承認欲求との付き合い方 〜無理に消そうとしないのがまっつんスタイル流〜


☆“エロモテZEN”のまっつんスタイルも、承認欲求フツーにある

「エロモテZEN」を標榜して、

無執着とか、

中道愛とか、

そんな言葉を使って語るまっつんスタイル。

すると、

「この人、煩悩とか承認欲求とか超越してんの?」

って思われるかもしらんけど――

ぜんっぜんそんなことない。

そんなわけない(笑)。

承認欲求なんかフツーにある。

むしろ、めっちゃある、

相当ある(笑)。

「この人、いいこと言うな〜」

って言われたいし、

ブログの実績は内心ドヤりたい。

会話の中でちょっと賢いこと言って

「さすが!」

って思われたい自分もおる。

バレへん程度に、知識や経験でマウント取りたい瞬間もある(笑)。

どーしょーもないくらい“フツー”。

まぁでもさ、

それが人間やん?(笑)


☆承認欲求の正体ってなんや?

承認欲求ってのは、

「敬われたい」

「褒められたい」

「羨ましがられたい」

っていう、まぁ

「認められたい」

の総称ってことでええかな?

「コミュニティーの上位にいたい」、

「弾き出されたくない」、

「愛されたい」

みたいな、いわば、

“人間の生存本能”。

ていうか、

「人間が社会の中で生きてきたことと、深く関係する欲求

やね。

一方で、

「手放すべきもの」

「ダサいもの」

「未熟な証拠」

みたいにも扱われがちやけど、

さて、ホンマにそうやろか?

人と関わって生きてる以上、誰だって、

「認められたい」

「大事にされたい」

「価値を感じてほしい」

って思うもの。

これってもう、“呼吸”みたいなもんやん?

だから、

「承認欲求がある=未熟」

とは、まっつんスタイルは思わん。

「承認欲求がある=人間(フツー)」

問題は、

承認欲求が“あること”じゃなくて、それに“振り回されること”

やと思うけど、どやろ?


☆人と話すときに、特に出る(笑)

まっつんスタイルの場合の承認欲求は、ブログを書いてる時より、

人と直接話してるときのほうがハッキリ出る。

例えば、ちょっと知ってる話題になると、

「え? 知らんの?」

「それ、補足しよか?」

「あぁそこ、もう一段深い話あんねんけど?」

って、内心がザワつく。

ザ・承認欲求!

で、話したあとに

「あぁ、やってもうた・・・」

って一人反省会(笑)。

こんなもん、誰にとっても“あるある”でしょ?

というか、無いとは言わさん!

特に男子(笑)。

意識して自分の内心を観察してたら、ホンマによく分かる。

もう次から次へと、承認欲求という名の泡がブクブクブクブク・・・。

でも、これを、

「あぁ、俺、あかん・・・」

ってやり出すと、

一気に自己嫌悪コース


☆なんで自己嫌悪に陥る?

これホンマ、なんでなんやろね?

「現代的な不平等感・不公正感に対する罪悪感と羞恥心」

「突出することで逆に集団から弾かれるかもしれない、危機感や恐怖心」

あえて言葉にするならこのあたり?

漢字多め(笑)。

でもさっきも言ったけど、

こんなもんしゃーない。

承認欲求そのものが悪いんちゃう。

じゃあなんの自己嫌悪か?

正確には、

“承認欲求を持つ自分を否定することによる苦しさ”

ってことじゃないかな?

“仏教っぽく”言うなら、

煩悩があるから苦しいんじゃない

煩悩を消そうとするから苦しい

承認欲求を、

「持ったらあかんもの」

「悟ってない未熟な証拠」

みたいに扱うから、

内心で「ギシギシ」とよう分からん音がする。

ほんで結局、

承認欲を隠す → 歪んで出る → 余計に嫌になる

っていう“負の無限ループ”に、クルクルと落ちていく・・・。


☆じゃあ逆に、承認欲求に飲まれたらどうなる?

このことも正直に書いてみる。

承認欲求に無自覚やと、

・マウント

・正しさの押し付け

・評価されへんと不機嫌

・最悪仲間外れのリスク

・他人の反応に一喜一憂して疲弊

ってこうなるわね。

まっつんスタイル的・“エロモテZEN”から一番遠い状態(笑)。

まぁでも、

「飲まれたらどうなる?」

を知ってる。

「あっ、飲まれそう?」

って気づけてる時点で、“もう半分抜けとる”とも言えるけどね。


☆ニヤリと笑って受け流す、という選択

じゃあどうするか?

まっつんスタイル的・「承認欲求の処し方」。

戦わん

抑え込まん

消そうとせん

ただ、

「あ〜、またドヤりたがっとる俺がおるな〜(笑)」

って、

ニヤリと観察する。

ただこれだけ。

これが一番、

“中道愛的”やし、

禅的やし、

エロモテZEN的な態度やと思ってる。


☆“エロモテZEN”は、承認欲求からの解放

まっつんスタイルの“エロモテZEN”って、

別に「欲望ゼロの仙人」になることじゃない。

“欲を持ったまま、軽やかでいること”

承認欲求を消そうとするなんてのは愚かなこと。

大事なのは、

承認欲求が出てきても、そいつに人生のハンドルを渡さんこと。

欲があっても、自由。

煩悩があっても、静か。

これが、今のまっつんスタイルの目指してる心の在り方☆


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