独身子なしでも発揮できる父性の話 〜父性とは時間軸かもしれない〜


今日はまた、父性の話でもしてみようかな。


父性。

なんか昭和っぽいんかな?(笑)

頼れる親父。

男らしさ。

責任感。

家長。

厳格。

旧態依然のそんなイメージ?

いまだ、無きにしもあらず。

でも最近は、父性についてちょっと違ったことを考えたりしてる。

というのも、まっつんスタイルは独身子なし。

結婚離婚経験はあるけど、子育て経験はない。

しかも父親は、小学生の頃に亡くした。

だから正直、父親っていうものをあんま知らない。

というか、よーわからん(笑)。

ホント極端な話、

「なにすればええの?」

とすら思う。


そんな男が父性を語るのも変な話やけど(笑)。

いや、逆にだからこそ気になるわけよ。

「父親にならんかった男は、社会の中でどんな“父性”を発揮できるんやろか?」

とね。

昔ながらの父性には、やっぱ価値がある。

これ、時代が変わっても一緒。

だって、“人間の仕様”やから。

家族を守る。

働く。

責任を負う。

決断する。

矢面に立つ。

「父性」がダメなら、「男性性の役割」と言ってもええかな。

腕っぷし。

冒険心。

競争意識。

論理的思考。

リスク耐性。

そういう役割を担ってきた男たちがおったから、今の社会がある。


昔は今みたいな、穏やかで満たされてた時代じゃないからね。

戦争もあった。

飢饉もあった。

病気も多かった。

治安だって今ほど良くない。

そんな時代に家族を守るには、問答無用の“強さ”が必要やった。

覚悟も、忍耐も必要やった。

だから父性って、ある意味「盾」やったんかな。

家族を守る盾。

共同体を守る盾。

未来を守る盾。


日本の政治家なら、

大久保、

西郷、

伊藤、

桂、

とか(笑)。

あるいは昔の、秩序を守ってきた武士。

体を張って生活を支えていた農家、漁師、職人。

そして、現代の名もなき父親たち。

こういう人たちには、素直に頭が下がる。

背筋が伸びる。

男が責任を引き受ける姿は、今でも独特の美しさが漂うよね。

そしてモテる(笑)。

一方、まっつんスタイル。

どう考えても、“そういうタイプ”じゃない(笑)。

優柔不断。

責任負いたくない。

他人より自分。

リスク回避型。

競争嫌い。

一人時間好き。

神経繊細。

集団行動苦手。

離婚経験あり。

書いててちょっとだけ情けなくなる(苦笑)。

いわゆるベタな“父親”にはなれそうもない。


昔はそれなりに気にしてた時期もあったけどね。

同世代は、

子育て、

住宅ローン、

家族サービス、

学校行事、

地域役員、

受験、

就職、

結婚、

孫・・・。

で、その頃俺は、スタバでブログ(笑)。

「いいのかこれ?」

そんな気持ちが全くなかったと言えば・・・、まぁ嘘かな。

とはいえ、この歳になって、もうそのへんは折り合ったけどさ。

向いてなかったもんは向いてなかった。

無理なもんは無理。

それだけの話。

そこんとこを問題視しようって話じゃない。

こっから言いたいことは、

「じゃあ俺みたいな人間は何を担うんやろう?」

っていうこと。

そこで、まっつんスタイルが捻り出したのが、

「社会の中の“父性”って、未来への投資なんちゃうか?」

っていう考え方。

子どもを育てる父親も、未来に投資してる。

今の自分のためじゃない。

未来の誰かのため。

そう考えると、その投資先って実子だけなんやろうか?

投資できるのは、子の父だけ?

いや、たぶんそうじゃないよね。

まっつんスタイルみたいな、独身子なし(ついでに父なし)男にも、父性の発揮のしどころってのがある。

例えば、先輩という立場で後輩の話を聞くとかね。

たぶんこんな些細な場面も、十分に父性の発露。

仕事でも、趣味でも、恋でも、なんでもいい。

悩んでいる。

迷っている。

失敗している。

そこで必ずしも答えを与える必要なんかない。

ただ、

「それでえんちゃう」

って言うだけで救われる人がおる。

あるいは、若い人の挑戦を笑わない。

これも大きいんじゃない?

若者が、

「YouTuberやりたいっす!」

って言う。

そこで、

「アホか」

って言いながら、したり顔でマウントとりがち(笑)。

でも

「ええやん!やれやれ!(笑)」

と言える人、意外と少ない。

人の可能性を信じ、背中を押す。

これも立派な父性。

「失敗談を語る」ってのも父性かも。

成功談より案外こっち。

離婚した。

自営業廃業した。

病んだ。

逃げた。

挫折した。

呪った。

そういう話の方が、若い誰かを救うことがある。

「未来の誰かが同じ穴に落ちるのを防ぐ」みたいな?

これもまた、未来への投資。

あとは、甥とか姪との関係もそうね。

友人の子どもを可愛がるとかもそう。

これも父性の面目躍如って場面。

例えば、まっつんスタイルなら・・・、本を渡すとか。

漫画でもいい。

ゲーム本でもいい。

小説でもいい。

地図帳でもいい。

子どもの世界を広げるお手伝い。

まぁ甥も姪もおらんけど(笑)。

でも友人も子はかわいい。


どうしたって関わり方は限定的やろう。

でもたまに会って、遊んで、喋って、飯食うだけ。

そんな時間の共有を通して、生き方の可能性をサジェストする。

それだけで、十分父性。

「子育てしてる友人を支える」なんて発想もいい。

愚痴を聞く。

笑わせる。

相談に乗る。

なんか言えそうなことがあったら言う。

すると、親が少し元気になる。

家が少し明るくなる。

結果的に、子どもも少し幸せになる。

いわば、“間接父性”(笑)。

似てるけど、

先生、

保育士、

講師、

コーチ。

そんな、子どもと関わる仕事をしてる人たちを支える。

これも父性やん?

社会って案外こういう連鎖で回ってる。

あとは、地域のおっさん(笑)。

昔はおった。

釣りのおっちゃん。

将棋のおっさん。

犬散歩のじいちゃん。

駄菓子屋のおばちゃん。

謎のおっさん(笑)。


親じゃない。

でも子どもの世界を広げとる。

世の中の理不尽さと、楽観さを教えてくれる(笑)。

ああいう存在って、今思うと結構すごい。

社会全体の父性でもって、子どもを育ててたんかもね。

おっと、忘れたちゃいけない。

場所を作るのも父性。

サークル。

読書会。

喫茶店。

寺。

コミュニティ。

人が安心して集まれる場所。

挑戦できる場所。

失敗できる場所。

そういう場所を作る人もまた、未来に投資している。

これ、既存の場所を育てるってことも含まれるかな。

だから、“リアル投資”もまた父性。

そしてそして、文化を残す。

ここは、まっつんスタイル的に目指すとこ。

良寛。

兼好。

一休。

白隠。

仙厓。

ほとんど子どもおらん(笑)。

でも何百年後の人間を育て続けとる。

遺伝子は残してへん。

でも言葉を残した。

思想を残した。

物語を残した。

文化を残した。

これもまた、立派な立派な父性なんやと思うよね。

いろいろ書いて改めて思うのは、

父性って、血縁だけじゃなくて、時間軸なんちゃうかなと。

母性が、

「今を包む力」

なら、

父性は、

「未来を信じる力」

そんな気がするけど、どんなもんかね?

いや待て。

もしかしたら、普通に生きとることがすでにして父性の発揮?

独身子なしへの風当たり、なんとなく強いけどね。

まぁ気にすることもなかろう(笑)。

最後にブログ。

まっつんスタイルは、

子どもはおらん。

弟子もおらん。

後継者もおらん。

でも文章は残る。

考え方も残る。

問いも残る。

10年後かもしれん。

20年後かもしれん。

誰かが読むかもしれん。

少し楽になるかもしれん。

少し勇気を出すかもしれん。

もしそうなら、それもまた未来への投資。

まっつんスタイルの父性。

父親は偉大よ。

家族を守る人も偉大。

でも父性は、意外と独身子なしにも備わってる。

結婚してもしなくても。

子どもがいてもいなくても。

人は誰かの未来に投資できるからね。

誰かの可能性を信じることができる。

誰かの盾になることができる。

何かを残すこともできる。


父なし。

子なし。

独身。

離婚歴あり(笑)。

そんなまっつんスタイルが今思うのは、

父性とは、

「未来の誰かを気にかける力」

そして、

「その人の可能性のスポンサーになること」

そんな感じ☆


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