「人って、ある日突然変わることがある」
そんなふうに感じたことない?
長年ビビってたことが、ある日ふっと怖くなくなる。
今までずっとできんかったことが、ある日突然できるようになる。
何度やっても続かんかったことが、気づけば普通に続いてる。
「あれ?」
「俺、いつからできるようになったん?」
みたいな(笑)。
で、最近思うんよね。
こういう「突然の変化」って、
「ホンマに、その日に突然始まったんやろか?」
ってね。
その前に、
何回もやって、
何回も失敗して、
考えて、
やめて、
またやって、
ちょっとずつ修正して。
本人にも見えないところで、なんかがずっと積み上がってた。
で、ある日それが、
「あれ? 普通にできるやん」
って形で、表に出てきただけなんちゃうかと。
「変化って、自分が気づくよりずっと前から、始まってるのかもしれん」
今日はそんな話。
☆変化には「見える時期」と「見えない時期」がある?
人が変わっていく過程って、
ずっと右肩上がりじゃないよね。
昨日より今日。
今日より明日。
毎日1%ずつ成長☆
いやいや。
そんな綺麗にいかんやろ(笑)。
むしろ実際は、
やってる。
考えてる。
失敗してる。
修正してる。
またやってる。
なのに、
何も変わってないように見える・・・。
そんな時期の方が長かったりする。
「全然進んでへんやん・・・」
「また同じことやってるやん・・・」
「俺、ホンマに変わる気あんの?」
ってなる。
まっつんスタイルはなったし、今でもなる(笑)。
でも、
ここで一つ疑問。
「変化を感じられない」ことと、「何も変化してない」ことって、同じなんやろか?
ここ、
意外と違うんちゃうかなと。
☆止まってるんじゃなくて、“しゃがんでる”だけ?
例えば、
何もせずに寝転がって、
「俺はいま、水面下で成長してる・・・」
とか言い始めたら、
それは知らん。
だいぶイタい(笑)。
そういう話じゃない。
やってる。
失敗してる。
試してる。
考えてる。
でも成果としては、まだ見えない。
そんな時期。
まっつんスタイルは、
これを最近、
「止まってるんじゃなくて、“しゃがんでる”だけなんちゃう?」
って考えるようにしてる。
ザ・ポジティブ思考!(笑)
ジャンプするときって、
一回沈むやん?
外から見たら、
高くなってない。
むしろ低くなってる(笑)。
でも、
本人は飛ぶための体勢に入ってる。
人生でも、
あとから振り返ると、
「あの時期、何も進んでへんって思ってたけど、あそこで結構いろんなもん溜めてたんかもな」
って思うことがある。
だから、
停滞して見える=停滞している
とは限らんってこと。
ひょっとしたら、
しゃがんでる最中なのかもしれん。
まぁ、
そのまま座り込む可能性もあるけど(笑)、
でもそれも、後からわかること。
☆頭はうるさい。でも、“腹”はなんか知ってる
こういう時期って、
頭がうるさい。
「まだできてへんやん」
「今日も大して進んでへんやん」
「いつまで同じところグルグルしてんねん」
「ホンマに大丈夫なん?」
まぁ、うるさいうるさい(笑)。
でも、まっつんスタイル自身、
最近ちょっとおもしろい感覚があってね。
頭では、
「大丈夫か?」
って思ってるのに、
もう少し深いところでは、
「いやでも、なんか前とは違う」
って感じてることがある。
言葉にすると、
“腹”かな。
いや、腹がしゃべるわけじゃない(笑)。
でも、
頭で必死に、
「大丈夫! 俺ならできる!」
って言い聞かせるのとは違う。
なんていうか、もっと静か。
「まぁ、大丈夫やろ」
くらい?
「根拠を説明せぇ」って言われても、
たぶん無理(笑)。
でも、
以前の「大丈夫」とは、
なんか違う。
☆“理解”が“腑に落ちる”瞬間
「頭では分かってるんやけどね・・・」
って言葉、
よくあるやん?
これ、
めちゃくちゃおもしろい言葉やと思う。
分かってる。
でも、できない。
理解してる。
でも、怖い。
正しいと思ってる。
でも、身体が動かない・・・。
つまりこれって、
「知ってる」と「できる」の間には、“なんか”がある。
で、何回も経験して、
何回も失敗して、
それでも繰り返してるうちに、
ある日、
「あれ?」
ってなる。
今まで必死に理解しようとしてたことが、
急に当たり前になる。
怖かったことが、
そこまで怖くなくなる。
意識してやってたことが、
当たり前にできる。
まっつんスタイルは、
この感じを、
「頭で理解してたことが、“腹まで落ちた”」
って表現するのが一番しっくりくる。
科学的に何が起きてるのか?
うん、それは知らん(笑)。
でも、
頭で納得してる状態と、
身体まで「もう大丈夫やろ」って納得してるような状態。
この二つには、
体感として結構な差がある気がしてる。
☆発酵も、開けるまでは見えない(笑)
この感覚、
何かに似てるなぁと思ったら、
発酵。
まっつんスタイルは、
発酵食品大好き人間(笑)。
例えば漬物。
漬物って、
漬けた瞬間に、
「発酵しました!」
とはならんやん?
しばらく置いとく。
待つ。
中では、何かが起きてる。
でも、
外から見てもよく分からん。
で、あるとき蓋を開けたら、
「おぉ! できとる!」
みたいな?
人間の変化も、
ちょっと似てる気がするけど、どう?(笑)
昨日と今日を比べても、
大して変わってない。
でも、
半年前の自分と比べると?
「あれ?」
ってなる。
たぶん、
ずっと前から発酵してたんよね(笑)。
「熟成」って言ってもいいかもしれん。
☆停滞して見える時期は、別に珍しくない
学習やスポーツなんかでも、
練習を続けているのに、上達が見えにくくなる時期を、
「プラトー」
なんて呼ぶことがあるらしい。
これは、正確には、
「停滞した! よっしゃ、次は大飛躍や!」
って意味じゃないらしい。
停滞したからって、
そのあとの爆伸びが確約されるわけじゃない。
ただ、
やってるのに成果が見えない時期があること自体は、
別におかしなことじゃないみたい。
昨日やったことが、
なんでもそう。
今日そのまま成果になって返ってくるとは限らんから。
筋トレだって、
一回スクワットした翌朝、
脚がムキムキになってたら怖い(笑)。
「変化には、見えるまでの時間がある」
そう考えて、
「まだ変われてない」
っていう判定を、
ちょっと待ってみてもいい気がする。
☆「大丈夫」の質が変わる
で、まっつんスタイルが最近おもしろいと思ってるのが、
「大丈夫」の質って変わるんやな
ってこと。
最初の「大丈夫」は、
願望やったりする。
「大丈夫、大丈夫」
「俺ならできる」
「きっと上手くいく」
そう自分に言い聞かせてる感じ。
悪いことじゃない。
むしろ、
最初はそれでいいと思う。
でも、
やって、
失敗して、
またやって、
少しできて、
また失敗して、
それでも続けてると、
いつの間にか、
「大丈夫!」
って言わなくなる。
代わりに、
「まぁ、なんとかなるやろ」
になる(笑)。
声が小さくなる。
でも、
なぜか前より強い。
これ、まっつんスタイルの実体験。
不思議な感覚なんよね。
根拠のない自信が、
少しずつ、
経験のある自信
に変わってる。
そんな感じなんかもしれん。
だから頭が、
「おい! 大丈夫か!?」
って騒いでも、
腹の方は、
「わかってんねん! うるさいねん!」
くらいになる(笑)。
まっつんスタイルは、
この状態がけっこう好き。
☆変化は、気づいたときには始まってる
だから、
今もし、
「なんか全然変われてないなぁ・・・」
って思ってたとしても、
それだけで、
「何も進んでない」
まで決めつけんでもいいんちゃうかな。
いや、
本当に何もしてないなら、
なんかしよう(笑)。
でも、
試してる。
失敗してる。
考えてる。
またやってる。
少しずつ修正してる。
それなら、
今見えてないだけで、
何かは変わってるかもしれん。
高く跳べるかどうかは、
まだ分からん。
いつ跳ぶのかも、
分からん。
そもそも、
跳ばずに違う方向へ歩き出すかもしれんし(笑)。
でも、少なくとも、
「まだ跳んでない=何も起きてない」
じゃないと思う。
しゃがんでる時間にも、
意味はある。
☆結び
人って、
ある日突然変わったように見えることがある。
でも、
その日だけを切り取れば、
突然なんかもしれんけど、
そこまでの時間を全部並べてみると、
案外、
ずっと前から始まってたってことがある。
失敗した日。
怖くて動けんかった日。
それでも、ちょっとだけやった日。
「またあかんかった・・・」
って落ち込んだ日。
そういうのが、
見えないところで少しずつ積もって、
ある日、
「あれ? 普通にできるやん?」
って顔して出てくる。
変化って、
案外そんなもんかもしれん。
だから、
まだ変われてないと、
あんまり早く決めつけなくてもいい。
やることやってるなら、
今はひょっとしたら、
止まってるんじゃなくて、“しゃがんでる”だけ。
まぁ、
長いことしゃがみすぎて、
足しびれんように。
それだけご用心(笑)☆


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