まっつんスタイルのものの考え方って、
「かなり東洋的なんかなぁ」
とか思うことがよくある。
禅。
TAO(道教)。
浄土真宗的「他力」。
流れに身を任せる。
結果は手放す。
執着しない・・・。
こういう思想や生き方が、昔から妙にしっくりくる。
でもこないだふと思ったのが、
「じゃあ西洋哲学とか、キリスト教的な世界観で考えたらどうなんやろう?」
ってこと。
なんとなくやけど、
西洋的 = 努力惜しむな!
西洋的 = 頑張れば報われる!
西洋的 = 誰にでも可能性がある!
とか?
西洋的 = 自己責任!
西洋的 = 限界突破!
西洋的 = 言い訳無用!
みたいな?
そんな勝手なイメージがあったからね(笑)。
ところがよ。
いろいろ調べて、考えてってしてみると、これが意外と違ったのよね。
むしろ、行き着く先は、かなり東洋のそれと似てるかも?
今日はそんなお話。
☆ どうやら西洋哲学を誤解していた
そう。
まっつんスタイルは長いこと、
「西洋思想ってマッチョなんやろなぁ・・・」
って思ってたらしい(笑)。
さっきも言った、
「努力しろ!」
「もっと頑張れ!」
「夢を叶えろ!」
「限界は突破できる!」
「神様は見てくれてる!」
そんな世界。
どれも「命令調」で「断定調」なのがポイント(笑)。
もちろん、そういう側面も、あるはあるみたい。
ここでいう“ある”は、「存在するし、正しくもある」って意味ね。
特に、現代のビジネス界隈や、自己啓発界隈には、この空気が濃い。
「アメリカ的」とでも言うのかな?
でも実際、西洋哲学とか宗教の本流を辿っていくと、案外そうでもなくてね。
むしろ、
「人間には限界がある」
を大前提にしてたりもする。
ここ、めっちゃおもしろいとこ。
☆ ストア派は「結果を手放せ」と言う
西洋哲学の中で、今のまっつんスタイルが一番しっくり来たのは、やっぱ「ストア派」。
ストア派の考え方って、実はびっくりするほどシンプル。
「コントロールできることと、コントロールできひんことは、分けて考えなはれ」
ってこれだけ。
極端に言うと、これだけ(笑)。
たしか、コーヴィーさんが、似たようなこと言ってたような・・・。
例えばそう、就活なら、
応募する。
面接の準備をする。
ちゃんと受け答えする。
ここまでは自分。
でも、
「面接官の心象は?」
「採用される?」
「されたはええけど、景気の動向は?」
って、そこは自分じゃない。
つまり、
「やることやったら、あとは知らん」
そんな感じ?(笑)
これどう?
なんかちょっと「禅」っぽくない?(笑)
あぁ、わかってくれてると思うけど、今回もあくまでまっつんスタイル流の解釈ね。
☆ キリスト教も意外と近い
キリスト教にも、有名な祈りがある。
「御心のままになさってください」
っていう言葉。
これも「あら?」って感じよね?
だってこれ、「他力」やん(笑)。
もっと、なんていうか、
「神よ、助けてください〜!」
みたいな話かと思ってたけど、でもどうやらそれも違う。
そこには、
「自分の願いはある」
「自分の意思もある」
「でも最後は、神の意志を信頼し、委ねます」
みたいな姿勢があるのよね。
これって、浄土教の、
「阿弥陀さまを信じます」
にめっちゃ近い。
・・・気がするんやけど、どうやろ?
なんかちょっと驚きじゃない?
☆ 「他力」と責任放棄は違う
あとここは、めちゃくちゃ大事なとこやから、強調しとく。
ただ、理解するにはそこそこ時間がかかる。
まっつんスタイル自身も、繰り返し咀嚼して、ようやく分かってきた(分かった気になった?)って感じ。
浄土真宗の「他力」。
これって、意味を正確に説明する言葉ではないけど、最近のまっつんスタイルの感覚で言えば、
「なんとかしてください」
じゃなくて、
「よろしくお願いします」
が、なんか一番近い。
わかるかな?(笑)
最近のまっつんスタイルの例やと、
求人に応募はする。
もちろんしっかり働く。
ブログ記事も書く。
借金も返す。
やることはやる。
でも、
「初動から結果が出るまで、全部を自分が支配せなあかん!」
って、そんな動き方からは、降りる。
責任放棄じゃない。
こういう感覚?
「過剰な責任を手放す」
「大きな流れに委ねる」
正確にはこういう感じなんかなって。
☆ TAOと浄土真宗とストア派の共通点?
不思議なことに、TAOも、浄土真宗も、ストア派も、最後は似たようなところに着地するって感じる。
ホンマ不思議。
やる。
でも、全てを握りしめない。
進む。
でも、執着はしない。
結果を求める。
でも、結果に支配されない。
言葉も違うし、世界観も違う。
でも、
「自然の流れに逆らい過ぎないこと」
そういう知恵は、どうやら共通してる気がしてならん。
☆ 「限界突破」よりも「限界を知る」
若い頃は、
「俺がなんとかする!」
「俺が変える!」
「俺が勝つ!」
そういう勢いも必要なんやと思う。
でも年齢を重ねると、
「俺には限界がある」
このことを認める方が楽に生きられたりする。
で、おもろいことに、限界を認めた方が、これまでより動けたりもする(笑)。
無理して万能になろうとしなくなるから、肩の力が抜ける。
すると、本来の力を発揮しやすくなる、みたいな?
結局人間って、「全部を背負おうとする」から苦しくなるみたいやね。
「全部自分でできる」って思うからしんどい。
で、
「そんな生き方、もう降りようぜ」
と。
これ、東洋も西洋も、実は共通なんかもしれん。
☆ ブログ執筆も、たぶん同じ
例えば、まっつんスタイルの大テーマである、ブログ。
500記事、1,000記事書ける条件?
上手くいく保証?
ない。
1,000記事書いても、何も起きない可能性?
ある。
でも、じゃあ書かん?
いや、書く。
今日も書く。
明日も書く。
書いて、積む。
積めるだけ、積む。
その上で、
「じゃあ、あとはよろしくお願いします」
大事なんは、この姿勢なんかなって。
これもう、東洋も西洋もあんま関係ない(笑)。
☆ 結局、似たところへ辿り着く
これまでずっと、
「俺がなんとかせな!」
で来てたみたい。
でも今は少し変わってきたかも。
俺にできることはやる。
やれる範囲で全力を尽くす。
でも、
全部を俺だけで背負おうとはしない。
結果を握りしめ続けない。
流れを信じる。
ご縁を信じる。
そして最後に一言。
「よろしくお願いします」
たぶん今のまっつんスタイルは、このへんにいるんかなと。
東洋とか西洋とか、宗教とか哲学とか、そんなことを超えてさ。
結局、人間が少し楽に生きるための知恵って、みんな似たところへ辿り着くもんみたい。
今日も一歩だけ進む。
ブログなら、今日も一記事書く。
「あとは、よろしくお願いします」
って言いながら。
どうやらそんなんでよさそう(笑)☆


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