人生が崩れる時に起きていること 〜「破綻」ではなく「強制再配置」という仮説〜


半世紀くらい生きてると、

どう考えても、

「破綻した」

としか思えん瞬間に、

出くわすことがあるもんでね(笑)。

いわゆる、

「あっ、人生終わったな」的なやつ

お金が尽きる。

仕事も立ち行かなくなる。

住むところがなくなる。

ついでに、

人間関係が盛大に崩れる。

今まで積み上げてきたものが、

「ガラガラガラ〜」

っと、音を立てて崩れていく・・・。

いや、

できれば経験したくない(笑)。

というか、

こんな目に遭わんために、

毎日あれこれ頑張って生きてるようなところすらあるわけで。

でも、

50年近く生きてきたからこそ、

最近、

昔の“破綻?”を振り返って、

思うこともある。

「あれって、ホンマに“破綻”やったんやろか?」

そのときは、

間違いなく終わったと思った。

でも、今、

ここから振り返ってみると、

あそこで何かが崩れたからこそ、

仕事が、

住む場所が、

人間関係が、

考え方が、

“変わった”。

結果として、

“人生の配置”が、

ごっそり変わってる。

てことは、

あの破綻って、

「飛躍の前の強制再配置」

みたいなことやったんちゃう?

・・・って考えたらおもろくない?(笑)

今日は、

そんな話。


☆「もう無理」なのに、人はなかなか止まれない

思い返してみると、

人生が盛大に崩れる前って、

だいたい、

その前からなんとなく分かってたりする。

「いや、これもう無理ちゃう?」

って。

仕事。

人間関係。

暮らし。

お金。

生き方そのもの。

なんかもう、

いろいろしっくりきてない(笑)。

でも、

なかなか止まれない。

もうちょい頑張れる。

ここでやめたら、

負けた気がする。

今まで世話になったし。

申し訳ないし。

今さら引き返せないし。

せっかくここまでやったし。

ていうか、生活あるし(笑)。

・・・うん。

覚えがあるなぁ(遠目)。

で、たぶん、

こういうときの心境って、

「続けたい」っていうより、

「変えるのが怖い」

やったりもするんよね。

今まで積み上げたものを、

手放すのが怖い。

違う場所へ行って、

また一から始めるのが怖い。

何より、

「今までのやり方ではダメでした」

って認めるのが、

ちょっと怖い。

だから、

なんやかんや理由をつけて、

ちょっとずつ延命する(笑)。

でも、

心のどこかでは、

「このまま続けるの、もうなんか違う」

って、

とっくに気づいてる。

その時点で、

気持ちの上では、

すでに終わってたりする。

つまり、

「お前(の気持ち)はもう、死んでいる」(笑)。


☆そして、なぜか自分で逃げ道を塞ぎ始める

それでも、

人間ってやつは、なかなか動かんもんでね。

責任感。

罪悪感。

恐怖心。

執着。

惰性。

世間体。

いろんなもんが絡みついて、

その場に留まらせる。

でも、

昔の自分を振り返ってみると、

なんとも不思議な行動をとってたりもする。

「お前、あの頃、なんでそんな選択ばっかりしてたん?」

みたいな?(笑)

お金がないくせに、

なぜかいらんもんを買う。

しんどいのに、

さらに無理する。

人間関係が危ういのに、

余計なとこで踏み込む。

今の環境を維持したいはずなのに、

自分で自分の逃げ道を塞いでいく・・・。

なんかこれって、

自分で「強制終了ボタン」を押しにいってない?

みたいな(笑)。

まっつんスタイルは、

勝手にこれを、

「無意識強制終了ムーブ」

と呼ぶことにした(笑)。

ホンマに、

無意識が俺を動かしてたんか?

それは分からん(笑)。

単に、

余裕がなくなって、

判断がおかしくなってただけかもしれん。

ただ、

後から振り返ると、

「こういう状況にでもならんと、あんときの俺は動かんかったんやろな」

って思う出来事が、

たしかにあるんよね。

だから、

「心の深いところは、未来を知ってた」

とか、

「潜在意識が、正しい方向へ導いてくれた」

とか、

そんな神秘的?な話は置いといて(笑)、

まっつんスタイル的には、

「無意識強制終了ムーブ」

くらいに呼んで、

おもろがることにする。


☆「破綻」ではなく、「再配置」

で、

ここからが、

今日の本題。

昔なら、

「あそこで失敗した」

と思ってた出来事。

でも、

今の自分から振り返ると、

必ずしも、

それだけじゃないらしい。

仕事が終わった。

住む場所が変わった。

付き合う人が変わった。

生活リズムが変わった。

価値観まで変わった。

つまり、

人生の配置が変わった。

だったら、

まっつんスタイルは、

過去のいくつかの“破綻”を、

「失敗」じゃなくて、「再配置」

みたいに呼び直してみてもいい気がする。

もちろん、

そのときは、そんな余裕なんかない。

「ただいま人生の再配置中」

とは、とても思えん(笑)。

普通に、

焦る。

凹む。

自己嫌悪に落ちる・・・。

でも、

何年か経ってから、

振り返った時に、

「あれ? あそこで崩れんかったら、今ここにおらんやん」

ってことがある。

だから、

少なくとも、

「あれで全部終わった」

「不甲斐ない俺」

とかだけ考えんでもいいんかなって。

あそこで一回、

「配置が変わった」

もしかしたら、

「配置を“変えた”」

んかもしれん。

そう考えると、

過去の見え方って、

まったく別物になるんよね。


☆ゼロになると、空きスペースができる

人間、

失うのは怖い。

そりゃそう。

時間もかけた。

労力もかけた。

お金も使った。

思い入れもある。

それを失うって、

それまでの自分まで否定するみたいで、

なんとも悔しい。

切ない。

でも、

一方で、

こんなことも思う。

何かを入れるには、空きスペースが必要やん?

あれこれパンパンに詰まった部屋に、

新しい家具は置けへん。

人生も、

案外、

似たようなもんかもしれん、と。

仕事。

人間関係。

習慣。

思い込み。

「こうあるべき」。

「今さら変えられない」。

そんなもので、

ぎゅうぎゅうになってたスペースが、

何かの拍子に、

ごっそり空く。

その瞬間は、

ただの喪失にしか見えない。

でも、

しばらく経つと、

その空いた場所に、

別のものが入ってたりする。

だから、

少なくとも、

後からそう呼べる“ゼロ”もある。

「喪失による“詰み”」じゃない

「再起動のための余白」としての「ゼロ」

まぁ、

ゼロにならんで済むなら、

それに越したことはない(笑)。

でも「ゼロ」になったからこそ、入ってきたもんもあったんよね。


☆渦中では、そんな綺麗に思えん(笑)

とはいえ。

人生が、

ガラガラ崩れてる真っ最中に、

「これは飛躍のための再配置です☆」

なんて思えるかというと、

思えるわけない(笑)。

不安になる。

焦る。

眠れん。

自責と後悔。

「今までの時間、なんやったんや・・・」

って言いたくもなる。

だから、

別に、

無理して前向きになれっていうのとは違う。

ただ、

ほんの一瞬でも、

「これ、数年後にはネタになってたりしてな」

くらいに思えたら、

わずかに、

出来事の切迫感との距離ができる。

「あぁ、人生終わった・・・」

から、

「あれ? これ、ドラマのCM跨ぎか?」

くらいにはなる(笑)。

あるいは、

「断食終了1時間前」

とかね。

今は腹減って、

たまらん。

でも、

あとから考えたら、

「あれも一瞬やったな」

みたいな?

・・・。

まぁどれも、

今やから言える話かもしれんけど(笑)。

でも、

こうやって、

自分なりの名前をつけて、

少し笑えるようになると、

出来事に全部飲み込まれずに済むことはある気がする。


☆人生に意味があるのかは、知らん

昔のまっつんスタイルなら、

ここで、

「人生は、壊れるべき時に自然と壊れる」

とか、

言ってたかもしれん。

なんか、

それっぽいやん?(笑)

「必要だから壊れた」

「次のステージへ行くためだった」

「宇宙が俺を導いた」

・・・。

最後のは、

さすがに言わんか?(笑)

でも、

今は、

そこまでのことは分からんって思ってる。

人生が、

何か意志を持って、

俺を次の場所へ動かしたのか。

無意識が、

強制終了ボタンを押したのか。

単に、

俺が盛大にやらかしただけなのか(笑)。

ホンマのところは、知らん

ただ、

ひとつ言えるのは、

後から意味を与えることはできる

ってこと。

「あれで人生が終わった」

って考えることもできる。

「あそこで失敗した」

でもいい。

でも、

今の自分が、

あの出来事まで含めて、

ここにいるなら、

「あそこで一回、配置が変わった」

と考えることもできる。

だって終わってないし(笑)。

まっつんスタイルは、

こっちの方が、

なんか好きなんよね。


☆脱皮と再生、スクラップ&ビルド

だから、

過去の“破綻”を、

別の言葉で呼び直してみる。

「脱皮」

「再生」

「スクラップ&ビルド」

あるいは、

「強制再配置」

どれが正しい?(笑)

まぁでも、共通の解釈として、

一度壊れたものを、

必死になって、

昔とまったく同じ形へ戻さなくてもいい。

くらいは言えそう。

「せっかく壊れたんやし、違う形に組み直してみたら?」

みたいなスタンスで(笑)。

昔と違う仕事。

昔と違う場所。

昔と違う人間関係。

昔と違う生き方。

それまでの自分を、

全部否定するんじゃない。

使えるものは、

また使えばいい。

もう要らんものは、

置いていけばいい。


人生の破綻は、

飛躍の前フリなのか。

まっつんスタイルには分からん。

でも、

少なくとも、

過去を振り返った時に、

「あそこで一回壊れたから、今ここにおるんかも」

って思える出来事は、

どうやらある。

だったら、

「再配置による変化」

くらいの意味は、

勝手に与えてやってもええんちゃうかな。


さて。

まっつんスタイルの人生、次は何が起こる?

それは破綻か。

それとも再配置か☆


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