読書と成功の関係はどこまで本当か 〜その読書、ホンマに必要?〜


「成功者はみんな本を読んでいる」

この手のフレーズ、よく聞くよね。

自己啓発でも、ビジネスでも、教育でも、とりあえず一回は出てくる“定番のやつ”。

一見もっともらしい。

それらしいデータもある。

うん・・・、でもこれ、ホンマかいな?(笑)


まぁこんなもん、おそらくは定義次第。

「読書って何をどれくらい読んでんの?」
「じゃあ読書嫌いの成功者はおらんのか?」
「そもそも何をもって成功やねん?」・・・

こんなことを考え出すと、「成功者=多読家」なんて簡単に言い切れるんかね?

「うん、・・・なんか匂う(笑)」


というわけで、今日はこのネタを、“あえて懐疑的に”考えてみる。


☆人は「正しそうな物語」を信じたくなる

まず、まっつんスタイル的な前提から。

人間は、「努力が報われたい生き物」

その願望に対して、

  • 成功者は読書家である
  • だから本を読めば成功に近づく

っていう、シンプルで、一見否定しずらいストーリーを差し出されると、

「なるほど、そうかも・・・」

って納得“したくなる”。

これは論理というか、“信じたい気持ち”の問題かもしれん。


☆「マーケの香り」はこうして作られる

冒頭の「匂い」の正体。

それはおそらく「マーケの香り」(笑)。

いわゆる「マズローさんの法則」的な構造に当てはめると、プ〜ンといい香りがする。


よく出てくるフレーズは、実はこんな香りでできてる。

  • 不安:「本を読まないと、世間から置いていかれますよ〜」
  • 憧れ:「成功者はみんな本を読んでますよ〜」
  • 罪悪感:「読書習慣がない人は、ダメかもしれませんね〜」
  • 承認欲求:「あなたも“こっち側”に来たいでしょ〜?」

これ全部をブレンドすると、「読書=成功」っていう甘〜い香りが完成する。

で、人はこの匂いに抗えない。

だから、本が売れる。

まぁ今更な話やけど、よくできた設計(笑)。


☆実際に結果を分けているのは「読書量」ではない

もちろん、本を読むこと自体はええこと。

知識も増えるし、視点も広がる。

間違いない。

特にノウハウ系は役に立つ。

誰かの数年分の経験(失敗)を、短時間で吸収できるわけやからね。


でも勘違いしちゃダメ。

冷静に考えると、

読書量が多い=成功する

っていう因果は、かなり怪しい。

そんな単純なわけない。


実際に差を生んでるのは、

  • 本をどう解釈するか
  • どこまで咀嚼するか
  • 行動にどう落とすか

要するに、

読書と、そこで得た情報の使い方次第

細かいことのようやけど、このことはしっかり自覚しといた方がいい。

本を100冊読んでも何も変わらん人なんて山ほどおるし、逆に、1冊の本で人生が変わる、なんて人もおるわけで。

この違いは、量やなくて、体感と解釈の深さ

つまり、謳い文句に煽られて、

「読書することが目的になってもしゃーないんちゃう?」

ってこと。

まぁこんなことは、まっつんスタイルが改めて言うことでもないか?(笑)


☆「本を読む人」と「世界を読む人」

世の中には、

  • 本をたくさん読む人
  • 現実を深く読む人

の二種類がいるって考えてみるのもおもしろいかもね。

前者は知識を蓄えるのが得意。

後者は意味を生み出すのが得意。

これはどっちが上とかって話じゃない。

ただ、

“読む対象”が違う

本を読む人
人間を読む人
感情を読む人
空気を読む人
人生を読む人

「自分はどれかな?」って、考えてみる。

すると、自分にとっての読書の意味が少し変わってくるかもしれん。

まっつんスタイル的には、「世界を読む人」がしっくりくるかな(笑)。


☆「嗅ぎ分ける力」こそ、現代の知性

ここで、知っておいた方がいい話。

今の時代、情報はそれこそ無限にある。

でもそのほとんどが、“誰かの意図で設計された言葉”やってこと。

だから、

あらゆるものに、何かしらの“香り”がついてる

って思っといた方がいい。


そこで必要になるのが、

その香りを嗅ぎ分ける力

やたら不安を煽ってくる
正しすぎてどうにも胡散臭い
言うことがいちいち断定的・・・

こういう“人工甘味料的”な不自然な香りに気づけるかどうか(笑)。


実際の成功とか努力って、もっと“泥臭い”もののはず。

もしくは、静かで淡々としていて“無臭”に近いものっていう認識。

これが、

“現代的な知性”の正体


だから最初に言った、「何をもって成功者か?」を、自分の中で明確にしておくことが大事。

それによって、読書というものの価値や意味は変わってくるはず。


そう、結局今回の記事でも、まっつんスタイルが言いたいことは、いつもと同じ。

「自らの哲学を持って生きよ」

ってこと。


☆禅的に言えば、「知との距離感」

最後に、まっつんスタイルZEN的の考え方も書いてみる。

知識は、信じるものじゃなく、扱うもの

本も教えも、本を読むという行為さえも、それ自体に“絶対的な価値”なんてものは存在しない。

あるのは、

自分との関係性だけ


距離が近すぎると、執着になるし、遠すぎると、無関心になる。

ちょうどいい距離で、“戯れる(たわむれる)”くらいでちょうどいい。

これがまっつんスタイル的、読書と成功のモテエロZEN(笑)。


☆読む自由もあれば読まない自由もある

「成功者は読書家である」

この言葉が間違いやとは言わん。

でも、

それがすべてでもない

読む自由もあれば読まない自由もある。

大事なのは、

その知識と、自分がどう付き合うか

本を読むことより、日常における自分の“反応”を観察することの方が大切。

情報を集めることより、“意味を生み出すこと”の方が大切だったりすることもある。

本を読む人が偉いんじゃない

本を読まなくても、世界を読む人が強い


そしてもうひとつ。

「香りを追うな、風を読め」

by まっつんスタイル


「成功者=多読家」は、数ある世界線の一つに過ぎない。

そんなふうに考えられたら、人生はまた少し生きやすくなる☆


コメント

コメントする