家族を育てる人、文化を育てる人 〜独身子なしのまま50代を迎えそうな男が思うこと〜


今日はちょっと、結婚とか家庭生活の話。

でも、

「結婚した方がいい」とか、

「子どもは持つべき」とか、

「独身最高!」とか、

そんな話じゃない。

まっつんスタイル自身、そのへんは別によう分からん。

というか、人それぞれってだけの話やし。

まっつんスタイルは離婚しとるしね(笑)。

まぁ、だからってわけじゃないけど、一つ思うのは、

「世の中には、家族を作ることに向いてる人と、そうでもない人がおるやろな」

ってこと。

言うまでもなく、現代社会は、

結婚して家庭を持つ、

子どもを育てる、

家を建てる。

みたいな、そんな人生がひとつの理想像。

今さら語る間でもなく、社会の構造やし、人間の仕様。

もちろん素敵。

実際、そうやって家庭を運営してる人たちに対しては、ホント尊敬しかないよね。


でも一方、全員がそのルートを歩くわけでもない。

歩けるわけでもないし、歩きたいわけでもない。

そこもまた事実。

で、まっつんスタイルなんかは、どう考えても共同生活の適性が高い方じゃない。

もうはっきりと、家族向きじゃない(笑)。

一人時間が好き。

考え事が好き。

興味の対象がコロコロ変わる。

放っといたら何時間でも物語に没入してる。

筋トレする、散歩する。

ブログ書いてる。

妄想してる。

仕事でももちろん、友達や恋人と過ごしたあとは、

「はぁぁぁ(やっと一人になれる)」

って大きく息をつく(笑)。


それは家族もそう。

家に自分以外の誰かが24時間おるって、やっぱちょっと考えられん。

それでも、結婚生活を営んだことがあるわけなんやけど・・・。

あれは・・・、人生のミューテーション期(笑)。


だから基本、社会性ゼロ。

いや、ゼロは言い過ぎ(笑)。

でも少なくとも、

「俺に任せろ!」

「みんなで楽しく!」

「力を合わせて!」

みたいな家長タイプじゃ全然ない。

むしろ、

気遣いすぎて疲れる。

心配ばかりで潰れる。

恐ろしくてすり減る・・・。

なんていうか、明らかに「家族を作って、守っていく」みたいなタイプじゃない。

だから自然と、そうじゃない道を選び続けてきた(笑)。

あぁこれ、実は「心の奥に後ろめたさがある」って話じゃなくてね。

「別にええやん」って思ってんのよ。

なんて言うか、この歳になって、

「自分の家庭生活の不向きさを、より深く納得し始めた」

みたいな感じ?(笑)

「そりゃ無理やわな」

やし、

「あ〜結婚せんで(続けんで)よかった」

とすら思う(笑)。


なんとなく負けたような気持ち?

世間の標準ルートから外れた感覚?

そんなしんどさを感じたことがないわけじゃないけど、それでもね。

結婚してない。

子どももいない。

なんか、どっか普通じゃない?(笑)

世間からは今だに(というか今やからこそ)、そんなふうにに思われてんねやろなぁとは思う。

でもまぁそれも、「知らんがな」ってんもんでね。

40代も後半になると、もう社会的に云々よりも、自分の心地良さ優先(笑)。

でもさ、歴史を振り返ると、世の中って案外いろんな人で成り立ってるもん。

というか、現代でも完全にそう。

子どもを産み育てる人。

家業を継ぐ人。

地域を守る人。

家庭を支える人。

そういう人がおる。

一方で、

本を書く人。

絵を描く人。

旅をする人。

研究する人。

思想を残す人。

僧侶。

隠者。

芸術家。

教育者。

いわゆる変人枠。

明らかな「家庭生活不適合者」たちもおる(笑)。

でも、そういう人たちも、ちゃんと社会の役に立ってきたし、きてる。

考えてみれば当たり前。

子孫を残していくことが人間の至上命題?

ならば、「子なし人間」は、なんらかの活動を通して、それに貢献してるってわけ。

「生産性がない」とは言わせない(笑)。

というか、人類って昔から、家庭を育てる人と、文化を育てる人の両方で回ってきたんちゃうかなと。

まっつんスタイルが、

良寛さん、

兼好さん、

白隠さん、

一休さん、

仙厓さん、

たちに惹かれるのはまさにそう。

なんか我ながら笑える(笑)。

あと、ブログを書いてても思うよね。

子どもおらん

弟子もおらん

後継者もおらん。

でも文章は残る。

考え方も残る。

誰かの暇つぶしくらいにはなる(笑)。

時には、誰かの悩みを少し、軽くすることもあるかもしれん。

そう考えると、人は別に、血縁とか遺伝子だけで何かを残すわけじゃない。

子どもを育てる人だけで社会が回るわけでもない。

子なしはに子なしの知恵がある。

世界から子なし人間がいなくなったら?・・・、まぁそういうこと(笑)。


言葉を残す人もおる。

物語を残す人もおる。

優しさを残す人もおる。

生き方を残す人もおる。

いろんな、“家庭生活無理人間”がおるから、社会は成り立ってる(笑)。

家族を持つ人生は美しい。

子どもを育てることも素晴らしい。

その価値は永遠に変わらんやろう。

同時に、家族を持たない(持てない)人生には、また別の存在価値がある。

自由な時間。

学び。

創作。

旅。

社会活動。

読書。

発信。

そういうものに人生を使って、誰かの暮らしに貢献する人がおる。

どっちが偉いとかじゃない。

社会を巨大な生き物として考えた時、担う役割が違う。

そんな感じ。

「ええな〜」と思うけどね。

同世代のファミリーを見ると。

息子や娘って、ホンマに可愛いやろな〜って。

家族(一族)がおって、マイホームがある安心感、安定感って、やっぱなにものにも変え難い。

まぁでも、手に入らなかったもんを嘆いてもしゃーなし。

まだこれから手に入るかもしれんし(笑)。

「無理なもんは無理」で一生を終えるかもしれんけど、先のことはわからん。


でも、今の人生だからこそ見えてる景色がある。

育ったものがある。

それはそれで、悪くない。

悪くないどころか、めっちゃいい(笑)。


向いてない人生を無理に生きるより、向いてる人生をちゃんと生きた方が、世の中の役にも立つ気がするしね。

「俺は俺」

要はどんな生き方がより自分らしいか。

結局はそこなんやろなと、独身子なしのまっつんスタイルは思う☆


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