AIの進化は日進月歩。
徐々に、というか本格的に、お茶の間に浸透してきている昨今。
でも、AIの吐き出すテキストって、まだまだ“AIっぽい”って感じるよね。
なんていうか、「匂いがせぇへん」みたいな・・・。
もちろん、情報は正確でわかりやすい。
構成も整ってて、読みやすく、おまけに親切。
うん、でもなんか“無臭”。
良く言えば、“綺麗に整った資料”、悪く言えば、“便利なだけの説明文”。
読めるし、理解もしやすいけど、いわゆる「刺さる文章じゃない」というかね。
なんか残らんし、忘れる。
そういう意味で無臭。
ふむ、これ、なんでなんやろう?
AIを使って文章を書くことが当たり前になりつつある現代、これは考えてみる価値があるかも。
ってことで、ちょっと考えてる。
☆AIっぽさの正体は「整理の匂い」
AIっぽい文章って、正確には「AIが書いたからAIっぽい」んじゃなくて、“整理されすぎてる”からAIっぽい。
- 箇条書き
- 連番
- 要約
- 結論先出し
- 無駄のない構成
- 想定通りの展開
例えばこういう要素。
で、まさにこういう書き方がAIっぽい(笑)。
確かに読みやすいんやけど、代わりに、
迷い
余白
飛躍
脱線
温度差
呼吸
みたいな、“人間臭いノイズ”が削ぎ落とされるのよね。
これは、よくも悪くも。
だから逆に言うと、この“ノイズ”が、文章に“匂い”を与えてるものなんやと思う。
この“匂い”が、人が惹かれる要素。
魅力と言ってもいい。
まぁ「AIにそんなこと求めてへん」とか、「AIってそういうもんやろ?」って言われればそう。
でもあえて言葉にしてみると、ちょっと気持ちいいでしょ?
☆文章は「情報」より先に“空気”を伝えている
じゃあ人が本当に惹かれる文章って?
それはたぶん、情報量や正確さやなくて、「なんかこの人の文章、好き」っていう“感覚”やったりすると思う。
これは、どういうことかっていうと、読者は情報を読んでるんじゃなくて、その人の“呼吸”を感じてるんじゃないかなと。
どこで間を取るか
どこで崩すか
どこで熱が入るか
どこで笑うか
どこでフッと静かになるか
こういう「リズム」から、人は“無意識に”その人の人格を感じ取ってるんやと思う。
つまり、
文章は、内容より先に、“気配”を伝えるもの
そういうことなんちゃうやろか。
☆まっつんスタイルは「流れ」で読ませたい
そう考えると、まっつんスタイルが昔から、いわゆる“ブログっぽい文章”に、どこか違和感を感じてた理由もこれやと思う。
いわゆる“ブログっぽい文章”。
- 型がある
- 網羅的
- 親切で丁寧
- わかりやすい
- 読みやすい
いや、いいのよ。
全然いい。
なんにも悪くない。
でも、整いすぎるとこう、“説明”になっちゃう。
説明は、理解はできるけども、“書き手の存在や印象”が、記憶には残りにくい。
まっつんスタイルがやりたいのは、“説明”じゃなくて、読者に、思考の呼吸に付き合ってもらうこと。
ちょっと迷って、脱線して、「どこ行くんやろ?」と思わせてから、最後に足首を捻らずに着地する(笑)。
この、
「問い → 漂い → 着地」
のリズムが、まっつんスタイルの書きたい構造なんやと思う。
まぁだから、ブログって言ってもスタイルがさまざまで、いわゆる“ブログらしいブログ”とは、そもそもやろうとしてることが違うってことやな。
☆情報発信ではなく“香報発信”
ここまで考えて、ひとつの言葉に辿り着いた。
まっつんスタイルがやりたいのは、情報発信やない。
「香報発信」。
伝えるんじゃなく、香らせる。
押し付けるんじゃなく、漂わせる。
読む人の脳を殴るんじゃなく、神経に残す。
それは、お香とか香水みたいなもん。
お寺に行った時のあれ、美人とすれ違った時のあれ(笑)。
匂いって、見えへんし触れられへんけど、でも確実に“残る”やん?
人の記憶に残るのって、だいたい説明よりも余韻。
これ、文章も同じやと、まっつんスタイルは思うのよね。
☆マスを取りにいく必要はない
もちろん、こういう文章は万人ウケはせえへん。
冗長で回りくどいって感じる人もおる。
「結論はよ言えよ」って(笑)。
感覚的なもんでもあるから、「なんか合わん」とか、「なんか不快」みたいに思われることも普通に起きる。
人間関係と一緒。
でも、それでええ。
それがええ。
まっつんスタイルはもともと、マスを取りにいこうとしてないから。
取れるとも思ってへんし(笑)。
わかる人に、深く刺さればそれでいい。
ウイスキーで言うたら、スコッチなんかのスモーキー系。
音楽で言うたら・・・、AORとかギターインストとか?(笑)
万人には好かれんでも、ハマる人には「これがええねん」ってなるようなやつ。
それがいわゆる「ブランド」やったりするし。
☆良い文章とは、必ずしも“整った文章”ではない
良い文章って、AIっぽい、いわゆる読みやすくて、正しくて、上手い文章ってわけじゃなくてね。
“その人の匂いがする文章”
これに尽きるじゃないやろか。
個人ブログなんかやってたら、特にそう。
ちょっと歪でいいし、ちょっと長くてもいい。
ちょっと脱線していいし、ちょっと雑でもいい。
その人の思考の軌跡が、そのまま刻まれてる文章。
致命的な破綻でもない限り、すべてその人の“気配”や“香り”になる。
そういうものが感じられる文章が、意外といちばん人を惹きつけるんじゃないやろかね。
☆結び
AIの吐き出した文章を、そのまま書いてもおもんない。
あんまり“ブログブログした文章”ではつまんない。
整ったものはたしかに綺麗やけど、整いすぎても個人が死ぬ。
匂いも、温度も、気配も消える・・・。
だからまっつんスタイルは、「読みやすさ」や「情報の充実」よりも、「人間の“香り”」を選ぶ。
伝わりやすさより、残り香と言う余韻をね。
情報より、“香報”を置いていく文章を書きたい。
文章は香る
そして人は、理屈より先に、その匂いに惹かれる
AIっぽさを超えた、そんな文章を、まっつんスタイルはこれからも書いていこうかしら☆


コメント