思い通りに書けない日もある 〜「書けない」は発酵のサイン?〜


☆「書けない」は発酵のサイン

「あかん、全然書けへん・・・」

パソコンの前で、ため息混じりに一人凹む(笑)。

「なんかしっくりこん」

「脳みそが推敲を拒絶しとる?」

「もっとおもしろくなるはずなんやけど・・・」

こんなもんブログを書いてたら日常茶飯事。

だから最近こう思うことにしたのよね。

「筆が進まん夜って、むしろ“神さまが仕込みしてる時間”ちゃう?」

って(笑)。

樽でウイスキーを寝かせるように、

言葉も執筆力も、

寝かせることで深みが出る。

つまり、

「書けない」は、“発酵のサイン”!

別に凹む必要なし。

ただ、

「今は熟成中なだけなんや」

と。

そんなわけで今日は、その書けない夜、

「身体の内側で起きてる進化」

の話でもしてみる。


☆「思い通りに書けない」の正体

これは、

才能が無いんでも、

枯渇したんでもない。

もしかしたら、

「“次の書き方”を探してる途中」

なんかもしれん。

例えば、

スポーツでも、

武道でも。

あるいは筋トレでも。

成長期には一時的にフォームが崩れたりする。

いわゆる「スランプ」。

成長曲線で言う「プラトー(成長を実感しにくい時期)」。

これ、執筆活動でも、たぶん同じ。

旧バージョンの自分の言語感覚が、どうやら追いつけなくなってるだけ。

そんな可能性、大いにある。

そして、

「うまく書けない」は、“新しい創作力の花”が開きかけてる合図。

そんなふうに考えてみると、ちょっとだけ気持ちがラクになる。


☆「書けない俺」を味わう時間をつくる

「じゃあどうするか?」って話。

ここでもやっぱ、マインドセット(ものの考え方)が重要やね。

「書けない = 悪」

じゃなくて、

「書けないっていう経験も、創作の一部」

そう考えて、ギュッと抱きしめる(笑)。

コツは、いきなり「改善」に走る前に、

まずは「感じる」こと。

すぐに、

「なんで書けへんのやろ?」

って分析するんじゃなくて、

“書けへんことにモヤってる自分の感情に気づく”。

で、

「じゃあ今、何が詰まってるんやろ?」

って、

“身体感覚で”観察する。

これ、禅的に言うと、

「ただ坐る」

の境地に近い。

焦らず、

評価せず、

静かに“詰まり”を観つめ、

“詰まり”と共に、

“ただ在る”。

結果的に、それが一番早く“詰まり”を溶かすことになったりする。


“作品”じゃなく“行為”に戻る

思い通りに書けんときって、必ずしも、

「良い文章を書こう」

ってしてるんじゃなかったりする。

自分の心情をよくよく観察してみると、

「高評価を得たい」

っていう方向に、意識がズレてしまってることが多い。

少なくとも、まっつんスタイルの場合は(笑)。

これ、わりと誰にでも心当たりがあるんちゃうかな?

だからそんな時は、

“目的地を「成果」から「作業そのもの」に戻す”

例えば、

「一段落書くだけ」

「語尾をいじるだけ」

「タイトル候補を出すだけ」

書くっていうより、

あえて“触る”くらいでフラフラする。

「手」を動かすと、不思議と「頭」は静まるもの。

「うまく書かねば・・・」

が、少し大人しくなる。

これはホント。

意識してみると、マジで体感できる。

「創作の本能」って、実は“手のひら”の中にあったりするんよね。


☆「出なかった分、貯まった」と考える

これもマインドの転換。

思い通りに書けない日は、“言葉が出てこない”んじゃなくて、

「言葉が熟成中」って考えてみる。

まっつんスタイルの腸活みたいなもんかな?(笑)

キムチやザワークラウトも、数日は寝かせて熟成させる。

寝かせることで、発酵が進み、味が深くなる。

腸内もそうで、すぐ出そうとすると、未消化の“モノ”が出てくるだけ(笑)。

実際、

「なかなか筆が進まんかった記事が、数日置くとスラスラ書けた」

なんてのは“ブロガーあるある”(笑)。

だから、

「今日は書けんかった・・・」

は、

「今日は発酵日☆」

「文章やアイデアが貯まった☆」

に言い換え。

「書けない」は、寝かせることで旨味になる。


“過去の俺”をリマインドする

自分が積み上げてきた、

記事、

言葉、

行動を、

たまに読み返す。

これも意外と効果的。

「これ書いたの誰?」

「そう!この俺!」(笑)

「書けない俺」は、

「今たまたま書けない時期の俺」ってだけ。

「実力ゼロの俺」じゃない。

ちゃ〜んと積み重ねの上に立ってる、

「“現在急成長中”の俺」。

「今日は出んかったけど、俺は間違いなく書ける男」

——これを根拠に自信を取り戻す

つまり、

「今日の筆に自信を持つ」

じゃなくて、

「“積み重ねた時間”に信頼を置く」

って感じ。


“書けない自分”も愛せるのがブロガー

ホンマに強い表現者は、

「書ける俺」も、「書けない俺」も愛せる人

なんちゃうかな。

これは別に、「言い訳」とか「強がり」じゃない。

なぜなら——

「書けない時間」も含めてブロガー

例えば、どんなに著名な作家もクリエイターも、必ず思い通りに書けない日ってあると思う。

漫画家も、

小説家も、

お笑い芸人も。

だから、書けない時の自分を嫌う必要は、一切ない。

「この沈黙も作品の一部」

そう受け止められた瞬間、創作者としてのステージが、ひとつ上がるんかもしれん

まっつんスタイルはそう信じてる。


☆最後に七五調の一編

執筆の タイプが止まる そんな日も

心の奥の 魂は

ずっと静かに 書いている☆


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