心理学より、禅や芸術に救われることもある 〜「治す」のでなく「観る」という態度〜


☆「お前に何がわかんねん!」問題

自己啓発や、心理学っぽい話を聞いてると、ときどき出てくる言い方。

「それは自己肯定感が低いからですね〜」

「幼少期の親子関係の影響かもしれませんね〜」

「成功体験が少なかったんじゃないでしょうか?」

「それって認知の歪みかもしれませんね〜」

云々・・・。

うん。

まぁわかる。

たしかに、言ってることが的外れってことはない。

というか、

たぶん当たってる(笑)。

で、実際、こういう説明で救われる人もおるんやろう。

認知行動療法みたいな心理学的なアプローチが、現実に人を助けることも知ってる。

まっつんスタイル自身、

そういう考え方が道標になったことは何度もある。

でもねぇ・・・。

なんかイヤなのよ(笑)。

矛盾してる自覚はある。

役に立つ。

当たってる。

自分でも納得する。

気持ちも軽くなる。

なのに、

心のどこかがこう叫ぶ。

「でもさ、お前に何がわかんねん!?」

って(笑)。

別に、

反知性とか、

反心理学とか、

そういうのを標榜しようってんじゃない。

ただ、

何十年も生きてきた自分の人生を、

昨日今日会ったばっかの誰かに、

一言二言で説明されたりすると、

なんかイラッとするのよ。

いや、それはするやん?(笑)


☆「なんかイヤ」の正体

で、

この「なんかイヤ」って、

なんなんやろと。

ここ、

もうちょい正確に考えてみたい。

たぶんまっつんスタイルが腹立つのって、

心理学そのものというより、

「はい、あなたはこういうパターンですね」

って、

あっさりに説明された瞬間。

あの軽く扱われたような感覚。

ついでに、

相手の言い方とか態度なんかも含めて(笑)。

例えば、

「父親がいなかった」

「母親に気を遣って育った」

「だから自責傾向が強くなった」

みたいな三段論法(笑)。

うん。

まぁなんとなく筋は通ってる。

実際、

そういう影響があるんかもしれん。

でも、

こっちからすると、

「いや、そんなんで全部わかったみたいに言わんといてくれる?(イラッ!)」

ってなる(笑)。

正直、こっそり隠してきた、

その図星を突かれたことへの反発もあると思う。

そこは否定せん(笑)。

でも、

たぶんそれだけじゃない。

分析や解説が間違ってるからでもない。

なんか平板なのよね。

長い時間をかけて生きてきた、

感情。

関係。

空気。

沈黙。

偶然。

執着。

あきらめ。

妙な癖。

しょうもない記憶。

そういうものまで全部、

一つのモデルの中へ、

スルスルッっと回収されていく感じ?

それが、

なんとも言えず腹だたしい。

人間って、

そんな綺麗に説明できるもんなん?

たぶんここで、

説明の正しさと、物語の厚みがぶつかってる。

まっつんスタイルが感じてる違和感って、

そういうものなんじゃないかね。


☆心理学が悪いわけじゃない

ここは、

何回でも言っとこう(笑)。

別に、

心理学を否定したいわけじゃない。

思考の癖を知る。

行動パターンを見直す。

過度な不安や苦しさを減らす。

自分との付き合い方を変える。

そういう方法が、

実際に役立つことは大いにある。

まっつんスタイル自身、

その恩恵に預かったことも多々ある。

だから、

使えるものは使えばいいと思う。

ただ、

ただ、

まっつんスタイルにとって、

どうもそれだけじゃ届かん場所がある。

「なぜ、そう考えるのか?」

「どうすれば改善できるのか?」

「どんな行動に変えればいいのか?」

そうやって整理していくことで、

確かにラクになることはある。

でも、

いつも、明確な解決法が欲しいわけじゃないのよね。

なんなら、

答えを出されたくないときすらある(笑)。

矛盾したまま。

よく分からんまま。

ちょっと情けないまま。

「なんで俺こんなんなんやろなぁ・・・」

って、

しばらく眺めていたいときもある。

たぶん、

まっつんスタイルが求めてるのは、

人間を正しい答えへ、

急いで回収しないことなんやと思う。

で、こういう心理でさえ、

それっぽく説明されてしまうことに、

これまた腹が立つ(笑)。


☆芸術は、人間を「治さない」

そんなことを考えてると、

小説とか、

漫画とか、

映画とか、

音楽とか。

そういうものに、

人が救われることがある理由も、

なんか分かる気がするのよね。

社会制度を整えることも大切。

医療も大切。

学問も大切。

心理学も大切。

でも、

それでも、

そこからこぼれ落ちるような苦しさって、

どうしてもあると思う。

そんなとき、

たまたま読んだ小説の一節だったり、

漫画の登場人物だったり、

映画のワンシーンだったり、

音楽のワンフレーズだったり。

そんなものに、

妙に救われることがある。

なんでなんやろ?

たぶん、

芸術は、人間を「治そう」とはしないから。

「あなたの原因はこれです」

とは言わない。

「こうすれば改善できます」

とも言わない。

ただ、

人間を描く。

苦しんでる人間。

嫉妬してる人間。

欲に負ける人間。

誰かを愛してる人間。

どうしようもなく孤独な人間。

アホなことをする人間(笑)。

そういう人間を、

ただそこに置く。

すると、

こっちが勝手に、

「あぁ・・・」

ってなる。

わかるかな?(笑)

説明されたわけでもないのに、

妙に腑に落ちる。

場合によっては、

ちょっと泣いたりする。

で、

スッと体と心が軽くなる。

そういう経験、ない?

不思議よね。

たぶん文学とか芸術って、

人間をモデルとして説明するんじゃなくて、

物語として体験させてくれるんかな。

だから、

理屈じゃ届かんかった場所に、

スッと入ってくることがあるんやと思う。


☆「治す」より先に、「観る」

で、

ここでやっぱり、

まっつんスタイルの場合は、

禅が出てくる(笑)。

まっつんスタイルが禅に感じてる魅力の一つ。

それは、

「すぐに治そうとせず、まず観る」

っていう、

この態度なんやと思う。

不安がある。

「あぁ、不安があるな」

嫉妬してる。

「あぁ、嫉妬してるな」

イライラする。

「あぁ、めっちゃイライラしとるな(笑)」

まず、

観る。

すぐに、

「こんな自分ではダメだ」

とか、

「この感情を消さなければ」

とか、

「もっとポジティブに考えよう」

とか、

そっちへ走らない。

ただ、

そこにあるものを観る。

禅には、

修行もある。

戒めもある。

実践もある。

でも、

まっつんスタイルが惹かれてるのは、

その中に感じる、

自分の心を、すぐ善悪で裁かずに“観る距離感”。

ここなんよね。

こっちは、

何もかも整えられたいわけじゃない。

まず、

自分で観たい。

「あぁ、俺の中には、こういうもんがあるんやな」

って。

それだけで、

少しラクになることもあるから。


☆「必要なら使う。でも、帰る場所じゃない」

だから、

心理学的なアプローチと、

禅や芸術を、

別に戦わせようってんじゃない(笑)。

心理学的な方法が役立つなら、

使えばいい。

認知行動療法的な考え方で、

自分がラクになるなら、

それでいい。

コーチングで前へ進めるなら、

それもいい。

大いにけっこう。

まっつんスタイルだって、

必要なら普通に使う。

でも、

たぶん自分にとっては、

「世界観」というより「道具」なんかな思うんよね。

必要なら使う。

でも、

“帰る場所じゃない”

みたいな。

帰ってくるのは、

もう少し曖昧な場所。

答えが一つじゃなくて、

矛盾もあって、

人間が人間のまま置いてある場所。

だから、

禅とか、

文学とか、

芸術とか。

そういうものの方に、

やたらと惹かれるんやろうね。


☆まっつんスタイルは、人間を「おもろがる」(笑)

で、

ここまで考えて、

ブログの話にハンドルを切る(笑)。

『まっつんスタイル』は、

別に誰かを治したいわけじゃない。

人生の正解を教えたいわけでもない。

「あなたはこういうタイプです」

とか、

人間を分類したいわけでもない。

ていうか、

まっつんスタイルはそういうことできん(笑)。

たぶん、

やりたいことはもっと単純。

人間を観察して、言葉にして、おもろがる(笑)。

嫉妬。

落胆。

悲哀。

無情。

理不尽。

惨め。

モテたい。

認められたい。

一発逆転したい。

ラクしたい。

もっと成長したい。

自由になりたい。

でも、ひたすら不安(笑)。

そんな、

ぐちゃぐちゃな人間を、

「はい、これはこの心理です」

みたいに、

それっぽく終わらせるんじゃなくて、

「いやぁ、人間ってホンマややこしいなぁ(笑)」

って、

一緒に眺める。

『まっつんスタイル』が書きたいのは、

たぶんそういうことなんやと思う。


☆矛盾は、「治すもの」とは限らない

人間って、

そんな簡単には整わない。

というか、そもそも

「整った人間」ってなんやねん?(笑)

優しいけど、

嫉妬する。

自由になりたいけど、

安定も欲しい。

人に好かれたいけど、

一人にもなりたい。

自信を持ちたいけど、

調子に乗るのは怖い。

・・・。

もう、

全部盛り(笑)。

でも、

そういうもん。

それでいいんちゃうかな。

少なくとも、

全部を「改善すべき問題」として扱わんでもいい。

矛盾の中に、

その人の人生がある。

未熟さの中に、

その人らしさがある。

情けなさの中に、

妙な可愛げがあったりする。

まっつんスタイルは、

たぶんそういうところに、

“人間の味”

を感じる。

そういう性癖(笑) 。

だから、

矛盾をなくすより、

まず観る。

矯正するより、

言葉にする。

答えを出すより、

問いを深める。

で、最後に、

ちょっと笑う(笑)。


☆モテエロZEN的まとめ

モテ = 人間関係のリアル。

エロ = 生命力と衝動。

ZEN = 観察と距離感。

この三つを重ねて、

人間を眺める。

すると、

人間って、

綺麗でもなけりゃ、

合理的でもない。

そう思える。

思わされる(笑)。

でも、

だからおもしろい。

何度も言うけど、

心理学的な分析が、

役に立つことはある。

行動を変えることで、

ラクになることもある。

だったら、

使えばいい。

でも、

すべてを説明し尽くさなくてもいい。

すべてを治さなくてもいい。

すべてに答えを出さなくてもいい。

まっつんスタイルは、

人間を説明し尽くしたいんじゃない。

ただ、

観たい。

「なんでこんなこと考えるんやろ?」

「なんでこんなしょうもないことで悩むんやろ?」

「あぁ人間って、ホンマややこしい」

「でも、人間って、やっぱおもしろい(笑)」

そんなことを考えながら、

“心の匂い”みたいなものを、言葉にしたい。

それでいい。

それが、

まっつんスタイル☆


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