「懐かしさ」の正体 〜昔の音で泣きそうになる、「郷愁」という名の高等快楽〜


さて、今日はズバリ、

「郷愁はなぜ気持ちいいのか?」

これを言葉にしよう(笑)。

ふと昔の音楽を聴いた時、古いゲーム画面を見た時。

昭和っぽいあれや、レトロなそれに触れた時。

あるいは、香り?声?フレーズ?

急に胸がギュッてなって、ブワッと泣きそうになるあの感じ。


悲しいんじゃない。

むしろ気持ちいい。

“切ないのに心地いい”、一見矛盾した感覚。

あれは一体なんなんやろか?


というわけで今日は、郷愁(ノスタルジー)の快感について。


☆郷愁とは「失われた時間との再会」である

じゃあいきなり、まっつんスタイル的結論から。

郷愁とは、失われた時間との再会

これやな。

懐かしいものに触れた瞬間、俺らはただ“昔を思い出してる”んじゃない。

「あの頃の自分」と再会してる。

無垢で無邪気で、何者でもなく、何も持ってなかった自分。

でも、世界が輝いて見えてた自分。

そんな、「もう出会えないはずの自分」に、一瞬だけ再会する。

そしてその時、脳の「扁桃体」と「海馬」が反応して、「安心安全だった過去」を再生するってわけ。

つまり郷愁は、「今この瞬間」の不安や疲労を、「過去の安心感」で中和してくれる“快”。

だから、いい感じに胸が締めつけられる。


☆郷愁は「死なない証拠」でもある

もうひとつ。

郷愁って、言い換えれば、

「あの時の自分は、確かに生きてた」という感覚

これは、自分が生きてきた歴史を“確認”してるってことやな。


過去のなにがしかを思い出して涙ぐむのは、「あの頃も確かに俺がいた」っていう存在確認。

でもって、人間はそれが快感なりうる。

“生の実感”は、最大の快楽やから。


まっつんスタイル流の禅語で言えば、

「懐かしさ」とは、“確かな生の余韻”


☆なぜ「切ない」のに「気持ちいい」のか

郷愁の特殊性はここ。

懐かしさは、

  • 切なさ
  • 安心感

この二つが同時に含まれてる。

二層構造、というか溶け合い。


・切なさ

「もう戻れない」
「あの時間は失われた」


・安心感

「でも確かにあの頃、俺は生きていた」
「あの幸福は、確かに存在した」


この“喪失”と“肯定”の同居

これこそが、郷愁の快感の正体やと、まっつんスタイルは思うね。


「落ち着くのに気持ちいい」っていう二重の快感。

痛みと幸福が重なった時、人はそれを“深い安らぎ”として感じるようにできてるから。

どう?「まさに!」って感じやろ?(笑)


☆原風景は、心のOSになる

よく「三つ子の魂百まで」って言うけど、あれは案外ホンマ。

小中学生ぐらいまでの体験は、脳の「扁桃体(感情)」と「海馬(記憶)」が、ほぼ“初期設定”を作ってる時期。

だから、幼少期〜思春期初期に触れたものっていうのは、ただの思い出やない。

その時期に感じた、「楽しい」や「怖い」、「憧れ」や「誇り」みたいな情動が、その人の“安心の基準”になるってわけ。

それはつまり、

「心のOS」


どんな音に安心するか。

どんな空気に幸福を感じるか。

どんな景色を“美しい”と思うか。

この初期設定が、心が一番ピュアに反応してた、だいたいこの時期に決まる。

脳が「これを感じてる時、俺は生きてる!」って無意識的に記録してるんよね。

だから原風景は、「上書きされることがない」と言っていい。


新しい経験は積み重なる。

でも一番下の層は変わらん、みたいなイメージ。

心の深いところに分厚く存在し続ける、“俺らしさの地層”やね。


☆「時代の音」は身体に刻まれる

今の時代って、情報でもなんでも、とにかく早すぎて、“消費スピードも速すぎる”。

そんな中で、時代がかったレトロなものは、「時間がゆっくり流れてた時代」の象徴。

人間は早すぎる流れに疲れると必然、“時間の遅い世界”を求めるものでね。

だから、昭和喫茶、レコード、当時の街並み・・・。

こういう「手触りのある過去」が癒しになるんかもしれんね。


そう、例えばまっつんスタイルなら、80年代や90年代の音楽(音)。

ど真ん中の原風景だし、世界を“好き”になる力をくれた時代

だからこそ、その時代の音に触れると鳥肌が立つし泣きそうになる。

あの頃の匂いを思い出すと、「もう二度と戻れない」のに「確かにいた」っていう矛盾した幸せに包まれる。


80〜90年代の音って、今聴くとかなりチープ(笑)。

安っぽいシンセに荒い打ち込み。

無駄にキラキラした音圧(笑)。

ゲームミュージック、アニソン、AOR、80’sポップス、B’z、小室サウンド(笑)。

どれもいい。

たまらなくいい。

そこには、「冒険の快感」、「純度と情熱」、「都会への憧憬」、「未来と希望」、その全てが内包されてる。


☆郷愁は、過去への逃避ではない

「ノスタルジー」って、たまに否定的なものとして扱われることがあるよね。

「いつまでも過去に囚われてる」、「逃げてるだけ」、「振り返るんじゃなく前を見ろ」とかなんとか。

でもそれって、見方の一面。

ノスタルジーは、必ずしもネガティブな要素だけじゃないと、まっつんスタイルは思う。

要は本人のスタンス次第。


むしろ郷愁って、

今を生きてる自分を、優しく撫でる行為

でもあると思うね。

過去を思い出してるようでいて、実際には、

「いやぁ、ようここまで生きてきたな、俺(笑)」

って、“今の自分を肯定する営み”、とでも言うのかな。

なんとも優しくて、なんとも前向きやと思わんかね?


☆郷愁は、人間だけが持つ高等快楽である

郷愁って、たぶんめちゃくちゃ“高度な感情”なんよね。

時間の流れと、その不可逆性を理解し、過去と現在を重ね合わせて、喪失と幸福を同時に感じる・・・。

こんなハイレベルなこと、人間にしかできひん(笑)。


郷愁は、

人間だけのもの

そして、人生を味わった者だけが持てる「高等快楽」

そういうこと。


☆結び

懐かしいものに触れて泣きそうになるのは、歳を取ったからでも、感傷的になったからでもない。

それは、

たしかに、ちゃんと生きてきた実感の表出


過去は戻らない。

でも、心は戻れる。

郷愁はある意味、心のふるさと参り。

郷愁は、過去に帰ることやない

今の自分が、あの頃の自分を迎えにいくこと

そして、それはきっと、今の自分を抱きしめること


さて、郷愁の快感を堪能するため、今日も人生を味わって生きていこう☆


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