分という時間。

移動する体力。

考える手間。

「邪魔くさいなぁ・・・」

っていう小さなストレス(笑)。

そういうものも使ってる。

500円安い駐車場を探して、

遠くまで歩く。

タクシー代を惜しんで、

疲労MAXで歩く。

安いものを探すために、

ネットを一時間見続ける。

金額だけ見れば、

たしかに節約。

でも、

そのために使った、

時間。

体力。

集中力。

判断力。

そして、

機嫌(笑)。

これらも全部、

自分が持ってる有限のリソースなんよね。

だとしたら、

こういう問いもあっていいんちゃう?

「お金を節約するために、自分を浪費してない?」

・・・うむ。

これは我ながら耳が痛い(笑)。

☆

☆「贅沢」の意味も変わってくる

疲れてる日にタクシーに乗る。

「歩ける距離やろ」

って言われれば、

まぁ歩ける。

でも、

タクシーに乗ったことで、

20分早く帰れた。

身体も楽。

家に帰ってから、

本を読めた。

ブログを書けた。

家族とゆっくり話せた。

早く寝られた。

なにより、気分がいい(笑)。

そう考えると、

そのタクシー代って、

そこまで「贅沢」なんやろか?

とかね。

毎回タクシー乗って金なくなったら、

それはそれで困る。

でも、

値段だけを見て、

「高い=浪費」

「安い=節約」

って判断をしなくてもいいんちゃうって、

そういうこと。

お金を使ったことで、

何が減ったのか。

何が守られたのか。

そして、

浮いた時間や体力を、

何に使えたのか。

そこまで見て初めて、

その支出の価値が分かるんじゃないかね。

☆

☆経済的自由って、「何を買えるか」だけなんやろか?

なんか話が、

傘からどんどんデカくなってきた(笑)。

「お金持ち」

とか、

「経済的自由」

って聞くと、

何を想像するかね?

高級車?

豪邸?

ブランド品?

海外旅行?

高級レストラン?

欲しいものを、

値段を気にせず買える。

つまり、

「快をたくさん足せる人生」

みたいなイメージ?

もちろん、

それもお金の力やと思う。

でも、

お金がもたらす自由って、

ホンマにそれだけなんやろか?

遠い。

じゃあ近くに住む。

疲れた。

じゃあタクシーに乗る。

家事に時間を取られる。

じゃあ家電やサービスに任せる。

壊れて不便。

じゃあ買い替える。

騒音がつらい。

じゃあ静かな環境を選ぶ。

そして、

もっと大きな話になれば、

今の仕事がどうしても嫌なら、

「辞める」

っていう選択肢を持つ。

・・・あれ?

こうして並べてみると、

経済的自由って、

「好きなものを何でも買える力」

というより、

「嫌なものを選ばなくて済む力」

でもあるよね。

で、もしかしたら、

お金持ちのマインドってこういうのに近いのかも。

☆

☆お金で守っているのは、「自分」なのかもしれない

お金に余裕があれば、

少なくとも、

「一番安いか?」

以外の基準を持ちやすくはなる。

どれくらい時間がかかる?

どれくらい疲れる?

どれくらい面倒?

どれくらいストレスになる?

それを避けるために、

いくら払う価値がある?

そう考えると、

お金で買ってるのは、

自分の、

時間。

体力。

集中力。

判断力。

そして、

さっきも強調した、機嫌(笑)。

そういうものを、

お金を使って守ってる。

そんなふうにも言えるよね。

だから、

お金よりも先に、

「自分の心の状態の方が貴重」

っていう発想。

これが、

かなり大事なことのような気がする。

☆

☆経済的自由とは、「我慢しなくていい自由」?

経済的自由。

なんか大層な言葉(笑)。

「何億円あれば安泰」

「総資産〇〇万円」

「不労所得が生活費を超えたら」

云々・・・。

いろんな定義がある。

それはそれでいい。

でも、今回の話で、

もっと生活感のある捉え方もできるんちゃうかとも思うよね。

「必要のない不快を、自分の人生から減らせること」

嫌な場所に、

無理していなくていい。

無意味に疲れなくていい。

暑いのに、

根性で耐えなくていい。

小さな金額を守るために、

大切な時間を大量に失わなくていい。

そして、

どうしても合わない仕事に、

「生活があるから」

っていう理由だけで、

永遠に縛られなくてもいい。

だから、

経済的自由って、

「選ばなくていいものを、選ばなくていい自由」

でもあるってことかな。

考え方によっては、

別荘とか高級時計より、

なんか急に身近な話になってくる。

☆

☆幸せを足す前に、不幸を引いてみる

人生を良くしようと思うと、

俺らはつい、

「何を買おう?」

「何を始めよう?」

「どこへ行こう?」

「何を手に入れよう?」

って、

「足し算」で考えがち。

でも、

その前に、

「何を減らせば、今より快適になる?」

って考えてみるのも、

悪くないのよね、ホントは。

雨に濡れる。

無駄に待つ。

必要以上に疲れる。

暑さや寒さを我慢する。

毎日繰り返してる、

ちょっとした面倒。

そういう小さな不快を、

一個ずつ消していく。

これって、健康もそうかな。

豪華じゃない。

キラキラもしない。

SNS映えもしない(笑)。

でも、

生活そのものは、少し、でも確実に静かになる。

そう考えると、

今日のまっつんスタイルは、

数百円だか千円だかを払って買った傘で、

「濡れて不機嫌になる俺」を回避したってこと(笑)。

経済的自由なんて言うと、

なんだか大層な話に聞こえる。

でも、

その小さな原型って、

案外こういうところにあるんじゃないかね。

快を足すために、

お金を使う。

それもいい。

でも、ときには、

「不快を引くために、お金を使う」

という発想はあり。

まずは、

傘一本から(笑)☆


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