ニュータイプなのに、誰も分かり合えない 〜Ζガンダムは「人間の未熟さ」を描いた物語なのか〜


最近、『ガンダム』シリーズを、初代の『機動戦士ガンダム』から少しずつ見返してる。

今、『Ζガンダム』の中盤。

なんかひょっとしたら、ちゃんと通しで観るのは初めてなんちゃうかな?

子どもの頃は、あんなにプラモデルに夢中になってたのに、実はちゃんと見たことないって。

世界観だけ把握できたら満足してしまうまっつんスタイルらしい(笑)。

大人になって改めて観ると、不思議なくらい人間の挙動ばっかり目に入るよね。

で、心底思った。

登場人物、全員めんどくさい(笑)。

☆

特に最初に気になったのは、女性キャラ。

Ζなら、

ファ。

エマ。

レコア。

ベルトーチカ。

ロザミア。

フォウ。

サラ。

ハマーン。

今の言葉で言えば、コミュ障というか、メンヘラというか。

もうひどい(笑)。

そりゃ比較的まともな人もおる。

でも全体として、感情の扱いが下手くそなキャラが多すぎる(笑)。

特にベルトーチカ。

「なんでミライさんに、あんな突っかかるん?」

初対面であれはない。

ちょっと病的ですらある(笑)。

初めて観た時も、

「なんやねんこいつ!」

って思って、で、大人になって観ても、やっぱり思う。

「なんやねんこいつ(笑)」

☆

でも、途中で気付いちゃった。

「いや待て、男も全員めんどくさい(笑)」

アムロ。

いつまで拗ねとんねん!

どうしたいねん?(笑)

カミーユ。

繊細なんか知らんけど、感情に飲まれすぎ。

最後は壊れる・・・。

ジェリド。

劣等感と野心がアンバランス。

カミーユにこだわりすぎ。

シャア。

ララァへの執着、いつまで引きずっとんねん!

『逆襲〜』では、ついにキレちゃった(笑)。

シロッコ。

能力抜群。

でも、自尊心が宇宙規模(笑)。

カツもそう。

ハサウェイもそう。

とにかくみんな、自分の感情をうまく扱えない。

改めて並べてみると、Ζガンダムって、めんどくさいやつしか出てこん(笑)。

☆

登場人物がことごとくめんどくさい。

うっとおしい(笑)。

これって、富野氏は何を描きたかったんやろか?

たぶん、ていうか相当意図的なはず。

これはまっつんスタイルの想像やけど、要するに富野氏は、

「人間そのもの」

を描きたかったんちゃうかな。

☆

ガンダムには、「ニュータイプ」っていう概念がある。

めっちゃ簡単に言えば、

「人類が進化した先に現れる、互いを理解し合える存在」

そんな“希望の象徴”。

でも実際に作品を観ると・・・。

誰一人、分かり合えてない(笑)。

ニュータイプ同士ですら、

誤解する。

すれ違う。

嫉妬する。

傷つける。

結局愛し合えない。

これ、考えてみたら、めちゃくちゃな皮肉。

「人は分かり合える」

っていう希望を掲げながら、描かれるのは、

「人は分かり合えない」

っていう現実。

悲しいかなこれって、『ガンダム』っていう作品に通底する世界観よね。

☆

例えば、ニュータイプじゃないけど、さっきも書いたベルトーチカ(笑)。

「なんでミライさんに対してあんなに攻撃的なん?」

これ、考えたらわかる気もする。

つまりあれ、羨ましかったんやないかな。

嫉妬(笑)。

ミライさんって、

自分よりアムロのことを知ってる。

家族を持ってる。

落ち着いていて、包容力がある。

周りから信頼されてる。

そしてどこまでも自然体・・・。

ベルトーチカが欲しいものを、全部持ってる。

対してベルトーチカは、まだ幼く未熟。

だから、羨望や尊敬じゃなく、攻撃になってしまう。

本人も、その感情を言葉にできない。

持て余してる。

結果、よく分からん突っかかり方になる。

ホンマ理不尽。

憐れみさえ感じる(笑)。

でもこういうことって、現実でも結構あるよね。

嫌いやから攻撃するんじゃない。

羨ましい。

悔しい。

でも認めたくない。

だから攻撃する。

攻撃して、相手の存在を否定することで、自己防衛や自己正当化をしようとする。

いやはや、なんとも人間らしい(笑)。

☆

考えてみると、富野作品って、

「執着図鑑」

なんよね(笑)。

アムロは承認。

シャアはララァ。

ハマーンはシャア。

レコアは愛。

シロッコは支配。

カミーユは・・・、怒りと正義感?

みんな、それぞれ何かをこじらせて手放せない。

だから苦しむ。

☆

これって、禅と真逆(笑)。

禅は、

「執着を手放しましょう」

あるいは、少なくとも、

「自分が何に執着しているかを観察しましょう」

って言う。

でもΖガンダムでは、誰一人として手放せない。

感情を観察できない。

“感情そのもの”になってしまう。

だから、いつでもすれ違い、悲劇になる。

そして壊れる・・・。

☆

最初は、

「富野作品って、人間に絶望してるんかな?」

「ニヒリズム?」

とも思ったけど、どうも違う気がしてくる。

人間を嫌ってるわけじゃない。

むしろ、人間っていう生き物を、ものすごく冷静に見てる。

「人間なんて、本来こんなもんやろ?」

そんな諦観に似たスタンス。

理想化もしない。

美化もしない。

でも、見捨ててもいない。

☆

だから逆に、

ブライトさんやミライさんみたいな人が光る。

ニュータイプでもなんでもない。

でも、ちゃんと働く。

ちゃんと責任を果たして、ちゃんと誰かを支える。

実は、一番成熟してる。

ヒーローじゃない。

でも、大人。

富野作品って、派手な主人公やボスキャラより、こういう人たちの方が、ずっと格好良かったりする。

☆

で、ここまで書いて、一つ気付いく。

これ、Ζガンダムの登場人物がめんどくさいんじゃない。

要するに、現実の俺らが、めんどくさい(笑)。

そのことを描いたのがΖガンダム。

嫉妬する。

認められたい。

愛されたい。

分かってほしい。

期待する。

拗ねる。

執着する。

壊れる。

結局、ガンダムっていう物語の中だけの話じゃない。

会社でも、

夫婦でも、

親子でも、

恋人同士でも、

毎日のように起きてる。

だから40年以上経った今でも、Ζガンダムは古くならないんやろね。

☆

ロボットのドンパチアニメと思って観始めて、最後に残るのは、こじらせた人間のめんどくささ(笑)。

でも、そのめんどくささを笑いながら、

「まぁ、人間ってそんなもんか」

って思えるようになる。

富野氏が伝えたかったのは、人類の進歩より、

「人間なんて、そう簡単には成熟せんやろ」

っていうことやったんかもしれんね。

でも、その未熟さを責めるんじゃなく、受け入れながら、それでも生きていく。

そんな、少し苦くて、少し優しい“人間讃歌”が、ガンダムという作品の奥底には流れてるような気がする。

まぁそれでもね、ベルトーチカには、もう少し大人になって欲しいと思うけども(笑)☆


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