変化はずっと前から始まってる〜止まってるんじゃなくて“しゃがんでる”だけ〜


「人って、ある日突然変わることがある」

そんなふうに感じたことない?

長年ビビってたことが、ある日ふっと怖くなくなる。

今までずっとできんかったことが、ある日突然できるようになる。

停滞してたはずなのに、気づけば急に流れ始める。

そんな変化。

でも、こういう「突然の変化」って、本当に“ある日突然起きる”わけじゃなくてね。

実際にはその裏で、ずっと前から静かに熟成が進んでるもの。

それが、ある瞬間に閾値を超えて、一気に表面化するってだけ。

「なんで俺だけ変われへんのやろ?」って人に向けて、今日はそんな話をしてみる。


☆変化には「蓄積期」と「発火期」がある

人の変化って、だいたい二段階で起こるんやと思う。


・蓄積期

  • 行動する
  • 思考する
  • 失敗する
  • 内省する
  • 微調整する

この段階では、本人ですらほとんど変化を感じない。

「全然変わってへんやん・・・」、「何も進んでないやん・・・」ってぼやいてしまうフェーズ。

不安で、もどかしくて、心が折れそうになる。

でもこれ、実は水面下で確実に積み上がってる時期。


・発火期

で、ある日、その蓄積が閾値を超える。

科学的に言うと、「脳のフィルター機能(RAS)」と「情動」の同時発火によって、脳の報酬系に再配線が起こるイメージ。

すると突然、

  • 「あれ?なんかできるやん!」
  • 「あれ?全然怖くないやん!」
  • 「あれ?普通に動けるやん!」

っていう感覚が訪れる。

まるで“新しい自分に再起動された”ような感覚。

「今までのあれは何やったんや?」っていう。

でもそれは、突然訪れた奇跡じゃなくて、静かに熟成していたものが、ようやく“香り立った”だけ。

「発酵の開栓」みたいなもんかな。


☆本当に動く前ほど、人は静かになるもの

おもしろいことに、大きく動く前ほど、人は静かになるものでね。

まっつんスタイルの経験則的にもそう。

後退しているようにすら見えるから不思議。

  • 動けない
  • 足踏みしている
  • 焦る
  • 苛立つ
  • 「何してんねん俺・・・」が募る

でも実際は違う。

それは止まってるんじゃない。

なんていうか・・・、“しゃがんでるだけ”

高く跳ぶ前ほど、人は深く沈むもの。

本当に大きく動く人ほど、その前の助走は長く、しゃがみは深い。


☆焦る頭に対して、腹は知ってる

こういう停滞期にいるときは、頭の中がうるさいよね。

「今やらんくてどうすんの?」
「また今日もできんかったやん・・・」
「お前、ホンマに変わる気あんの!?」

脳の前頭葉が、自責や焦燥の念を、いちいち囁いてくる(笑)。

でも、ここを凌いてからはおもしろい。

ある地点を超えると、不思議なことに、その思考に対して、“腹のあたり”から別の声が上がってくる。

「いやいや、そうじゃねーだろ?」
「ここで自責に入る必要ねーし」
「大丈夫、もう少し」

この声を感じ取れたら、大丈夫、心配ない。

それは、身体が先に自分を信じ始めたサイン

これはまさに、大きな変化の前兆。

なんでもそうやけど、実は「身体が先、心が後」ってのは、ほとんど人間の法則みたいなもんでね。


☆本当の変化は“頭”ではなく“腹”に落ちる

多くの人は、「理解すれば変われる」って思ってるらしいけど、実際は少し違う。

頭でわかってるだけじゃ、人はなかなか変わらないもの。

本当に変わるのは、

“理解”が“腑落ち”した時

つまり、頭で知ってる状態から、“身体が知ってる”状態になった時。

その時初めて、

  • がんばらなくてもできる
  • 考えなくても続けられる
  • 無理せず自然に動ける

こういう“自然化”が起きるのよね。

TAO(道教)的には「無為自然」、ZEN(禅)的には「行雲流水」。

まさにこういうことかもしらん。


☆腹が「大丈夫」と言うなら、まだ進んでる

停滞しているように見えても、焦りや苛立ちが湧いても、その奥で“腹”が、

「大丈夫、もう少し」

って言うなら、その声は信じていい。


うん、この「腹落ち」の感覚は言葉にするのは、なかなか難しい(笑)。

「体感してくれ」としか言いようがないけど・・・。

体を動かす時に「腹圧をかける」とか、呼吸の時に「丹田」を意識する、とかを癖にすると感じやすくなるかな。

これまた、まっつんスタイルの経験則。


「腹落ち」って、脳科学的にも、丹田に意識が降りて、自律神経と情動中枢のバランスが取れてる状態のこと。

交感神経が暴れても、副交感がちゃんと舵を切り返してくれるイメージ。

つまり、身体が心理を制御してる。

「意識の重心を、頭から腹に移す」生き方

“知っている”から“わかっている”、そして“感じている”へ。

ここまで降りて初めて、思考も感情も味方になる。


これって、単なる妄想でも現実逃避でもなくて、科学。

腹からくる自信は、間違いなく、積み上げてきた自分を、身体が評価し始めたサインやから。

頭は不安を語りたがるし、そのたびに、心はグラグラと揺れる。

でも腹はちゃんと知ってる。

「大丈夫、もう準備できてる」

ってね。


☆変化は静かに進み、ある日静かに爆発する

変化は、大声で叫びながら訪れたりはしないもの。

やることやって、腹のあたりに、静かに静かに積もって、ある日ふと、

「あれ?進化した?あれれ?」

っていう顔して現れる(笑)。


だから、停滞期を焦る必要なし。

心理学の世界でも、停滞期は「プラトー」なんて名前がついてる。

避けられないもの、でも、変化の前触れとしてポジティブに解釈するもの。

スランプとかと同義かもね。


禅っぽく言うと、「火は、乾いた薪にしかつかない」。

無理に燃やそうとしてもあかん。

湿ったまま着火しようとしても、煙が出るだけ。

だから、整えて、待つ。

積んで、待つ。

腹が「大丈夫」って言うなら、ただ信じて、待つ。

「身心一如(しんじんいちにょ)」にして「心身脱落(しんじんだつらく)」。

変化はもうすぐそこ。


☆結び

変化を感じられない停滞期。

どうしても、焦りや苛立ちが湧くやろうと思う。

でも腹が、

「大丈夫、もう少し」

と言う声が聞こえるうちは、人はちゃんと成長してる。

大丈夫。

その日は必ず訪れる。

変化は静かに進んで、ある日、静かに爆発するもの

だから今日も、見えないところで熟成してる自分を信じて、着実に積み上げていけばいい☆


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