「年齢不詳」の意味が、ちょっと変わってきた 〜半世紀近く生きて見つけた、新しい“年齢不詳観”〜


こないだ、吉川晃司の近影を目にする機会があってね。

そん時、ふと思ったのよ。

「年齢不詳って、二種類ない?」

って(笑)。

まっつんスタイルは、なんか昔から「年齢不詳」って言葉が好き(笑)。

そう感じさせてくれる人に魅力を感じる。

自身も、実年齢を言った時に、

「へぇ〜、若いね?」

「そんな歳に見えん!」

とか言われたい(笑)。

だって嬉しい。

人間(生物)にとって「若さ」って、どう屁理屈をこねても、どう足掻いても価値があるもんやから。

だから、

筋トレしたり、

食事に気をつけたり、

肌を整えたり、

髪型を気にしたり、

服装を考えたり。

アンチエイジング的なことも、それなりに意識してきた(してる)のはそのため。

「目標は、実年齢より一回り若く見えること!」

なんて真面目に考えてた時期もあった(笑)。

でもここ最近、それってなんかちょっと違う気がしてきたんよね。

「まっつんスタイルが目指してる年齢不詳って、ホンマに“そこ”なんかな?」

って。

年齢不詳って聞いて、まず思い浮かぶのは、

“見た目年齢が、完全にバグってる人”(笑)。

例えば、シンガポールの写真家、チュアンド・タン。

実年齢を知って、

「いやいやいや」

「バケモンやん!」

ってなる(笑)。

50代?60代?なのに、どう見てもそれよりはるかに若い。

肌。

体格。

表情。

姿勢。

もうどう見ても、実年齢と見た目の釣り合ってない(笑)。

こういう人は分かりやすい。

仮に、

「見た目年齢バグ型」

と呼ぼう(笑)。

まっつんスタイルがこれまでイメージしてきた「年齢不詳」も、基本的にはこっち。

でも最近は、

「もう一種類おるよな?」

って思うようになった。

吉川晃司の近影との邂逅は、そのきっかけの一つ。

その「もう一種類」。

吉川晃司の他にも、例えば、

B’zの稲葉浩志。

福山雅治。

イエモンの吉井。

ミスチルの桜井。

さらには、長渕剛、矢沢永吉。

このあたりの人たちかな。

全員ミュージシャン(笑)。

他にもいっぱいおるやろけど。

で、この人たちを見た時に、

「30代にしか見えん!」

とは・・・、別に思わんよね?(笑)

ちゃんと歳を重ねてる。

若い頃とは、明らかに違う。

シワも、たるみも、白髪もある。

声質や、ステージのパフォーマンスにも年齢が出てくる。

でも、なんか年齢が・・・、ない(笑)。

例えば、永ちゃんを見て、

「もうおじいちゃんやん」

って言われても、

「いや、まぁそうなんやけど・・・?(笑)」

ってなる。

稲葉さんだって、年齢だけで分類すれば60代男性。

間違ってない。

でも、

「60代の男性」

ってだけでは、あの人を説明できん(笑)。

こういう印象って、おもろいよね。

なかなか言葉にするの、難しい。

年齢は分かる。

年齢相応の部分もある。

でも、“年齢で説明できない”。

これも一種の年齢不詳なんちゃうかな?

第一の年齢不詳は、

「何歳に見えるのか分からない人」

で、第二の年齢不詳は、

「何歳として扱えばいいのか分からない人」

言うなれば、

「年齢カテゴリー不詳型」(笑)。

そして最近、まっつんスタイルが目指すべきは、もしかすると“こっち”なんちゃうかと思うようになった。

というのも、これまでは結構、

「若く見られたい」

が強かったのよね。

なんか恥ずかしいけど(笑)。

「モテたい」文脈でいくと、やっぱ若さって最強の武器やから。

実年齢より5歳若い。

10歳若い。

そうあれたら気持ちいい。

ただこの“ゲーム”に、最近ちょっと違和感が出てきた。

例えば47歳で、

「40歳くらいに見えます!」

って言われる。

「よっしゃ!(笑)」

・・・で、じゃあ次は?

50歳になったら、40歳?

60歳になったら、45歳?

70歳になったら?・・・

いつまでも実年齢からの距離にこだわって生きる?(笑)

そもそも、加齢にはどうしたって抗えない部分があるからね。

もちろん、努力で変えられるものがいっぱいあるのも事実。

筋肉。

体脂肪。

姿勢。

生活習慣。

服装。

清潔感。

肌や髪の手入れ。

ここらへんは、これからもちゃんとやろう。

でも一方で、

白髪。

肌質。

たるみ。

毛量。

骨格の変化。

身体能力。

どうしたって年齢の影響を受ける。

しかも、こういうところって、生まれ持ったものもかなりデカい。

同じように生活してても、老け方は人それぞれ。

それを全部、

「老いや!」

「衰えや!」

「若返れ!」

ってやり始めるって、なんか違う。

老化を防ぐために、毎日老化のことばっかり考える?・・・

なんかそれ、アンチエイジングによって、エイジングが加速しそう(笑)。

しかも、「若く見える」って、扱いを間違えるとなかなか際どい。

若々しいのは格好いい。

でも、

“若者っぽくいよう”

ってし始めると、ちょっと危ない(笑)。

肌だけ妙に若い?

髪だけ大学生?

服は20代?

言葉遣いまで今どき?

・・・あ、うん(笑)。

若さを保つことと、若者を演じることは違う。

それが自然ならまだいい。

でも“意図して”年齢を消そうとしすぎると、場合によったら、

「若い」

を通り越して、

「なんか不気味」

になる。

下手したら、

「キモい」

に振れる。

「若々しくいたい」じゃなくて、「若々しく痛い」(笑)。

そこで最近、まっつんスタイルの中に出てきた言葉が、

「古くない」

これ。

まっつんスタイルは、若く見られたいというより、

「古くなりたくない」

んちゃうかなって。

この表現はいい!(笑)

「若く見える」

と、

「古くない」

は、似てるようで全然違う。

「若く見える」は、過去の自分に近づこうとすること。

20代。

30代。

昔の肌。

昔の髪。

昔のスタイル。

そこからどれだけ離れずにいられるか。

でも、

「古くない」

は違う。

ちゃんと“今を生きてる”。

白髪があってもいい。

シワがあってもいい。

47歳なら47歳でいい。

でも、

身体を動かす。

流行りを楽しむ。

知らない街へ行く。

やっぱ恋をする(笑)。

何かを作り、残す。

そして、新しいチャレンジを躊躇わない。

要するに、年齢に関係なく、

“生命活動が現役”

これが、「古くない」ってことなんちゃうかな。

そう考えると、さっき挙げた人たちにミュージシャンが多いのも、なんとなく分かる気がする。

新しい曲を作る。

ライブをする。

身体を使う。

人前に出る。

新しい文化にも触れる。

若い世代とも仕事をする。

何かを表現し続ける。

もちろん昔の名曲も歌う。

でも本人自身、

“昔の人”

になってない。

ずっと現在進行形。

だから、歳を取っても、古くならない。

いつまでも年齢不詳(笑)。

もしかすると俺らは、人を見る時、顔のシワや肌だけじゃなくて、

「この人に、まだ未来があるんか?」

みたいなものも感じ取ってるんちゃうかな。

30歳でも、

「俺なんてこんなもん・・・」

「最近のものはよう分からん・・・」

「新しいこととか面倒くさい・・・」

「昔は良かった・・・」

こんなセリフばっかり言ってたら、妙に老けて見える。

逆に70歳でも、

「次はあれをやろう」

「これ、おもろいやん」

「今度あそこに行ってみたい」

って人は、なんか若い。

だから若さって、肌の水分量だけじゃなくて、

“未来の可能性の残量”

みたいなものでもあるんかなと。

「この人、まだなんかやりそう」

そう思わせる人は、年齢に関係なく、若い。

あともう一つ、大事なポイント。

第二型の年齢不詳の人たちって、年齢を消してないんよね。

むしろ、年齢を“使ってる”。

白髪が格好いい。

シワが表情になる。

声に深みが出る。

若い頃には似合わなかった服が似合う。

若い頃とは、また違う色気が出る。

これ、めっちゃいい。

加齢を、

「若さが減っていく現象」

としてだけ見るんじゃなくて、

“新しい素材が増えていくこと”

として見る。

若さ

劣化

老い

じゃない。

若さ

成熟

渋さ

また別の格好良さ

そんなふうに考えると、歳を取ることが、そこまで怖いものでもなくなる。

むしろワクワク?(笑)

とはいえ、や。

まっつんスタイルはこれからも若々しくありたい(笑)。

体も引き続き鍛える。

ちゃんとしたもんを厳選して食う。

お肌も髪も整える。

ファッションも楽しむ。

いつまでも健康でいたい。

モテたい(笑)。

「どないやねん!?」って思われるかもしれんけど、そこはなんも変わらん。

でも、その目的は少し変わってきたって感じ。

“老化に抗う”ために筋トレするんじゃない。

今の身体を格好よく使うために筋トレする。

若く見せるために服を選ぶんじゃない。

今の自分が格好よく見える服を着る。

シワやシミを憎んで肌を手入れするんじゃない。

今ある肌を、気持ちよく整える。

なんか、こっちの方が楽しい。

そう、「老化に抗う」って言い方が、なんかもう肌に合わなくなった感じ。

モテだってそう。

「47歳なのに30代に見える!」

もちろん言われたら嬉しい(笑)。

でも言うまでもなく、それだけが人の魅力じゃないからね。

むしろ、

「40代後半くらいですか?」

「そう、47」

「へぇ・・・。なんか普通の47歳と違いますね」

って、こっち。

こっちの感じの方が、めっちゃいい(笑)。

年齢を当てられても悔しくない。

いちいち、

「幾つに見えます?」

とか、もう自分の中で寒い(笑)。

47歳なら47歳でいい。

でも、“47歳”っていう数字だけでは説明できない“何か”を感じさせる男?

50歳になったら、

「なんか普通の50歳と違う」

60歳になったら、

「なんか普通の60歳と違う」

70歳になったら、

「この爺さん、何者?」

こんなんが最高(笑)。

で、やっぱここでもZEN。

抗えるものには抗う。

でも、

抗えないものまで敵にしない。

老いを歓迎する必要はない。

できるうるかぎり、元気でいたい。

若々しくいたい。

格好よくいたい。

そのための努力は惜しまない。

でも白髪が出たら、

「あ〜あ(笑)」

シワが増えたら、

「そりゃ増えるわいな」

身体能力が落ちたら、

「まぉこの身体でできることを考えたらええ」

「老い = 悪」もまた執着。

“老いを敵視すること”に、人生のエネルギーを使わない。

加齢による身体的変化は、ある程度スルー。

その代わり、

好奇心は古くしない。

感性を閉じない。

身体を動かす。

人を好きになる。

チャレンジを止めない。

そして、

「まぁ俺の人生、こんなもんやろ・・・」

とかって、悪い意味で捨て鉢にならないこと。

「若くありたい」

これは今でも思う。

でも、歳は取る。

身体は変わっていく。

それはもう、しゃーない(笑)。

ただ、

「古くはなりたくない」

いつまでも、

「この人、なんか他の人と違う」

そういう人ではいたい(笑)。

年齢不詳って、年齢が分からないことだけじゃない。

「年齢だけでは、その人を説明できないこと」

半世紀近く生きてきて、ようやく見つけた、新しい“年齢不詳観”(笑)。

若く見える人より、“古くならない人”。

今、そんなふうに思えてる自分が、すでにして古くない(笑)☆