ネット上でたまに見かける、
「本当の〇〇は〜しない」
ってやつ(笑)。
例えば、
・本当の金持ちはスタバに行かない
・優秀な人はSNSしない
・高学歴にオタクはいない
・本物はブランド品を持たない
・真にモテる男は・・・
とかとか、そんなやつ。
うん・・・、まぁ、
「だからなんやねん?」
って話なんやけどね(笑)。
「根拠はなんやねん?」
やし、
「それを言うてるお前は誰やねん?」
って話。
と、今日はそんな、「本物論(?)」への違和感と、まっつんスタイル哲学のど真ん中、
「自分の美意識で生きる」
っていう話でもしてみようかな。
☆ 「本当の〇〇は〜しない」論の正体
ああいう言説って、たぶん、
「俺って、物事の本質を知ってまんねん」
感を演出したいんやろね。
要するに、
「俺、一般人とは違う視点を持ってます〜」
っていうアピールなんかなと。
いや、別にええんやけど(笑)。
あとは、SNSとかYouTubeって、インパクトのあることを強く言い切った方が伸びるからね。
「本当の金持ちは〜しない!」
くらい断定した方が、反応されやすい。
でもまぁ現実は、そんな単純なわけないんやけども・・・。
☆ 人間って、もっと雑味だらけ
じゃあ実際はどうかって言うと、
・スタバ好きな金持ち
・推し活しとる医者
・東大卒のゲーム廃人
・“しごでき”のブランド好き
・〇〇なのにモテるやつ・・・
全部、普通におるんちゃうん?(笑)
こんなもんデータとか根拠とか出すまでもないやろ?
常識的に考えたらそうって話。
なんか異論ある?(笑)
だって人間って、もっと「矛盾」と「雑味」でできてるもんやん?
でも、ああいう「本物論(?)」って、人生を「こうあるべき」で整理したがるんよね。
たぶん、みんな不安やから。
不安やから、「実際はこう」みたいなこと言われると、それにすがりたくなる、って構図。
☆ 人生の正解を一つにしたい欲
「本当の成功者とは?」
「本当に賢い人とは?」
「本当にモテる男とは?」
こういう“理想像”を固定化すると、なんか一瞬、安心できる。
「あ、じゃあそうすればええんか!」
ってな具合で。
でも現実の人間を、そんな綺麗に分類できるわけがない。
ホンマの金持ちでも、スタバ好きな人もおるし、嫌いな人もおる。
SNSで遊びながら、ちゃんと仕事できる人もおるし、全然あかんやつもおる。
高学歴でリア充で。
でもタバコも吸うし、博打もするしで、ついでに休日は推し活してるみたいな人も、普通におるやろ?
知らんけど(笑)。
で、もうこれ、要するに、
「何が本物か?」
なんて、
「人による」
以上なんよね(笑)。
結局人生なんて、最後はここに戻ってくる。
そうじゃね?
☆ 「その人の生態系」に合ってるかどうか
身も蓋も、ついでに底も取っ手もないけど(笑)、
つまり、
「人それぞれ」
世の中、“普通じゃないことが真実”って側面は、たしかにあるけど、もっと大事なんは、
「それが自分の生態に合ってるかどうか」
ってことやと、まっつんスタイルは思うけどね。
最近のまっつんスタイルで言えば、例えば、スタバ。
昔は正直、
「スタバでMac開いてる“やつ”カッコワライ」
みたいに思ってた(笑)。
でも実際、スタバでブログ書き始めたら、めちゃくちゃ回る!
・気分が整う
・集中できる
・問いが浮かぶ
・筆が進む
・たまに泣きそうになる(笑)
なら、もうそれでええやんって話。
これ、言いたいこと、わかるかな?
もしかしたら世の中には、
「本物の成功者は、場所を選ばない」
とかなんとか言われてるんかもしらん(笑)。
でも、まっつんスタイルは、
「スタバだとめっちゃ捗る」
これが事実。
なら、それが今のまっつんスタイルの正解。
結局、
「自分の生態に合うかどうか」
を知ってるか否か。
「生態」を「仕様」って言い換えてもいい。
「本当の〇〇は〜しない」
とかは、別に参考程度でいい。
いや、あの上から目線が腹立つから、
「どーでもいい」
っていうことに、『まっつんスタイル』ではしとく(笑)。
☆ 「在り方」の話なら、わかる
一応フォローというか、より丁寧に、正確に言っとく。
例えば、
・コツコツ継続する
・大事なものの優先順位をつける
・やらないことを決めてる
・他人の評価に一喜一憂しない
・自分軸を持つ
こういう程度の話なら、わかるのよ。
これは、
「その人の在り方」
の話やから。
だから参考にもなる。
でも、
・本物はスタバ行かない?
・賢い人はSNSしない?
・高学歴な人は推し活しない?
みたいなのって、
「普通の人の日常や楽しみ」
を、ただ雑に否定してるだけやん?
だから、なんかしんどいのよ。
「ほっとけよ」
って、どうしても言いたくなる(笑)。
☆ 美意識と“正しさ”は別
で、最初の話。
人生って結局、
「“自分の価値観・美意識”に帰ってくる」
って思うのよね。
最近のまっつんスタイルは、これを“頭”じゃなくて、「身体感覚」として掴み始めてる気もするくらい。
たしかに、自分が大事にしてるもんでも、
「合理的にもっとコスパ良くできるやん」
みたいなもんって、たぶんいっぱいあるはず。
さっきから何度も言ってる、
・ブランド物、持つ・持たない
・カフェで作業する・しない
・SNSやる・やらない
・推し活する・しない
でも人生には、
「自分の感性が整うかどうか」
っていう判断基準が大事なこともあると思うわけ。
効率はいいけど、“魂”が死ぬ。
そんな生き方しても、毎日しんどいだけ。
ぜんぜん楽しない(笑)。
逆に、ちょっと非合理でも、自分の美意識に合ってさえいれば、人生は気持ちよく回り始めるもん。
どうかね、この持論?(笑)
☆ 人格型メディアは、“雑味”が魅力
しかもこれ、『まっつんスタイル』みたいな個人ブログとも、完全に繋がってるって思ってる。
いわゆる「人格型メディア」って、
「綺麗な正解」
より、
「その人の雑味」
の方が魅力になると思うから。
例えば、『まっつんスタイル』。
・禅も語る
・健康も語る
・いきなり保護犬で泣く
・モテたい(笑)
・隠者スタイルに憧れる
・スタバ好き
・京都好き
全部混ざってる。
でもたぶん、それでええのよ。
というか、この“混ざり方”こそが、人格であり魅力。
だからみんな、
「本物とはこうあるべき!」
とかより、
「俺はこれで整う」
を、大事にすればいいのよ。
他人の「本物論」みたいなもんは、遠くから眺めておもろがるものでいい(笑)。
☆ 自分が整うかどうか
「本当の〇〇は〜しない」
たぶんこれからも、こういう言説にはいっぱい出くわすやろう。
まぁ別にええけどさ(笑)。
でも、まっつんスタイル的には、
「人による」
「以上(笑)」
これでしっくりくる。
人生なんて、雑味だらけ。
一見無駄なもん、
推し活も、
スタバも、
高級時計も、
SNSも、
あれもこれも・・・。
全部混ざって、その人の“生態系”になる。
だから最後は、
「自分の価値観・美意識で判断する」
ここに帰ってくる。
たぶんそれが、「自分の人生を生きる」ってこと。
まっつんスタイルは、これからもそう思って生きていく。
いわゆる、“本物(?)”かどうかより、
「自分がちゃんと整ってるかどうか」
こっちの方が、よっぽど大事。
今日はそんなお話。
でしたとさ☆


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