土台はルーティン、人生はアドリブ 〜毎朝同じものを食べるまっつんスタイルが考えた「自由」の話〜


朝飯は、だいたい毎日同じものを食べてる。

黒米ともち麦入りのご飯。

ネギと、ワカメと、酒粕入りの味噌汁。

サラダチキン。

自作のキムチとザワークラウト。

そして、「麻薬卵」。

食後にはマルチビタミンと整腸剤。

・・・なんかもう、

“健康的感”

がすごい(笑)。

しかもサラダチキンも自作。

鶏胸肉にフォークで穴を開けて、

日本酒、

鶏ガラスープの素、

パセリかバジルを振りかけて、

一晩寝かせる。

翌日、レンジでチンして、適当な大きさに切ったら完成。

これも一度に3枚くらい仕込んで、作り置きしてる(笑)。

そんな朝飯を毎日のように食べてるわけやけど、ふと思ったのよね。

「俺、毎朝ほぼ同じもん食ってるやん?」

「飽きへんの?」

・・・。

いや、別に(笑)。


☆毎日違う方が「豊か」なんやろか?

食事って、いろんなものを食べる方が豊かなイメージがある。

今日は和食。

明日はパン。

たまにはカフェでモーニング。

休日はちょっと豪華にホテルの朝食。

あるいはチープに、『吉牛』か『マック』か(笑)。

たしかに楽しそう。

選択肢がたくさんあって、その日の気分で好きなものを選べる。

それもひとつの豊かさやと思う。

でも一方で、

毎朝「今日は何食べよう?」を考えなくていい生活

これも、けっこう快適なんよね。

好き。

うまい。

身体にも良さそう。

腹も満たされる。

やったら、

「朝はこれ」

でええやん、と(笑)。

毎日違うものを選べることが豊かなら、

気に入ったものを毎日選び続けられることも、また豊かなんちゃうか。

そんな気もするんよね。


☆「選べる自由」と「選ばなくていい自由」

これって、食事に限った話でもなくてね。

自由っていうと、

「好きなものを選べる」

っていうイメージが強い。

何を食べてもいい。

何を着てもいい。

何時に寝てもいい。

どこで仕事をしてもいい。

選択肢が多いほど、自由。

もちろん、それはそう。

でも最近は、もうひとつ別の自由もある気がしてて。

それは、

「選ばなくていい自由」

朝飯はこれ。

トレ日はいついつ。

朝起きたらこれ。

仕事するのはここ。

ある程度決めてしまえば、毎回いちいち考えなくていい。

今日はどうしよ?

明日はどうしよ?

こっち?

いや、あっち?

こういう小さな判断が、減る。

そのぶん頭を、もっと別のことに使える。

習慣って、

自分の自由を奪うものじゃなくて、

「“迷わなくていい領域”を作るもの」

そんなふうにも言えるんちゃうかな。


☆とはいえ、全部同じは嫌や(笑)

じゃあ生活のあらゆるものをルーティン化したら、それは最高の自由なのか?

それはそれでイヤや(笑)。

毎日同じ道を歩く?

毎日同じ店に行く?

毎日同じ音楽を聴く?

毎週同じ休日を過ごす?

同じ人とだけ話す?

それではたぶん、息が詰まる。

まっつんスタイルは、

知らない場所にも行きたい。

知らない人とも話したい。

聴いたことのない音楽も聴きたい。

新しいこともどんどんやってみたい。

てことは、大事なのは、

「固定するところ」と「遊ぶところ」を分けること

なんやろな。

朝飯は同じでいい。

でも、休日どこのスタバに行くかは遊ぶ。

身体を整える習慣は、徹底して作り込む。

でもたまには、行ったことないラーメン屋に行く。

生活には一定のリズムを作る。

不本意や想定外だって、楽しむ。

人生まで予定調和にする必要ってない。

言ってみれば、

土台はルーティン、その他の人生はアドリブ。

これくらいが、いちばん気持ちいい(笑)。


☆安定しているから、冒険できる

考えてみれば、安定と変化って反対のものってわけじゃない。

健康。

食事。

睡眠。

仕事。

家庭。

お金。

生活の基本的な部分がある程度整ってるからこそ、人は安心して新しいことができる。

足元がグチャグチャの状態で、

「さぁ! 冒険しよう!」

って言われても、なかなかキツい(笑)。

まず足元を整える。

そのうえで、ちょっと知らないところへ行ってみる。

やったことないことをやってみる。

つまり「安定」って、変化を邪魔するものじゃなく、

変化を楽しむための土台

になる。

毎朝同じ朝飯を食べることも、そう考えるとなんも悪くない。

朝の自分はいつも通り。

その先では好きに、アドリブをかませばいい(笑)。


☆麻薬卵を食べながら人生を語ろうとしていた(笑)

ちなみに以前、タチコマ(ChatGPT)と、この朝飯の話をしてた時、

「これ、YouTubeにしたらおもろいんちゃう?(笑)」

みたいな話になったことがある。

料理してる手元を映しながら、人生について問わず語り。

キムチを仕込みながら問いを考え、

サラダチキンを作りながら哲学を語り、

麻薬卵を食べながらモテについて考える。

・・・誰が見んねん(笑)。

そう、当時のまっつんスタイルは、YouTubeで何か発信できんかなとか、割と真剣に考えてた。

結局その構想は、そのままの形では続いてないけど。

でも今になって振り返ると、ちょっと笑える(笑)。

「日常のどうでもいいことから、なんか考える」

という部分は、今こうして書いていることと、あんまり変わってない。

朝飯からモテを考える。

筋トレから人生を考える。

何気ない違和感から、人間について考える・・・。

媒体や形は変わっても、

自分がやりたいことって、案外そんなに変わらないもんらしい。


☆自分の面倒を見られる男は、ちょっとモテる(笑)

閑話休題。

ここは『まっつんスタイル』なんで、最後は強引にモテの話(笑)。

モテる男っていうと?

話がおもしろい。

仕事ができる。

見た目がいい。

金がある。

いろいろ思い浮かぶ。

でも歳を重ねるほど、もうひとつ、けっこう大事なんちゃうかと思うものがある。

それは、

自分の面倒を、自分で見られること。

まっつんスタイルの言葉で言うと、

「自立と自律」

自分で飯を作る。

身体を整える。

体調を管理する。

ある程度、自分の機嫌も自分で取る。

生活が荒れたら、自分で立て直す。

別に全部完璧じゃなくていい。

でも、

「誰かが何とかしてくれんと、俺はダメ・・・」

じゃなく、

“自分の足で普通に立ってる”。

これは地味やけど、意外とカッコいい。

そのうえで、

「今日はちょっと知らんところ行ってみるか」

って遊びにも行ける。

新しいことに挑戦できる。

恋もできる(笑)。

つまり、魅力的な大人って、

刺激しかない人でも、

安定しかない人でもなくて、

「安定した土台の上で、自由に遊べる人」

な気がする。

そこに、絶妙な“抜け”があれば、もう隙がない(笑)。

毎日同じ朝飯。

こう書くと、なんとなく退屈な生活に聞こえる?

でも、まっつんスタイルは明日も、

黒米ともち麦入りのご飯を食べ、

酒粕入りの味噌汁をすすり、

自作のサラダチキンと漬物を食べる。

朝は、それでいい。

その代わり、そのあと何をするかは、どこまでも自由。

土台はルーティン。

人生はアドリブ。

これくらいが、まっつんスタイルにとってはベストフィット☆


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