不快なのに目が離せない、タトゥーの魅力 〜変わる自分と、変わらない刻印〜


今日はタトゥーの話。

そこそこヘビー?(笑)

読者諸氏は、タトゥーについてはどう思うかね?


まっつんスタイルは正直言うと、**「あんまり好きじゃない」**が本音。

まぁごめんけど、これはしゃーない。

タトゥーの情報・知識に対する価値判断と、美的センスによる所作。

偏見と言われればそれまでやけど、シンプルに怖いし、申し訳ないけど、ちょっと“汚れ”に見えてしまう・・・。

文化的背景とか歴史とか、芸術性、ファッション性、自己表現ツールみたいな“理屈”はどれも理解できる。

でも、それでも、どうもね・・・。


って言いながら、・・・や。

なぜか、どうにも目が離せない瞬間がある

「あれ?、やっぱええかも・・・」って思ってまう瞬間(笑)。

これ、なんなんやろな?

この、“拒絶”と“魅了”が同時に存在する感じ。


というわけで、今日はこのあたりをちょっと深めに掘ってみようかな。


☆タトゥーは「執着」か、それとも「解放」か

考えてみたら、タトゥーって、めっちゃ矛盾した行為よね。

自由を求めて彫る

でも一生消えない

この二律背反。

自由になりたいのに、自分に“縛り”を入れてる。

タトゥーのおもろいとこやね。

これってたぶん、

不自由を選ぶことで、自由を証明する

そんな、逆説的な行為なんやと思う。

まぁなんとも人間臭い。


禅的に言うなら、

執着の中の解放

っていう二重構造。

これが、タトゥーの持つ抗いがたい色気のひとつ。


☆皮膚で語る、他者との距離

タトゥーは、言葉を発しない。

皮膚で語るメッセージやね。

「近寄るな」
「俺はこういう人間」
「これは俺の物語」

すべてを、無言で発してる。

だから見る側も、条件反射的に何かを感じとってしまう。

怖いと感じるのも、かっこいいと感じるのも、全部その“無言の圧”に対する反応。


おもしろいのが、全身タトゥーなのに、めちゃくちゃ穏やかな人、おるやん?

あれはバグる(笑)。

こっちが受け取るメッセージと、実際のキャラクターとの乖離。

威嚇?や圧力?のはずが、途端に安心感に変わる。

そのものの“意味”じゃなく“文脈”

これもタトゥーが持つ不思議な側面。


☆なぜ、わざわざ痛い思いをするのか

で、核心部分。

タトゥーって、

・お金かかる
・時間かかる
・元に戻らん
・諸々社会的リスクある
・痛い

普通に考えたら、やらんほうがええやん?(笑)

でもやる。

なぜか?

これ、あくまでまっつんスタイルの仮説やけど、

通過したその先を感じたいから

ちゃうかね。


人には、“痛み”を通過した時にしか得られない感覚って、絶対ある。

覚悟
けじめ
再生
誇り

これ全部、**“生身の体でしか得られない理解”**やと思う。


ここでも禅っぽく言うと、

「痛み」とは、身体に訪れる“気づき”

タトゥーはそれを強制的に起こす“装置”。

そりゃ、それぞれに深い意味を持っていて当然。


☆痛みのあとに残るもの

じゃあ、彫ったあと、何が残るのか?

これがまた、おもしろい。

文字通り、誇りとして刻まれる人。

逆に後悔する人。

はたまた、入れた後で意味が変わる人・・・。


ここ、おそらく本質やねんけど、タトゥーって、“完成した瞬間がゴールじゃない”。

むしろ逆で、“時間が経つほど意味がズレていくもの”なんやと思う。

当初は、「これが俺や!」やったもんが、数年後には「なんで入れたんやろ・・・」ってなることもある、と。


でもさ、たぶんそれが(それで)ええんちゃうかなと、まっつんスタイルなんかは思う。

というのも、これ、“人間そのもの”。

「変わってしまう自分」と「変わらない刻印」の同居

こんな感覚、これ以上ないほどリアルに噛み締められるの、タトゥーだけかもしれん。

まっつんスタイル的に、美味しすぎる(笑)。


☆「消せないものと生きる」ということ

ここまできたら、もうタトゥーの話じゃないな(笑)。

人生の話。


人間って、考えてみたら消せへんもんがいっぱいある。

過去
選択
後悔

傷・・・

消せたら楽やけど、消せへんからこそ、そこに“意味”が刻まれる。


またまた禅で言ってみよう。

消そうとするな

ただ、観ろ

「折り合う」とか「受け入れる」よりも、もう一歩先。

ただ、観る。

この距離感で初めて、人は自由になる。

タトゥーは、その体験の具現化。


☆彫らないという選択

ここで、まっつんスタイル的な物差しも。


まっつんスタイルはたぶん、彫らんかな。

今までも、これからも。

理由はシンプル。

変わり続けたいから

固定したくない。

決めつけたくない。

完成したくない。

まっつんスタイルは、動くタトゥー(笑)

日々の選択、言葉、そして在り方。

それら全部で、人生を彫る。

かっこよく言うなら、皮膚じゃなく、生き様に刻む。

そんな選択が、まっつんスタイルらしいかなと。


☆誰がやるかで“美”は変わる

あとそう、タトゥーって正直、“誰がやるか”で、なにもかも全部変わるって気もするよね。

例えば、ロックスター。

ロックスターのタトゥーはカッコええのに、そのへんのおっさんのタトゥーはダサく見える。

これ、絶対あると思うねん。

なんでかっていうと、さっきも言った“文脈の差”やと、まっつんスタイルは思う。


「ロック」って一言で言えば、「俺はここにおるぞ!」っていう叫び

これ、タトゥーも一緒。

存在の証であり、反逆の狼煙であり、愛の刻印・・・。

全部、「消えたくない」っていう“叫び”。

だから、ロックとの相性が、やたらいい(笑)。


タトゥーは、どんな言葉や画を彫ったかじゃなくて、

どんな人生で、それを彫ったか

これが、タトゥーの美醜を決める、“文脈”という境界線。


☆「彫り師」という存在

あとタトゥーを語る上で忘れたらあかんのが、彫り師やね。

あの人たち、冷静に考えたら、ちょっと尋常じゃない(笑)。

人の皮膚に、一発勝負で墨を刻みつける。

やり直しが効かん。

ミスは許されん。

やってることはアートやけど、緊張感はほぼ外科手術。

この“生と美のあわい”におる特異な存在。

覚悟を引き受けた静けさは、ちょっとだけ、ある種の「悟り」を体現しているように感じなくもない。

まっつんスタイル的に、めちゃくちゃエロいポジションの人たちやと思うよね。


☆タトゥーと文化

アジア、ポリネシア、中東、アフリカ、欧米、中南米、そして日本。

タトゥーは世界中で、それぞれ独特の文化的背景を持つもの。

それらをつぶさに掘り下げるのもおもしろい。

でも、今回まっつんスタイルが提示したい本質はこれ。

タトゥーは文化じゃなく、“問い”

お前は人生に何を刻む?
何を残す?
何と、どう生きる?

これを突きつけてくるもの。

それがタトゥー。

こう考えると、文化的な是非や、社会での軋轢の議論に対して、少し違った見方ができるようになるよね。


☆結び

さてさて、いろんな角度からタトゥーを触ってみたけど、どんなもんかな?


タトゥーとは、その芸術性と、その人の人生の文脈とで完成される“刻みつける美”。

好き嫌いを超えた、抗いがたい魅力を放つよね。

とはいえ、まっつんスタイルは今のとこ、羨望の眼差しで眺めるだけでいいかな(笑)。

物理では彫らない。

でも、人生をしっかりと刻む。

毎日の選択で、言葉で、在り方で・・・。

“変わり続ける方を選ぶ”って感じ。

タトゥーは、“刻みつける美”

まっつんスタイルは、“変わり続ける美”


はい、とまぁ、そんなわけで☆


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