最近は、小説がおもしろくてね。
よく読むし、Audibleを聞かない日はない。
で、Amazon検索をする機会も増えるわけやけど、たまに見かける、レビューが何千ってついてる作品。
1000レビュー(もっと?)って・・・、どうもあれは、胡散臭い(笑)。
ついでに、「SNSでも大絶賛!」「今年No.1!」みたいな帯が巻いてあったりする。
実際読んでみると、うん・・・、まぁおもろいんはおもろい。
確かによくできてるんやけど、それでもやっぱ「そこまでおもろいか?」が拭えない。
☆空気で評価される作品たち
昨今のネット時代では、“流れ”を作る「空気」みたいなものがあるよね。
みんながいいって言ってるし、なんか耳にしたことがあるから、「知ってる」「おもろい」って言わなあかん雰囲気。
どうやら、作品そのものっていうより、“空気感込みで評価されてる”感じ。
ハッキリ言ってしまえば、いかに話題を演出して、拡散と錯覚を作り出すか、みたいな?
そんなふうに感じるときがある。
もちろん、それが全部悪いって言ってんじゃない。
中にはマジでいい作品もあったりするから、迂闊なことは言えん(笑)。
今の時代、SNSとか動画とか、そういう流れでヒットが生まれるのは普通のことやし。
でもなんかこう、評価のされ方がちょっと“異様”なのよね。
誰もが自分の感覚じゃないところで判断してる感じ。
「ちょっといくらなんでも・・・」って引いてまう。
単なる好みの問題って可能性も無きにしもあらずやけど(笑)、でもこの“感じ方”は、意外と納得してもらえるはず。
☆流行の否定は、逆張りとは違う
もう少し言うと、別に流行りものを全部否定しようってんじゃない。
逆張りは、まっつんスタイルの得意技やけど(笑)、なにもかも否定するのは、それはさすがに“イタい”(笑)。
おもろいものは普通におもろいと思うし、評価される理由があるのもちゃんとわかってる。
ただ、盲信はせんってそういう話。
好き嫌いや良し悪しは、必ず自分の感性なり機微なりで判断したい。
☆評価がズレる理由
で、話を戻す。
じゃあなんで、星の数と、まっつんスタイルの評価に乖離が起こるのかっていうと、たぶんこれ。
「作品 + 空気 + 流行 + 評価」の連鎖。
この全部が混ざってしまって、まっつんスタイルが嗅ぎ取りたい作品の価値がぼやけるから、かな。
作品単体の評価と、“今どういう空気か”っていう評価が、どうにもズレてる感覚。
まぁもうぶっちゃけて言うと、“売るためにに作られた流れ”に対する拒否反応。
それに気づけない自分が許せないっていう、特殊な防衛反応やね(笑)。
☆時間というフィルター
あとは、まっつんスタイルの価値観として、「評価って、時間が決めるんちゃう?」ってのがあってこの感覚は大きい。
流行は、一瞬で広がるスピード感を作り出せる。
でも流行は、よく観察すると、同じくらいのスピード感で消えていくもの。
一方で、初版からずっと評価される作品もある。
じわじわ評価されて、その後も長く読まれ続ける作品ってのもある。
あえてざっくり分けてみると?
■① 消えていく作品
- バズる
- 空気で持ち上がる
- でも数年後には誰も語らない・・・
→ 現象としての作品
■② 最初から残る作品
- 完成度が高い
- 普遍性がある
- 何年経っても読まれる
→ 作品としての作品
■③ あとからじわじわ評価される作品
- 最初は地味?
- でもじわじわ来る
- 時代が追いつく
→ 発見される作品
だから、この②と③が、ホンマに長く残る作品なんやと思う。
☆小野不由美という例
そう、まっつんスタイルが好きな小野不由美なんかは好例。
この人の作品って、大バズりしてどうのこうのってタイプの作品じゃない。
むしろ、あとから効いてくる。
じわじわ長く愛されるのよね。
シリーズものの『ゴーストハント』や、言わずと知れた『十二国記』。
長編ドキュメンタリーホラーの傑作『残穢』。
どれも、じわじわ長く愛される“本物”。
近著の『営繕かるかや怪異譚』も、その良さが分かる人が“ちゃんとハマる”良作。
時間が経ってからも思い出すし、なんならもう一回読みたくなる。
SNSでもなく、レビュー数でもなく、販促の勢いでもない。
そんな評価の軸が、ちゃんと読者の内側にあるって感じ。
だから、流行の外で、たしかに読まれ続けるんよね。
☆「もう一回読みたい」という基準
そう、「もう一回読みたいと思うかどうか」もいい基準やね。
しかも、「実際にもう一回読んでもちゃんとおもろいかどうか」も。
一回目は、新鮮さで読めるやろう。
でも二回目はごまかしが効かん。
- 構成美があるか
- 物語の多層性があるか
- ちゃんと人間が描かれてるか
こういうところの真価が問われるからね。
逆に言うと、本当にいい作品って、何回読んでもおもしろいもの。
☆現代的かどうかは関係ない
あとレビューとかでたまに見かけるけど、「現代的かどうか」で評価する人がいるよね。
うん、正直ようわからんし、どうでもいい(笑)。
「じゃあ時代小説は?」って話になるし。
時代が違えば、言葉も文化も違うし、科学技術だって違う。
そういう前提で、それでも読めるし、そういうふうに読んで楽しむもの。
時代に関係なく、人間の中身なんて、大して変わってないからね。
別になんの問題もない。
いつの時代も、恐怖があって、欲望があって、孤独があって。
そして、世界は理不尽で、それでも愛に満ちてる・・・。
こういう普遍性をしっかり表現できてる作品は、時代がどうあろうと、ちゃんと届く。
☆作品は時間で残る
うむ、やっぱ評価って、単なる数字じゃ測れんもん。
時間の中でどう残るかが真価。
“流行に乗る気持ちよさ”もあるけど、それでもね。
流行は儚く消えるもの。
読み終わっても、「あれ?」ってなりがち。
でも、自分の心の機微に触れた“作品”は、長く残る。
それだけの話かもしれんけど、この差を感知するのも、文学作品を楽しむ醍醐味だったりする。
☆まっつんスタイル的締め
今回のネタは、「Amazonレビューの異様さ?」から入った(笑)。
もちろん売れてる作品は、「時代の空気を捉えてる」ってことでもあって、それは大いに評価されるべき。
でもまぁつまるところ、今回言いたかったのは、文学も人生と同じで、「自分の感性で判断したい」ってこと。
小説の評価で言うと、まっつんスタイルの基準はシンプル。
- もう一回読みたいと思うか
- もう一回読んでもしっかりおもしろいか
- 時間が経っても読まれ続けるか
このあたりかな。
あとはまぁ、「あの作品は後から評価されるって思ってた!」って言えたら最高(笑)☆


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