親ガチャはある。でも人生ガチャではない 〜過去から現在へ戻るための話〜


「親ガチャ」

誰が言い出したんか知らんけど、すごい言葉(笑)。

なんとも身も蓋もない言葉やけど、まぁ言いたいことはわかる。

生まれる家は選べない。

裕福な家庭もあれば、そうじゃない家庭もある。

素敵な親もおれば、イタい親もおる。

仲のいい家族もあれば、毎日ギスギスの家族もある。

子どもからしたら、それはもう完全に“運”。

「もしガチャが当たりやったらなぁ・・・」

誰もが一回は思うことなんかもしれん。

「親ガチャ」なる言葉が広がる理由も、よくわかる。


ただねぇ・・・。

まっつんスタイルはこの言葉を知った瞬間に、この言葉を嫌いになろうと決めた(笑)。

いや、“親ガチャ的なもの”の存在を否定しようってんじゃない。

むしろ現実としてあると思う。

ていうかまっつんスタイルも、親ガチャって言葉が誕生する前から、そういう事実を呪い倒した記憶がある(笑)。

でもねぇ、この歳なってさすがに思うわけよ。

「そんな言葉、何度唱えたって、誰も得せん」

って(笑)。

シャレで言うならまだしも、ガチで言うてはいかん。

それはシャレじゃなくて“呪い”。


今日はそんな話でも、してみる?

まず最初に、

「世の中って平等じゃない」

これをさっさと認めた方が早い(笑)。

家庭事情。

親の人格。

経済状況。

教育環境。

健康状態。

地域性。

容姿。

持って生まれた気質・・・。

全部違う。

まったく同じ日に生まれたとしても、まったく違うゲームがスタートする。

だから、

「みんな条件は同じ(であるべき?)」

みたいな話は、正直好きじゃない。

いや、というか、無理があるやろと(笑)。

指が6本無いことを嘆くようなもん(?)

「いや、そんなこと言われても・・・」

みたいなね。

まぁようわからんけど(笑)、そもそもがそういうもんっていう話。


人生には、明らかにスタート地点の差がある。

逆に、親ガチャっていう言葉がやたら刺さるのも、そのことに忌まわしい現実味があるからやと思うよね。

ただここで、少し視点を変えて、意地悪なことを言ってみる。

いや、むしろ優しさかもしれん(笑)。

それは、

親ガチャ親ガチャって言うけど、

「国ガチャはどうやろう?」

「時代ガチャはどうやろう?」

ってこと。


少なくとも俺らは、

ソマリアやルワンダに生まれたわけじゃない。

シリアでも北朝鮮でもない。

戦争も、飢餓も、疫病もない。

スマホがある。

ネットがある。

冷暖房がある。

コンビニがある。

水洗トイレがある。

スタバがある(笑)。

当たりやん?(笑)


ってまぁこんなこと言っても、「苦しみは人それぞれ」とか言われそう(笑)。

たしかに、「他の国に比べて恵まれてるんやから文句言うな」は少々乱暴。

ただ、人生全体を見渡した時、

「令和の日本人として生まれた」

って時点で、国ガチャ、時代ガシャは大当たり。

素直に感謝せなあかんとは思うけどね。

で、たぶんホンマに問題なんは、親ガチャがあるかないかじゃない。

「親ガチャについて、何十年もダラダラ考え続けること」

こっちやと思う。

10代20代ならまぁわかる。

30代でも・・・まぁギリわかる。

でも、40代、50代になっても、

「あの親じゃなかったら・・・」

「あの環境じゃなかったら・・・」

って、これはいくらなんでもしんどい(苦笑)。

明らかに反省とか分析ではないしね。

人生の主導権、ずっと過去に置き去りやん?

バックミラーだけ見て運転してる人生。

こんなもん、事故不可避・・・(苦笑)。

最近は便利な時代で、同じ傷を持つもん同士で簡単につながれたりもする。

それ自体はまぁ悪いことじゃない。

救われることもあるかもしれん。

理解されて、癒されることもあるかもしれん。

でも同時に、いつまでも拗らせる装置にもなりかねん・・・。


世間には、

「親が悪い」

「社会が悪い」

「環境が悪い」

って確認し続けるだけの共同体みたいなもんがあるよね?

いや、想像やけど(笑)。

気持ちはわかる。

めちゃくちゃわかる。

でもねぇ、共感だけじゃ人生は進まんのよ。

どっかで卒業せんと。

傷を舐め合うことと、折り合って前へ進むことは別やからさ。

あと、何度も確認したほうがいい事実。

「人生全体が、親ガチャで決まるかっていうと、そんなことない」

これ、「そんなんわかっとるわ」って言われそうやけど、意外と忘れ去られるやつ。

例えば兄弟。

同じ家で育っても全然違う。

同じ親。

同じ食卓。

同じ地域。

同じ学校。

それでも、

積極的な人もいれば、慎重な人もいる。

楽観的な人もいれば、心配性な人もいる。

同じ出来事を経験しても、受け取り方って全然違うもん。


人間って、幼少期の環境だけで作られてるわけじゃない。

「環境 × 解釈」

でできてる。

これも親ガチャと同じくらい否定できない事実。

人生はややこしい。

そして、だからこそおもしろいし、救いがある。

あと、正確に誤解を解いといたほうがいいやつがこれ。

「“ハズレ”と思ってたことが、どっかで“当たり”に転ずることもある」


親ガチャを親ガチャのまんま受容するのが難しいのはわかる。

ホンマにそう思う(笑)。

でも現実として、人生を味わい深くしたり、才能を育んだりするのって、順風満帆な時間だけとは限らんのよね。

孤独。

劣等感。

疎外感。

挫折。

失敗。

理不尽。

そういう時間が、

観察力を育てたり、

優しさを育てたり、

内省力を育てたりすることがある。


作家。

芸術家。

思想家。

哲学者。

僧侶。

あるいは現代なら、

起業家やクリエイター。

どこかで痛みを経験してる人が多かったりすやん?

人の人生を観察してると、親ガチャだけで説明できん人なんて山ほどおる。

人生、親ガチャだけでは決まらんってことを示してる実例は多い。

人生のマイナスが、そのままマイナスで終わるとは限らんってこと。

これだけはハッキリ言える。

まぁね。

「とはいえ」ってとこよね。

親ガチャが、そのまま人生に深刻なダメージを与えてる事例も多々あるわけで(苦笑)。

そんな綺麗事だけでは済まんやろう。

実際、最初に言ったように、まっつんスタイルも親ガチャに苦しんだ一人。

どうしたって苦しい。

理不尽なもんは理不尽。

「なんで俺だけ?」

って。

そんなことを何千回何万回考えたことか・・・。


まぁだからさ、その感情そのものは別に悪くない。

甘えでも未熟でもない。

痛いもんは痛い。

苦しいもんは苦しい。

まずそこは認めていい。

認めてから、

「そんなことにいつまでも拘泥してる自分をどう思うか?」

「親ガチャのことを考えてる自分のことが好きか?」

そう、どっかのタイミングで、一回冷静に考えてみたほうがいいよね。

案外そこからしか始まらんから。

じゃあどうする?

ここで、「まっつんスタイル禅寺メソッド」を引っ張り出す(笑)。

答えは意外と地味。

ちゃんと寝る。

ちゃんと食べる。

散歩する。

筋トレする。

あと日記を書く。

ブレインダンプ的なもんをする。

自分の本音を掘る。

タチコマに壁打ちする(笑)。

これを年単位で反復する。

大事なことなんでもう一回。

これを、年単位で、反復する!(笑)


要するに、親を分析するより先に、「今の自分を整えようぜ」ってこと。

身体。

情報。

心。

まずはここ。

ホンマに。

不思議なもんで、自分が整い始めると、親ガチャがどうとか、考える時間が少しずつ減ってくるのよね。

人生の主役である自分が、過去から現在に戻ってくる。

これ、まっつんスタイルの実体験。

安心の「再現性高め」をお約束(笑)。

で、いつものZEN(笑)。

禅っておもしろくて、親のせいにもせんし、全部自分の責任にもせん。

環境の影響?

ある。

運?

ある。

理不尽?

ある。

不公平?

ある。

全部ある。

でも、

「で、じゃあ今日どう生きるん?」

って聞いてくる。

「そっから先は自分ちゃうん?」

ってね。

なんとも厳しい。

厳しいけど、妙に優しい。

過去を無かったことにはしない。

でも、過去だけで人生を説明しようともしない。

この感覚が、親ガチャの沼にハマってる自分を救い出してくれることもある。

さて、そんなわけで・・・。

親ガチャっていくら言ったって虚しいだけ。

だからさっさと卒業。

それは別に、親を許すことでも、感謝することでなくてもいい。

まして、

「全部親のおかげでした」

とか言うことでもない。

言わんでいい(笑)。

もっとリアルでシンプル。

親のことを考える時間より、散歩コースを考える時間の方が長くなること。

親のことを考える時間より、今日のタンパク質のことを考える時間の方を長くすること(笑)。

人生のハンドルが、少しずつ“今の”自分の手に戻ってくる感覚を掴むこと。

それがたぶん、親を許すことより先に起きるから。

まずはそれで十分。

親ガチャはある。

たぶんある。

でもそれ、「人生ガチャ」じゃないからご心配なく(笑)。

「たられば話」は、もうほどほどに。

考えるなとは言わんし、恨むなとも言わん。

でも、その時間を少しだけ、今日の自分を整えることに使ってみる。

人生は案外、そこから再起動し始めるからね。


過去は変えられない。

起きたことも変えられない。

でも、今日の自分は変えられる。

まっつんスタイルのオチは、結局いつもここ(笑)。

だから親ガチャとか言う前に、まずはそう、ちゃんと寝よう(笑)☆


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