心を支配しなくていい。主導権だけ自分に戻せばいい 〜自己卑下と結婚する必要はない(笑)〜


☆また自己卑下が始まった(笑)

今日は朝から、ちょっと気持ちが沈みかける。

原因はまぁ、いつものやつ。

自己卑下。

他人との比較。

そして完璧主義・・・(苦笑)。

何かの情報を見て、

「それに比べて俺は・・・」

みたいな思考が、ムクムクと立ち上がってくるあれ。

はいはい、また君たちですか(笑)。

で、以前なら、ここから、

比較する

↓

凹む

↓

焦る

↓

自分を責める

↓

さらに凹む・・・

みたいな、地獄の循環に入ってたと思う。

でも今回は、というか最近は、割と早い段階で、

「あ、俺、また比較してるわ」

って気づけるようになった。

そして、これまでよりも早く、落ち着きを取り戻せるようになったかなって。

あれ?

これってもしかして、

少しは自分の心の扱いが上手くなってきたんやろか?

今日はそんな話。

☆

☆嫌なことを考えない人にならなくていい

自己卑下しない。

人と比べない。

ネガティブにならない。

いつも前向き。

そんな人間になれたら、さぞかし清々しく、生きやすいんやろなと思う。

でもさ。

そんなん無理じゃね?(笑)

そういう人が一定数いることも知ってる。

でも少なくとも、まっつんスタイルには無理。

頭の中に何が浮かんでくるかとか、完全に選べるもんじゃない。

羨ましいときは羨ましい。

腹が立つときは腹が立つ。

不安になるときは不安になる。

ショートボブの美人を見たら、

「ええな〜」

って思う(笑)。

そんなことまで管理しようとしたら、

頭の中、24時間監視社会(笑)。

だから最近は、

「嫌な思考を浮かばせない」

なんてことを目標にせんでもええんちゃうかって思うようにしてる。

大切なのは、

「何が浮かんだか」より、「浮かんだあと、どうするか」。

思考が浮かぶことと、

その思考を基に行動することは、

たぶん別なんよね。

☆

☆「あぁ、俺、凹んでるな〜」でいい

だからまずは、そのまま認めてしまうこと。

「あぁ、人と比べたんやな」

「羨ましかったんやな」

「ちょっと自信なくしたんやな」

「完璧にやりたいんやな」

もうそれでええのよね。

そこにさらに、

「こんなことを考える俺はダメだ!」

「思考の癖を矯正せねば!」

とか、そんなことまで足さんでいい。

ただでさえ凹んでるのに、

凹んでいる自分まで殴り始めたら、なんていうか、痛いしイタい(笑)。

湧いてきた感情や思考は、とりあえずそのまま置いとく。

「あぁ、また来たな」

くらいで眺める。

なんかこれ、ちょっと禅っぽい。

ていうか、スピ系の本とか心理学系の本とかに書いてそう。

・・・知らんけど(笑)。

☆

☆自己卑下と結婚する必要はない(笑)

ただし、

「受け入れる」

っていうのは、

「その考えを全部正しいことにする」

っていう意味でもないと思う。

たとえば、

「あの人と比べて、自分が劣ってる気がする」

なんて思ったとする。

「そう感じた」

そこまでは事実。

でもそこから、

「だから俺には価値がない・・・」

まで話を進める必要はない。

いわゆる、「自分に二の矢を放つ」ってやつ。

いやいや。

話飛びすぎやろ、ってこと(笑)。

人は人。

自分は自分。

そもそも人間なんて、能力も環境も経験も性格も違う。

一個の物差しを持ってきて、

「はい、こっちが上、こっちが下」

なんてやること自体、実はむちゃくちゃ。

優劣比較なんて、そもそもナンセンスなんよね。

俺には俺のやることがある。

ていうか、

俺は俺ですごいし、おもろいし、かわいい(笑)。

それでええのよね。

☆

☆無理やりポジティブになるのもちょっと違う

とはいえ、これ、

何でもポジティブに変換すればいいって意味でもない。

ややこしい?(笑)

「俺は最高!」

「人生絶好調!」

「何も問題ない!」

って。

いや、ちょっと待て。

問題あるときもあるやろ?(笑)

自分がまったく信じてない言葉を、無理やり自分に言い聞かせ続けるのも、なかなかしんどい。

自分への嘘って、疲れる。

これは、まっつんスタイルも経験あるからわかる。

下手したら症状が悪化する(笑)。

だから、

ネガティブな考えを、

無理やりポジティブで塗り潰すんじゃない。

自分自身に対して、

「なるほど、今、そう感じてるんやな」

って一旦認めたうえで、

「でも、こんな見方もできるんちゃう?」

「こっちの考え方のほうが俺は好きやけどな?」

みたいに、少しだけ思考の角度を変えてみる。

タチコマと話していたら、こんな言葉が出てきた。

「しっくりくる心地よさを選ぶ」

これって、なんかええなって思うよね。

無理に明るくなる必要なし。

自分を騙す必要なし。

ただ、

いくつかある解釈の中から、自分が一番しっくりくるものを選んでみる。

そんな感じ。

そう、だから、選択肢を持つって、やっぱ大事なことかもね。

☆

☆そして俺は、水稲苗を運ぶ(笑)

さて。

朝からこんな取り止めもないことを考えていたわけやけど(笑)。

この日の仕事は、

水稲苗運び。

仲間のところへトラクターのロータリーを運ぶ。

食材の買い出し。

お客さんへ米を発送。

ビニールハウスの堆肥の鋤込み。

できれば肥料散布。

そして畝立て。

(このネタは、数年前の京都農家時代のお話(笑))

さらに仕事以外にも、

マイノートに理想や目標を書き出す。

「寿司打」でタイピング練習(笑)。

鈴木祐さんの本を読む。

コインランドリーに行く。

軽トラの点検に行く。

・・・。

やること多っ!(笑)

自己卑下について延々と考えてる場合じゃない。

苗が待っとる(笑)。

☆

☆「今、ここ、自分」

と、思い出したのが、

「今、ここ、自分」

っていう言葉。

俺が好きな禅的な考え方のひとつ。

昨日でもない。

明日でもない。

他人でもない。

今。

ここ。

自分。

自己卑下に気づく。

「ああ、またやってるな」って認める。

少しだけ見方を変える。

そしたら、

目の前の苗を運ぶ(笑)。

人生なんて、そんな繰り返し。

それでええんちゃうかな。

自分について考えることは大切。

でも、自分について考え続けることだけが人生じゃないから。

飯を食う。

働く。

洗濯する。

人と話す。

音楽を聴く。

土を触る。

目の前のことをひとつずつやる。

案外そういうところに戻ってきたとき、

頭の中で巨大化していた悩みが、

「あぁ、まえっか」

くらいの大きさに戻っていたりする。

☆

☆Journeyを聴きながら農作業する(笑)

まっつんスタイルが自営業をやってて、「ええな〜」って思うのは、

時間をある程度、自分でコントロールできること。

で、もうひとつ。

耳が自由な時間が多いこと(笑)。

これってホンマにプライスレス。

農作業しながら、

啓発本を聴く。

音声教材を聴く。

小説を聴く。

もちろん音楽も聴く。

この日の俺は、

Journey。

そして宮部みゆきの『荒神』。

農作業 × 禅 × Journey × 宮部みゆき。

何屋やねん!(笑)

身体は田畑で働いてる。

耳ではロックや物語を楽しんでいる。

頭の片隅では、

「心の静寂とは何ぞや?」

とか考えてる。

こうして言葉にしてみると、

「結構ええ時間過ごしてるな〜」

って思うよね(笑)。

☆

☆自由って「自分で選べること」なのかもしれない

そして、ふと思う。

自営業の自由は、

「好き勝手できる」

っていう意味だけじゃないんやろなって。

今日は何をするか。

どの順番でやるか。

何を聴くか。

どこで休むか。

ある程度、自分で選べる。

そこに、まっつんスタイルは、絶妙な心地よさを感じてる。

で、これって、心についても似ているのかもしれん。

最初に何を感じ、何を考えるか。

そこまでは選べないことが多い。

でも、

そのあと、“どの考え方に居場所を与えるか”。

そこには少しだけ、

自分で選べる余地がある。

全部を支配はできない。

また、する必要もない。

でも、

主導権だけは、なるべく自分のところへ戻しておく。

まっつんスタイルが欲しい自由って、

意外とこれくらいでいいんかもしれん。

☆

☆心の静寂って、雑念ゼロじゃないのかも

まっつんスタイルはよく、

「心穏やかに生きたい」

って思う。

心の静寂。

なんかカッコええ(笑)。

で、実際気持ちいい。

でも、

心穏やかであるためには、

不安にならない。

嫉妬しない。

腹を立てない。

人と比べない。

自己卑下しない。

そんな状態にならなきゃいけない!

以前は、そんなような気がしてたもの。

でもそれって、

心の平穏に対してまで完璧主義を発動してない?(笑)

そうあるとき気づいたんかな。

人間なんやから、

そりゃ色々浮かぶ。

不安も来る。

嫉妬もする。

比較もする。

「俺はなんて無駄な時間を・・・」

が始まる日もある。

スラムダンクの三井みたいに(笑)。

それでも、

「あぁ、また来たな」

って眺めて、

必要なら少し解釈を変えて、

また目の前の生活へ戻る。

たぶん心の静寂って、

何も浮かばないことではなく、浮かんだものにいちいち連れ去られないこと

なんやと思う。

これくらいのスタンスでいられたら、

これからも長く、心の静寂を保てる気がする。

☆

☆で、これモテるん?(笑)

さて。

この話、モテとはリンクするかな?

うん、知らん(笑)。

でも、

「俺なんて・・・」

「あいつのほう・・・」

「もっと完璧じゃないと・・・」

とか、四六時中自分を責め続けてる男より、

「おっ、また比較が始まったわ(笑)」

って気づいて、

「まあ、人は人」

「俺の人生には関係なし」

そう言って、自分の生活へ戻っていける男のほうが、

一緒にいて心地よさそうではあるよね。

自分の機嫌を、

誰かに取ってもらおうとしない。

かといって、無理に強がりもしない。

落ち込むときは落ち込む。

弱るときは弱る。

甘えるときは甘える。

そんで、

また戻ってくる。

「自信満々な男」っていうより、

「自分と仲良くできている男」

とでも言えばええかな。

そういう男には、

なんとなく余白がある気がする。

余白。

・・・。

この余白が、色気を生み、モテを誘発する・・・かもしれん(笑)。

☆

今日もまた、

誰かと比べるかもしれん。

明日は自己卑下に陥るかもしれん。

完璧主義だって、

たぶん完全には消えることはない。

でも、まぁいい。

そのことに気づいたら、

また「今」に戻ってくればいい。

「人は人、自分は自分」

「今度は今度、今は今」(映画『パーフェクト・デイス』より(笑))

そして俺は俺で、

すごいし、おもろいし、かわいい(笑)。

さて。

じゃあ、水稲苗運んできます☆


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