☆下水道って、そもそも何をしてるの?
「下水道ってどうなってんのかな?」って思ったことない?
俺はよく思うよ。
イオンとか図書館とかでトイレを使わせてもらう時(笑)。
「これ、どこ行くんやろ?」って。
下水道って聞くと、ほとんどの人は単にこう思ってるだけちゃうかな?
「別にトイレの水が、処理場的なところに流れていくんやろ?」って。
いやまぁそうなんやけど、それでは半知半解。
想像力サボりすぎ、もったいない(笑)。
実際の下水道は、ただの「パイプ」じゃなくて、「高度に設計された、巨大“浄化システム”」なんよね。
俺らがトイレを流す、風呂に入る、皿を洗う、洗濯する。
そのとき出てくる水(=下水)は、
・便や尿
・食べかす
・洗剤
・油
・皮脂
・髪の毛
・細菌
・微生物・・・
これらが全部混ざった、“人間の生活の残りかす”の集合体。
こんなもん、そのへんに捨てたり、そのまま川に流したら、完全にアウト。
中世ヨーロッパみたいな衛生地獄(笑)。
それに、大自然がキレる、というか死んでまう。
そこで登場するのが、「公共の下水道と下水処理場」ってなわけや。
今回は、この偉大なシステムのことを知って、深く感謝し、敬意を払う回(笑)。
☆トイレから川までの旅
流れをざっくり言うとこんな感じ。
①家やビルの排水管
↓
②地中の(めっちゃ太い)下水管(ちなみにマンホールは、この下水管メンテのためのアクセス口)
↓
③巨大なポンプ場(坂(傾斜)がない場所で水を送る)
↓
④下水処理場
↓
⑤きれいになった水が川や海へ
俺らがトイレを流した瞬間、う◯こは、地中のパイプネットワークに乗せられて、処理場へ向かう。
しかもこれ、基本は「重力」で流れてるんよね。
つまり下水道は、街全体がほんのわずかに傾いてるイメージの設計がされてる。
何百万人分のう◯こが、“自然に”一方向へ流れるように。
「ウソやん!?」って話。
この時点ですでに「変態的技術の結晶」ってことが垣間見える。
☆下水処理場で何が起きているのか?
さてここからが本番。
下水処理場では、だいたい次の工程がある。
① ゴミを取る
まずはデカいものを取り除く。
・ティッシュ
・ビニール
・ナプキン
・割り箸
・その他、よう分からん謎のゴミ(笑)
こういうのを、巨大なスクリーンで引っかけて除去する。
② 砂や重たいものを沈める
次に、砂・泥・小石・重たいう◯この塊を沈める。
水をゆっくりと流して、重たいものだけを下に落とす。
分離させるみたいなイメージやな。
これを「沈砂池」とか「沈殿池」っていう。
③ 微生物に食わせる(ヤバいポイント)
ここが人類の叡智。
下水処理場の心臓部、「反応タンク(活性汚泥処理)」。
水の中に「バクテリア(微生物)」を大量に飼って、う◯こや汚物を“食わせる”。
彼らは、
・有機物
・油
・タンパク質
・糖
・彼らが食えるもんならなんでも(笑)
をモリモリ食べて、自分の体組織に変える。
つまり下水処理場は、人間のう◯こをエサにした「微生物牧場」(?)。
というか微生物は、下水処理場の“主役”やね。
下水浄化システムの肝。
「こんなもん、誰が考えたんや?」って話(笑)。
④ で、もう一回沈める
微生物は、腹一杯食いながら、増殖していく。
そして微生物がパンパンに増えたら、それごと沈めて、上澄みの水だけを取り出す。
この時点で、水はかなり透明になってる。
⑤ 消毒して川へ
最後に、塩素や紫外線で、細菌や残留物を消毒して、やっと川や海へ。
俺らがトイレで流した水は、これらの工程を経て、ほぼ自然の水に戻されてる。
☆ここで一回、立ち止まってみよう
さて・・・。
このシステム、冷静に考えて、ちょっとヤバない?
これ、「ふ〜ん、そうなんや」で済ます話じゃないからね。
めっちゃ感動せなあかんとこ!(笑)
俺らが毎日垂れ流すう◯こを、
・地下の巨大パイプ網に集めて
・自然の重力で流して
・微生物に食わせて
・透明な水に戻して
・海や川に返す
この仕組みが、24時間、365日、ノンストップで稼動してる。
おかげで、誰も意識してないのに、安全で清潔な暮らしが保たれてる。
洗い物をしてるとき、トイレを流すとき、誰も「ありがとう下水道」なんて思わんやん?
でも実際は、
見えないところで、何千・何万・何十万人分の知恵と労働が、俺のう◯こを処理してくれてる
こんなもん、どう考えても“奇跡”やろ?
☆世界の解像度が上がると、心が静かになる
今回の話、ちょっとした雑学で終わらせるのは、実はもったいないのよね。
下水道の仕組み(世の中の仕組み)を知ると、世界の見え方が一段階変わる、意識のギアが上がる。
そんな感覚を味わってもらいたいと、まっつんスタイルは思うわけ。
例えば、「自分は一人で生きている」っていう傲慢さ?、「社会は敵」っていう思いこみ?
そんなものが、ちょっと揺らぐ感覚とか。
実際には、人同士は、しっかりと“共存”してる。
俺らが何も考えずにトイレを使えるのは、無数の誰かの仕事と技術の上に乗っかってるから。
人間って、見えないところで支え合って生きてる生き物なんやなって、腹の底でわかってくる。
これ、「世の中の解像度が上がる」って感覚やね。
「世の中の解像度が上がると気持ちいい」って感覚、分かるかな?
人間、わからない世界は、不安で怖いと感じるもの。
でもわかる世界なら落ち着く、安心する。
そして、自然と湧いてくる“感謝の気持ち”が、心を静かにしてくれるんよね。
☆「畏敬の念」は、自我を静める
さらに、まっつんスタイルはこの「下水道ネタ」でもう一歩踏み込む。
下水道システムを思い浮かべた時、なんかこう、胸の奥がスッとする感じせん?
俺はするのよ。
「人間って、すげーな」って。
この感覚が、「畏敬」や。
誰かが偉いとか、誰かが立派とか、そういうことじゃない。
人類が集団になった時に生み出される、とてつもない叡智と実行力
その偉大さに対して抱く、“畏れ”と“敬意”
この感覚。
実は「畏敬」っていうのは、“肥大しがちな自我を小さくする効果”がある。
「俺が俺が」って気持ちが、少しだけ穏やかになる。
まさに、まっつんスタイルの「ZEN」。
巨大な社会インフラ(人類の叡智)に触れ、理解しようとした時、人の心は不思議と静かに安らぐものなのよね。
☆モテエロZEN的・下水道の意味
そしてもう一歩、まっつんスタイル的「エロ」にも言及。
それは、生命の循環。
食う。
動く。
出す。
すなわち「生きている」ということ。
下水道は、その“汚れたエロ”を、“澄んだ水”に変える装置。
つまり、
「エロ(生命の排泄)」を、「ZEN(浄化と循環)」へと変換する文明の曼荼羅(笑)
それが、まっつんスタイル的な下水処理システムの解釈。
俺らのう◯こは、誰かの仕事と、技術と、微生物の体を経て、川になり、海になり、雨になり、そしてまた命に戻る・・・。
まさに「輪廻」そのもの。
これが感動せずにいられようか!?
いや、いられない(笑)。
☆まっつんスタイル的・下水道の締め
次にトイレを流すときは、ちょっとだけ思い出そう。
「地面の下で、とんでもない数の人間と微生物が、俺らのために働いてくれてる」ってことを。
そのことに思いが至った瞬間、世界はちょっとだけ、やさしく、安心できる場所になるはず。
たぶんそれが、この記事を読んだことの意味。
まっつんスタイルの「ZEN」やね☆


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