「会いたい」は自分に向いている? 〜絆と存在とモテエロZEN〜


「会いたい」っていう感情、

というか思い、

あるやん?

大好きなあの子に会いたい。

離れて暮らす家族に会いたい。

昔の友人に会いたい。

もう会えへんってわかってる人に、

それでも会いたい・・・。

この「会いたい」って、なんなんやろ?

こういうところに食いつくのが、

まっつんスタイル(笑)。

普通に考えたら、

「大切な人を近くに感じていたい」

ってことなんやろう。

安心感とか心地よさ?

一緒にいることが楽しい。

声を聞きたい。

顔を見たい。

触れたい。

まぁ、

そりゃそうなんやけど(笑)。

でも、

「会いたい」って、

それだけなんかな?

と。

今日は、

このたった四文字を、

もうちょっと転がしてみる。


☆「会いたい」って、一個の感情じゃない?

まず思うのが、

同じ「会いたい」でも、

中身って全然違うよねってこと。

恋人への、

「会いたい」。

離れて暮らす家族への、

「会いたい」。

しばらく会ってない友達への、

「会いたい」。

もう二度と会えない人への、

「会いたい」。

全部、

同じ四文字。

でも、

たぶん中に入ってるものは違う。

寂しい。

話したい。

触れたい。

安心したい。

一緒に笑いたい。

あの頃に戻りたい。

もう一度、

あの人の前にいる自分を感じたい・・・。

そう考えると、

「会いたい」って、

一個の感情っていうより、

いろんな感情をまとめて入れられる箱

みたいなものなのかもしれんよね。

たった四文字やのに、

なかなか容量がデカい?(笑)


☆「会いたい」は、存在の確認?

で、

ここは、

まっつんスタイルの珍説(笑)。

「会いたい」って、

相手に向かってるように見えて、

実は少し、

「自分にも向かってる」

そんな気もするけど、

どう?

誰かに会う。

目を見る。

声を聞く。

一緒に笑う。

くだらん話をする。

場合によっては、

触れる。

すると、

なんとなく、

「あぁ、俺ここにおるな」

って感じる、

みたいな?

ずっと一人で考えごとしてると、

自分の中だけで、

世界がグルグル回り始めて、

止まらんなることがある。

でも、

誰かと会って、

自分の言葉に笑ってもらったり、

相手の言葉に笑ったりすると、

急に世界が、外側へ“開く”。

「あぁ、俺はここにいて、この人はそこにいる」

みたいな、

なんとも言葉にしにくい感覚(笑)。

言うなれば、

「あなた」を通して、「自分」を感じ直してる

「会いたい」には、

そんなものも、

ちょっと混ざってるんちゃうかな。

あえて名言っぽく言うなら、

「自己存在の呼吸」

・・・どう? このフレーズ?(笑)

でも、なんとなく、

そんな感じ。


☆「会いたい」は、時間を越えたがる

あと、

「会いたい」の不思議なところが、

もう一つ。

生きてる人にも、

もう亡くなった人にも、

同じように、

「会いたい」

って思えること。

これ、

よく考えたらおもろいよね。

生きてる人になら、

予定を合わせさえすれば会えるかもしれん。

でも、

もう会えない人には?

これはもう会えない。

頭では、

ちゃんとわかってる。

でも、

感情って、

そんなに割り切れるもんじゃない。

「いや、それでも会いたいねん!」

って言う。

もう一回、

あの時間に触れたい。

もう一回、

あの声を聞きたい。

もう一回、

あの人と、繋がりたい。

無理なのは、

わかってる。

それでも、

会いたい。

これってある意味、

“時間を無視しようとする感情”

そんな言い方もできそう。

理屈が、

「いや、もう無理やん」

って言ってる横で、

感情だけが、

「そんなん知らん! 俺は会いたいねん!」

って言ってる。

うん・・・、

なんかめちゃくちゃ切ない。

人間っぽい(笑)。


☆「会いたい」は、“不在の痛み”

さらにもう一つ。

「会いたい」って、

「相手がいないことで、強くなる思い」

でもあるよね。

いつでも会える。

いつでも話せる。

すぐ隣にいる。

そんな時には、

わざわざ強く、

「会いたい」

なんて思わんもの。

でも、

いなくなる。

離れる。

会えなくなる。

すると、

そこにぽっかりと、

感情の“空白”ができる。

そうなったとき、

「あぁ、あの人おったんやな」

って、今更のように思う。

なんなら、

いなくなって初めて、

その人が自分の中で、

どれくらい場所を取ってたのかに気づいたりする。

だから、

「会いたい」って、

失って初めて見える“その人の価値”

でもあるのかもしれんね。

ちょっと残酷。

でも、

これまた、めちゃくちゃ人間くさい。

好き(笑)。


☆おらんのに、おる

ただ、

ここでまた、

ちょっと不思議なことに気づく。

「会いたい」

と思ってる人って、

目の前には、

おらんわけやん?

だから、

会いたい。

でも、

おらんはずなのに、

めちゃくちゃ自分の中におったりする。

顔を思い出せる。

声を思い出せる。

笑い方を思い出せる。

匂いとか、

一緒にいた場所とか、

その時の空気感まで、

急に蘇ったりする。

おらんのに、おる

なんやろね、これ(笑)。

身体は、

ここにはいない。

でも、

完全にいなくなったわけでもない。

自分の中には、

まだちゃんといる。

人間の、

「いる」と「いない」

って、

なんていうか、

意外と単純じゃない。

まっつんスタイル的には、

ここから、

「分離とは錯覚であり、仏教的世界観では・・・」

とか始めるのも、

ありっちゃああり。

今日はやめとくけど(笑)。

ただ、

「会いたい」って思った瞬間、その人はもう自分の中に現れてる

こういう解釈って、

なんかおもしろい。

そして、

素敵(笑)。


☆その人に会いたい? その人といる“自分”に会いたい?

さらにさらに、

もう一個。

これも、

まっつんスタイルの珍説(笑)。

誰かに、

「会いたい」

って思ったとき。

会いたいのは、

ホンマにその人“だけ”なんやろか?

例えば、

その人といると、

よく笑う自分。

安心してる自分。

素直になれる自分。

ちょっとカッコつけてる自分(笑)。

普段より、

なんかええ感じの自分。

そういう、

“その人といるときの自分”

に、

もう一回会いたい。

そんな気持ちも、

混ざってたりせんかな?

どう?

「会いたい」は、

相手に向いてるようで、

半分くらい、

自分にも向いてる。

いや、

まっつんスタイルはあると思うなぁ。

半分かどうかは知らん。

7:3か、6:4か(笑)。

まぁでも、そういう要素、

少しくらいは、

ありそうな気がする。


☆「会いたい」は、“生”の証明?

「会いたい」って、

切ないやん?(笑)

でも、

嫌いな感情にはカテゴライズできん。

会えないこと自体は、

しんどかったりする。

でも、

「会いたい」

と思えるってことは、

少なくとも、

その人がまだ自分の中で大事

ってことなんやろう。

忘れてない。

どうでもよくなってない。

“何か”が、

まだ残ってる。

これは、

「愛がまだ燃えてる証」

なんかな?(笑)

なんにしても、

やっぱ嫌いじゃない。

「会いたい」って思えるくらい、

誰かが自分の中にいる。

それってなんか、泣けるよね(笑)。


☆モテエロZEN的「会いたい」

で、

ここまで来たら、

一応やっとこう(笑)。

モテエロZEN。

「会いたい」って、

相手に向いてるようで、

自分にも向いてる。

その人に会いたい。

その人といる自分にも、

会いたい。

そんなふうに考えてみると、

「会いたい」と思える人がいる男

って、

なんかええよね(笑)。

で、

「会いたい」と思われる男

も、

なんかええ。

ちょっとエロい(笑)。

依存とか、

魅力とか、

そんな話は今日はいい。

会いたい。

会いたいと思われたい。

それくらい、

誰かとちゃんと繋がってる。

なんか、それって、

“生きてる人間”。

以上、

今日のモテエロZEN(笑)。


☆結局、「会いたい」って?

というわけで、

最初の問いに戻る。

「会いたい」って、なんなんやろ?

それは、

存在の確認かもしれん。

寂しさの表明かもしれん。

愛の証かもしれん。

不在の痛みかもしれん。

時間を戻したい気持ちかもしれん。

その人といたあのときの、

自分に会いたいのかもしれん。

あるいは、

全部がちょっとずつ、

混じってるのかもしれん。

「会いたい」

結局、

一個に決められるようなもんじゃない(笑)。

でも、

考えてみると、

それが一番おもろい。

これだけ、

いろんな感情が混ざってるのに、

人はそれを、

たった四文字で言えてしまう。

「会いたい」

いやぁ、

ようこんな言葉作ったな。

人間ってやっぱ天才(笑)。

なんか知らんけど、

最後はそんなことに、

ちょっと感動した☆


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