☆書店をブラつきながら考えた
今日、
書店をブラついてて、
土門蘭さん、難波優輝さんっていう方の本を見かけた。
で、パラパラ読んでみる。
うん、
おもしろい。
扱ってるテーマも、
自己理解とか、
恋愛とか、
人間観察とか。
まっつんスタイルと、
どこか近い部分があった。
でも、
読んでるうちに思ったのよね。
「あぁでも、まっつんスタイルが書きたいこととは、ちょっと違うかな」
って。
もちろん、
良い悪いの話じゃない。
文章なんて、
書く人によって違って当たり前。
ここで言いたいのは、
他人の文章を読むことで、
自分が何を書きたいのかが、
逆に見えてくることがある、
ってこと。
で、
今回見えてきたもの。
まっつんスタイルが書きたいのは、
たぶん、
もっと“整ってない人間”なんやと思う(笑)。
☆人間って、もっとグチャグチャしてるはず(笑)
人間って、
そんな綺麗にできてないと思うのよね。
矛盾する。
嫉妬する。
醜い欲もある。
中途半端にカッコつける。
しょうもないことで悩む。
昨日言ってたことと、
今日言ってることが違ったりする(笑)。
優しくしたいと思いながら、
腹の中では、
「知らんがな」
とか思ってたりする。
・・・。
だいぶグチャグチャ(笑)。
でも、
まっつんスタイルは、
そういう人間がけっこう好き。
というより、
そこに人間のおもしろさを感じる。
完璧に整った人間より、
どこか歪で、
矛盾してて、
本人も自分を持て余してるような人間。
そっちの方が、
なんか生きてる感じがする。
だから、
まっつんスタイルでは、
人間をあんまり綺麗にしすぎたくない。
嫉妬は嫉妬。
嫌いは嫌い。
欲は欲。
しょうもないもんは、
しょうもない(笑)。
無理やり、
立派な意味に変換したくない。
☆でも、生々しければいいってわけでもない
ただ、
ここがちょっとややこしい。
人間のグチャグチャを書きたい。
だからって、
グチャグチャをそのまま読者に投げつけたいわけでもない。
怒りをそのままぶつける。
悲しみをそのまま晒す。
欲望を全部見せる。
自分の人生を、
何から何まで語る。
それも、
まっつんスタイルがやりたいこととは違う。
なんていうのかな・・・。
生々しさと、下品さの境目?
ここがけっこう大事。
人間の醜さは書きたい。
でも、
そのまんま醜く書きたいわけじゃない。
弱さは書きたい。
でも、
「こんな俺を分かってくれ!」
とは言いたくない。
感情は書きたい。
でも、
感情を読者に背負わせたくはない。
分かるかな?
我ながら、
注文が多いとは思うけど(笑)。
でもそういうこと。
☆人生は「切り売り」するんじゃなくて「蒸留」する
まっつんスタイルは、
自分の半生を書こうとすると、
なぜか筆が重くなる。
でもその理由も、
ここまで考えると、
ちょっと分かる気がする。
「過去を書きたくない」っていうのとは違う。
実際、
このブログでも、
自分の人生の話はけっこう書いてる。
でも、
人生そのものを、
そのまま作品にはしたくないっていうのかな。
なんとなく、
「自分の人生は、材料であって、作品そのものじゃない」
って感覚があるから。
過去。
失敗。
後悔。
寂しさ。
喜び。
くだらない出来事。
全部、
材料にはなる。
でも、
それを生のまま、
「はい、これが俺の人生です!」
って並べたいわけじゃない。
そこから、
何かを抽出したいって感じ?
考え方やったり、
問いやったり。
あるいは、
笑いやったり、
価値観やったり。
だから、
まっつんスタイルにとって人生は、
切り売りするものじゃなくて、“蒸留するもの”なんかな。
原酒は人生。
そこから、
余計なものを飛ばして、
残ったものを文章にする。
・・・あら?
図らずも、
なんかうまいこと言えたな(笑)。
☆「共感してください」が、ちょっと苦手
まっつんスタイルは、
いわゆる、
「共感を集めるための自己開示」
みたいなものが、
あんま得意じゃない。
正直、
それを望んでる自分もおるけど、
でも実践してる自分は、
なんか嫌(笑)。
記事を読んだ人に、
「分かるわ〜」
って思ってもらえたら、
そりゃ嬉しい(笑)。
でも、
最初から、
「共感してもらうために、何をどう見せよう?」
とかって考え始めると、
なんとも言えない違和感が湧いてくる。
つらかった過去。
傷ついた経験。
寂しかった話。
そういうものまで、
読者との距離を縮めるための“材料”として扱い始めると、
まっつんスタイルの場合、
たぶん書くこと自体がしんどくなる。
なんていうか、
仄かに下品なのよね(笑)。
これは完全に、
まっつんスタイル個人の美意識の話。
自分の傷まで、
承認を得るための道具にはしたくない。
ましてや、
つらい体験
↓
共感
↓
フォロワー獲得
↓
収益化
みたいな構造を、
自分から作りにいくのは、
どうにも肌に合わん。
ハッキリ言って、
気色悪い(笑)。
だから、
書く。
でも、
全部は見せない。
というか、
共感を得るために、必要以上に盛らない。
自分の人生は使う。
でも、
自分の人生そのものは売らない。
必要なものだけ蒸留して、文章にする。
たぶん、
そのくらいの距離の取り方が、
まっつんスタイルにとっては、
いちばん気持ちいい。
☆それを「エレガンス」と呼びたい
で、
ここで出てくるのが、
エレガンス。
まっつんスタイルは、
書き手として、
エレガントでありたいのよね。
たとえそれが自己満でも(笑)。
「お上品」とは少し違う。
書いてること自体は、
嫉妬だったり、
欲だったり、
モテだったり、
エロだったり、
人間のしょうもなさだったりする。
ぜんぜん上品じゃない(笑)。
でも、
それをどう扱うか。
そこには、
品があってほしい。
品よくありたい。
まっつんスタイルにとってのエレガンスって、
「人間のグチャグチャを、グチャグチャのまま投げつけないこと」
なんかな。
☆ハンニバルとヨハンは、なぜか妙にエレガント(笑)
例えば、
ハンニバル・レクター。
ヨハン・リーベルト。
倫理的には、
絶対近づきたくない人たち(笑)。
でも、
物語の中では、
妙な気品を感じることがある。
まっつんスタイルだけ?
これ、なんでなんやろ?
まっつんスタイルが、
彼らに感じてるもの。
それって、
たぶん、
「余裕」と「制御」
なんやと思う。
感情や力を、
全部そのまま外へ撒き散らさない。
何かを内側に持ったまま、
静かに立ってる。
もちろん、
彼らは殺人鬼。
「真似しよう」
じゃない(笑)
そうじゃない。
ただ、
エレガンスって、
もしかすると、
「衝動をそのまま外へ出さない余裕」
みたいなものなんちゃうかな、
とは思うわけ。
そのわかりやすい例えが、
有名な殺人鬼って話(笑)。
☆文章にも「余裕」は出る
で、これ、
文章も同じなんちゃうかな?
何もかも説明する。
感じたことを全て書く。
全部の意味を教える。
「ここ、泣くとこね」
「で、ここは怒るとこ」
「ね? 俺の気持ち、分かるやろ?」
・・・って。
そこまで言われると、
ちょっとキモい(笑)。
文章には、
もっと余白があっていい。
説明しすぎない。
感情を押しつけない。
読者が、
自分で考えたり、
自分の記憶を重ねたりできる場所を残す。
言うなれば、
「己を制御して、読者を信頼する文章」。
うん、これ、
かなり好きな表現かもしれん。
全部言わなくても、
伝わるものってあると思うから。
むしろ、
全部言わないからこそ、
読者の中で立ち上がるものもある。
だからこそ、あえて、
書き手が一歩引く。
そこに、
エレガンスが生まれる。
いかが?
☆で、少し笑う(笑)
ただし、
ここで終わると、
なんかスカした文学者っぽい(笑)。
まっつんスタイルには、
もう一個必要なものがある。
そう、
ユーモア(笑)。
人間の矛盾を書く。
欲を書く。
弱さを書く。
でも、
最後まで深刻な顔をしない。
ちょっと笑う。
自分のことも、
笑う。
世界のしょうもなさも、
笑う。
誰かを嘲笑するんじゃない。
もちろん冷笑でもない。
「あ〜あ、人間ってホント、ど〜しようもね〜な(笑)」
くらいの距離で眺める。
これが、
まっつんスタイルにとっても、
『まっつんスタイル』にとっても、
めっちゃ重要なんやと思う。
人間を断罪したいわけじゃないからね。
そんなのは別の誰かに任す。
ましてや、
世界を見限りたいわけでもない。
むしろ逆。
しょうもなさまで含めて、
人間をおもしろく、愛おしく描きたい。
☆人間は「滑稽で愛おしい」
他人の著作を立ち読みして、
ここまで思索を書いて、
なんとなく、
見えてきた?
『まっつんスタイル』の核みたいなもの。
どうやらそれって、
「人間は、滑稽で愛おしい」
これなんちゃうかな?(笑)
人間は、
愚かやし、
矛盾しとるし、
欲まみれやし、
しょーもないことで悩む。
自分だって、
たいがいろくでもない(笑)。
でも、
だからこそ、
おもしろい。
だから、
全部を否定したくない。
正しい。
間違ってる。
優れてる。
劣ってる。
勝ち。
負け。
そうやって、
何でもかんでも採点するんじゃなくて、
一回、
少し離れたところから眺めてみる。
すると、
さっきまで腹が立ってたものが、
ちょっと可笑しく見えたりする。
自分の悩みすら、
「俺、またなんかやっとるな(笑)」
くらいに見えたりする。
この、
少し離れたところから世界を見る距離感。
これが、
まっつんスタイルにとっては、
「飄々」
と表現されるものなのかもしれん。
うん。
なんかこれもいい(笑)。
☆理不尽な世界を、飄々と闊歩する
じゃあ、
飄々と生きるってなんやろ?
今のところ、
まっつんスタイルなりの回答はこれ。
世間と戦わない
世間に飲まれない
でも、世界を嫌いにならない
この距離感。
何でも真正面から受け止めてたら、
疲れる。
くたびれる(笑) 。
かといって、
全部どうでもいいって投げたら、
それはもうなんていうか、
終わり(笑)。
それではつまらん。
だから、
少しだけ引く。
少しだけ笑う。
必要なら、
「まぁ、そういうこともあるわな」
で流す。
それでも、
自分が大切にしたいものは、
ちゃんと持っておく。
ぶつからない。
でも、
流されない。
深刻になりすぎない。
冷笑もしない。
・・・。
相変わらず、
注文が多い(笑)。
でも、
その面倒くさいバランスを、
ずっと探してるブログ。
それが『まっつんスタイル』なんやと思う。
☆というわけで、まっつんスタイル
書店をブラついて、
他人の文章を読んでたら、
なぜか、
自分が書きたい文章の話になった。
相変わらずの自分語り。
・・・ま、えっか(笑)。
まっつんスタイルが書きたいのは、
完璧な人間じゃない。
矛盾して、
嫉妬して、
欲張って、
悩んで、
ときどきカッコつけて、
ときどき盛大にズッコケる人間(笑)。
でも、
それを、
生々しいまま投げつけるんじゃない。
少し距離を取る。
観察する。
考える。
蒸留する。
そして、
最後に少し笑う。
どうやら、
これが、
まっつんスタイルの考える、
「人間をエレガントに描く」
ってことなんやと思う。
世界は、
たぶんこれからも理不尽。
人間も、
たぶんこれからもしょーもない。
それはもうひたすらに(笑)。
それでも、
世界を嫌いにならず、
人間を見限らず、
自分まで深刻になりすぎず、
歩いていく。
少し可笑しく、少し軽く、そして少し自由に。
というわけで、
まっつんスタイルは今日も、
理不尽な世界を、飄々と闊歩する☆


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