インフルエンサーは「素材」 〜外の答えを、自分の答えに変える〜


☆インフルエンサー百花繚乱

エックスやYouTube、各種発信媒体を眺めると、よく出てくる。

キレのあるビジネス系インフルエンサー。

誰もが知るあの人や、顔も経歴もミステリアスなあの人。

最近はいつの間にか、他ジャンルにいたはずのあの人まで・・・。

フォロワー数万人、数十万人。

鋭い言語化力。

独自の成功哲学。

思考のフレームワーク。

まさに千変万化にして百花繚乱(笑)。


☆現れては消えるインフルエンサー

で、かつてのまっつんスタイルを含めて、たぶん多くの人がこう思うのよね。

「この人を追いかけたら、もしかしたら人生変わるかも?」

って(笑)。

これはもう、ほとんど無意識。

そんでフォローして、チャンネル登録して、書籍を買って・・・。

でも冷静に振り返ると、不思議なことに気づく。

少なくとも昔のまっつんスタイルは、その人たちを追いかけても、人生は大して変わらんかった(笑)。

「なるほど!」は増えた。

でも、現実が同じ速度で変わったかというと、そうでもない(笑)。

それどころか、数年経つとまた別のインフルエンサーが現れて、じゃあ今度はそっちへってやってる・・・。

啓発系のインフルエンサーなんて、現れては消え、消えては現れるを繰り返す。

でも、追いかける人は、いつも同じような構図で存在する・・・。

この現象、なかなか興味深い。

いや、上から嘲笑しようってんじゃない。

もう一回言っとくと、かつてのまっつんスタイルがそうやったから(笑)。


☆情報の摂取と人生の変化は別物

どうしても多くの人ってこう思っちゃうんじゃないかね。

「いい情報に触れれば、いい考え方を知れば、人生は変わる」

って。

でも実際は、少し違うと思う。

情報の摂取と人生の変化は、本質的には別物。

例えるなら、「レシピを読むことと、料理ができることは違う」みたいな感じかな。

レシピは材料。

料理を作るのは自分。

レシピ本を100冊読んでも、料理は一皿も完成しない。

この当たり前のことが、啓発の世界ではよく混同されるらしい。

うん、書いてて顔が熱い(笑)。


☆なぜ人は“成長した気”になるのか

で、ここが人間のおもしろいところ。

人間の脳って、「理解」を「変化」やと勘違いしやすいんじゃないかね?

実際まっつんスタイルなんかは、「理解したこと」を「ちょっと変わったこと」に変換しがちやったし(笑)。

SNSを眺める。

動画を観る。

本を読む。

で、「なるほど! わかった!」って思う。

「わかった!」っていう感覚って、ときどき「変わった!」によく似た満足感をくれるから。

でも実際は、

理解 ≠ 変化

多くの場合それは、“ただ情報を摂取しただけ”に過ぎなくて・・・。


☆なぜ人は答えを外に探すのか?

ここで疑問。

なんで人は、こうも簡単に「答えは外にある」って思ってしまうんやろか?

まっつんスタイルが考える理由は以下。


・一つはシンプル

外の答えの方がラクだから(笑)

自分の中に答えを求める、つまり自己理解の作業は、実はめっちゃしんどい。

そして痛い・・・。

・黒歴史

・自分の弱さ

・癖

・臆病さ

・欲望

これらをほじくり出して、観察して、再定義する。

この工程はなかなか骨が折れる。

というか、相当しんどい(笑)。

でも、インフルエンサーの言葉を聞くだけなら、超簡単。

だから人は、つい、

「外の答え(らしきもの)」に頼ってしまいがち。

これまた無意識?・・・


・もう一つの理由

もう一つ、もっと深い理由がある気がしてる。

それは、

人は物語を欲しがる生き物だから

・成功者のストーリー

・逆転劇

・努力と報酬

みんなこの型が大好き。

まっつんスタイルも好き(笑)。

だから、

「よし! この人の方法を真似すれば、自分も変わる!」

っていう物語に乗りたくなる。

これは希望でもある。

ただ同時に、期待に塗り固められた「奇跡待ち」みたいな状態でもあるかな。

・・・なんとなく心当たりがあるような気もするが(笑)。


☆同じ情報でも「使い方」が違う?

じゃあ、同じ本を読んでも、

「また次の答えを探す人」

「何かひとつ持ち帰って使う人」

この違いはなんなんやろ?

まっつんスタイルが今思うのは、

「自分の場合はどうなん?」まで戻ってこられるか

ここなんじゃないかなと。

「この人はこう言ってる」

で終わらずに、

「で、俺は何に反応した?」

「俺には何が使える?」

「逆に、何はいらない?」

まで戻ってこられる。

そうすると、インフルエンサーの言葉は「解答」じゃなくて、

“素材”になる。

そう思うのよね。


☆啓発を追う人の構造

逆に、自己観察や自己理解が浅いとどうなるかというと?

インフルエンサーの言葉が「解答」に見えてしまう

すると?

→ 新しい人(解答?)を見つける

→ 追いかける

→ なんか成長した気になる(← これが厄介・・・)

→ でも現実は何も変わらない

→ また新しい人を見つける

→ 以下ループ・・・(苦笑)

だって、絶対確実な正解なんてないから。

これ、ある意味「啓発の沼」みたいなもんかもしれん(苦笑)。

啓発は、“使えば”素材になる。

追いかけ続ける(依存する?)と、娯楽になる・・・。


☆人生は基本“じわじわ”変わるもの

あともう一つ。

多くの人が、どこかで拒否しがちな現実があるとも思ってて。

それは、

人生って、思ってる以上に“じわじわ”変わるもんなんちゃうか

ってこと。

少し視点が変わる。

少し行動が変わる。

少し景色が変わる。

結局こういう小さいものの積み重ねで、人生って変わっていくんちゃうかなって、まっつんスタイルは思うんよね。

仮に一気に変わったとしても、たぶんそれは、その前に膨大な積み重ねがあったからこそ。

あとから振り返って、

「あれ? 俺、けっこう遠くまで来てるやん」

って気づくやつ。

でも人は、奇跡、魔法、一発逆転を、どこかで心待ちにしてる。

これも無意識・・・。

だから、インフルエンサーの派手なパフォーマンスや、鋭い言語化に惹かれる。

強烈なストーリーや、「もしかしたら」の期待に踊らされ、ただひたすら“変わった気になる”を繰り返す。

あぁ、懐かしい・・・(笑)。


☆インフルエンサーの情報より距離感

だから大事なのは“距離感”。

インフルエンサーのマインドを吸収する前に、インフルエンサーと付き合うマインドを育むべきちゃうかな。

インフルエンサーが悪いわけじゃない。

刺激になることが多いのはたしか。

・視点が増える

・思考が広がる

・問いが生まれる

でも、それは、

「人生を変える魔法」じゃなくて、ただの「思考の材料」

誰かをフォローして追いかけるより、こういう“付き合い方”の方を大事にしたいと、まっつんスタイルは思う。


☆そして結局「自己理解」

・エロ = 焦り、期待、衝動

・モテ = 距離感、自立、使い方

・ZEN = 本質、観察、余裕

人には、外に答えを探してしまう衝動がある。

より良く生きたいなら、それ自体は自然なこと。

というか、外からしか得られないものだって、たくさんある。

でも、

外から拾ってきた答えは、そのままじゃまだ“他人の答え”なんよね。

自分は何に反応した?

自分には何が使える?

何はいらない?

実際にやってみたらどうやった?

そこまで自分を通して、ようやく、

「自分の答え」になる。


インフルエンサーは、「答え」じゃなくて「思考の材料」

大切なのは、「距離感」と「使い方」

外から拾った答えを、自分というフィルターに通してみること

たまに見て、

「へぇ」

「これ使えるかも」

「これは俺にはいらんな(笑)」

くらいで、たぶんちょうどいい。

他人の答えを集めるより、自分の取扱説明書を更新していく。

まっつんスタイルは、こっちの方が好き(笑)☆


コメント

コメントする