執着はしないが、結果は獲りに行く 〜テストステロンとZENを両立させて欲張る〜


ガチでブログを書き始めて数ヶ月。

いろいろと心境の変化を経験してきたけど、こないだ思ったのが、

「もっと“攻める”っていう意識を持ってもええんちゃう?」

ってこと。

「ビジネスとして、もっと意識的に結果を獲りに行け!」

って意味ね。

☆

まっつんスタイル、30代後半で離婚(笑)。

で、40歳あたりからもう一度、自分の人生を大真面目に見直してきた。

そして、体を鍛え始めて、健康について勉強して、モテについて考えて(笑)。

副業を学んで、仕事を変えて、住む場所まで変えた。

その過程で、自分という人間についても、それはもう深く深く考えた。

何が好きなのか?

何が苦手なのか?

何を怖がってるのか?

どういうライフスタイルが心地いいのか?

そうした過程を経ることで、以前よりかなり、

「まぁまぁ、このまんまの自分でええんやな」

と、そんなふうに思えるようにもなった。

自己受容が進んで、心が軽くなったような感じ。

これまでに経験したことがないほどの変化。

でも、そんなタイミングで、

「でもちょっと待てよ」

と。

☆

これまでは自分に、

「焦らんでいい」

「じっくり時間をかければいい」

「別に大成功する必要はない」

「ダメならダメで、その時考えればいい」

そんな言葉を、よく言い聞かせてきた。

そのこと自体は、今でも間違ってるとは思わない。

むしろ、こういう考え方には相当助けられてきた。

自分を必要以上に追い詰めて、身動きが取れなくなる。

そんな人生が、あまりに長く続いてきたから。

でも、ここへきて、もしかして、

「ちょっと保険かけすぎてない?」

とも思ったのよね(笑)。

☆

特にブログについては、

「結果が出るまで時間はかかってもいい」

「最初は全く読まれなくてもいい」

「少しずつ読者が増えていけばいい」

みたいなことを、よく考えてきた。

いや、実際そうなんやと思う。

ブログなんて、公開したからってすぐ読まれる保証とかない。

でも、心の深いところに“微かに残る本音”に気づいちゃったのよね。

「これ、“閑古鳥”やった時に、傷つかないための予防線にもなってない?」

って(笑)。

「いやいや、最初から期待してへんかったから・・・」

「どうせ時間がかかるって思っとったし・・・」

「そんな全力で書いたわけちゃうし・・・」

そう言い訳できるように、無意識に逃げ道を作ってる、みたいな?

だとしたらこれ、我ながら本心と違う。

「読まれたい」

「数字は欲しい」

「ビジネスとして成立させたい」

このへんが本音なんやから、小さく言い直したり、行動のブレーキになるようなことを考える必要ないやん、って。

☆

もちろん、無茶や無謀はあかん。

人生を賭けた博打をしようってわけでもない。

闇雲に、

「俺なら絶対成功する!」

とか叫ぶのも違う(笑)。

そうじゃなくて、

“欲しいと思うものを、素直に、ちゃんと獲りに行く!”

こういう意識を、もう少し強く持ってもいいんちゃうか、と。

そういう意味。

ブログはビジネスとして成立させる。

自分の文章で収入を得る。

好きを仕事にする。

時間的自由を手にいれる。

乗りたい車に乗る(笑)。

ならば?

「まぁ、時間はかかってもいいけど・・・」

とか、

「最初は読まれんでもええけど・・・」

とか、自分の欲に、いちいち付け足さんでいい。

欲しいなら、

「欲しい!」

でええやん、とね。

☆

基礎的なビジネスマインドとビジネススキルの習得。

パフォーマンスを最大化する健康体の増進。

ブログ執筆を生活に組み込む習慣化。

「自分とは何者か?」を突き詰めた自己理解と自己受容。

下準備は整った。

次は、“結果に対する意識の強化”。

もっと純粋に、貪欲に。

これからは、スピード感とかスケール感を強く持っていい時期やと思う。

☆

と、ここまで考えて、新たに浮かんだ、まっつんスタイル的問い。

「こういう発想って、仏教的にはどうなんやろ?(笑)」

仏教っていうとやっぱり、

「欲を捨てる」

みたいなイメージがある。

執着しない。

足るを知る。

競わない。

穏やかに生きる。

そう考えると、

「欲しい人生を獲りに行く!」

なんていうのは、なんだか真逆に見える。

ギラギラしてて、なんか仏教っぽくない。

テストステロンがすごい。

野心、競争、リスク、結果、行動・・・。

なんか自己啓発界のテンプレ(笑)。

でも、タチコマ(ChatGPT)とそんな話をしてたら、

「いや、この2つ、意外と矛盾せずに並立すんちゃう?」

って思えてきてさ。

☆

というわけで、仏教的視点を3つほど。

まず、

「欲しい」と「執着する」は、同じじゃない。

たとえば、

「ブログをビジネスとして確立させたい」

って思う。

うん、別にええのよ(笑)。

仏教はそういうことをいちいち否定しない。

でも、

「ブログで成功せんと、俺の人生に価値はない・・・」

ってなると、ちょっと話が変わる。

「好きな車に乗りたい」

これもいい。

でも、

「乗りたい車にも乗れんとか、なんか惨め・・・」

ってなったら苦しい。

つまり、

「〇〇が欲しい」

と、

「〇〇がない俺はダメ」

は違うってこと。

わかるかね?

そう考えると、一ついい感じのフレーズが浮かぶ。

「絶対に成功しなければならない!」

じゃなくて、

「絶対に成功するつもりでやる!」

これでどう?

似てるようで、全然違うよね。

☆

タチコマは、「弓」に例えてた。

これがなかなかおもしろい。

獲物を探す。

風を読む。

狙いを定める。

弓を構える。

思いっきり引き絞る。

放つ。

ここまでは、

全力でやればいい。

「結果に執着したらあかんから、弓は軽め引いとこ・・・」

じゃない(笑)。

「いやいや、そこは全力で引け!」

なのよ。

ただし、

“矢が手を離れた後まで、自分が支配できるわけじゃない”

そのことは、しっかりとわきまえとく。

いきなり、風が吹くかもしれん。

獲物が動くかもしれん。

単純に狙いが悪いかもしれん。

外れることなんか、普通にある。

そこで、

「俺はこんなに頑張ったんやから、当たるべき!」

とか、そんな怒り方してもしゃーない(笑)。

外れたら、

「あ、外れた(笑)」

以上。

これでいい。

で、「なんで外れたん?」を考える。

風を見る。

フォームを直す。

そんで、

もう一本つがえて、また放つ。

☆

でこれ、ブログも同じ。

いいと思う記事を書く。

タイトルを考える。

SEOを意識する。

読みやすくする。

内部リンクを整える。

自分の経験をちゃんと入れる。

時には、もう半歩踏み込んで書く。

できることは全部やる。

結果は全力で獲りに行く!

でも、

“読者がどう反応するかまでは支配できない”

と知る。

めちゃくちゃ読まれるかもしれん。

まったく読まれんかもしれん。

自信作が無風で、適当に書いた記事が跳ねるかもしれん(笑)。

そこは、わからん。

なら、

全力で狙う。

でも結果は握り締めない。

これくらいのスタンスが、実はちょうどよかったりする。

テストステロン的精神と、仏教的世界観。

実は矛盾しない。

☆

2つ目。

仏教には、

「諸行無常」

っていう有名な言葉がある。

「すべては移り変わる」

「ずっと同じ状態のものは存在しない」

これも一見すると、

「どうせ全部なくなるんやから、欲張ってもしゃーない」

って話にも聞こえる。

でもこれも、むしろ逆なんちゃうかと、最近は思う。

会社だって永遠じゃない。

健康だって永遠じゃない。

人間関係だって変わる。

Googleだって変わる(笑)。

そしてなにより、自分自身、いつか死ぬ。

だとするなら?

「やりたいことは、今やった方がよくね?」

ってならん?

「どうせ変わるから諦めよう」

じゃなくて、

「どうせ変わるんやから、今やっとこう!」

って。

“諸行無常やから、今やる”

こう考えると、仏教って意外と攻めてるんよね(笑)。

☆

さらにおもしろいのが3つ目、

「無我」

人間って、失敗を怖がる時、「自分」が、ものごっつい立ち上がってくる。

「失敗したらどう思われる?」

「笑われるんちゃう?」

「ごっつ恥ずかしない?」

「ええ歳こいて何やってんのって思われんちゃう?」

「こんな頑張ったのに結果が出んかったら?・・・」

俺。

俺。

俺。

俺がどう見られるか(笑)。

じゃあ逆に、この「俺」が薄くなったら?

失敗した?

「あ〜あ、失敗した」

ブログ記事、読まれんかった?

「じゃあ直そ」

笑われた?

「まぁええか」

はい次。

「俺」が薄まったら、なんか、ものごっつ軽い(笑)。

☆

そう、人ってたぶん、

「自我を守らなくてよくなるほど、より大胆になれる」

んよね。

これはホンマおもろいとこ。

仏教的な人っていうと、

静かで、

控えめで、

慌てず、

欲しがらず、

ひたすらお経を読んでるみたいなイメージ?(笑)。

でもホンマは、逆も大いにあり得る。

「失敗して傷つく俺」を守らなくていい人ほど、思い切って行動できる。

欲しいものに自然と手を伸ばせる。

失敗したら、またやればいいだけ。

そう考えたら、「無我」もまた、テストステロン系に近いと言えなくもない(笑)。

☆

さらにこれって、

「自己受容」

にも繋がる気がしてる。

これまで自分は、

「慌てんでいい」

「そのままでいい」

「相応でいい」

そんな言葉を大切にしてきた。

弱いところもある。

怖がりでもある。

失敗もする。

完璧じゃない。

でもまぁ、

「それでもええやん」

って、この感覚。

ただ、

「そのままでいい」

って、

「だから、そのまま何もせんでいい」

っていう意味じゃないよね?

むしろ、

「この俺で大丈夫!だからもっと強気で行っとこう!」

でもいい。

自分をマルっと認められるから、挑戦できる。

失敗しても、自分の価値がゼロになるわけじゃないと分かっているから、大きく踏み出せる。

「自己受容」って、自分を守るための盾でもあるけど、同時に、攻めるための矛でもある、ってね。

☆

というわけで、これからのまっつんスタイル。

もう少し欲張ってみようと思う。

「結果が出んかった時のために、先回りして予防線を張ってた?」

我ながらすげーとこに気づいたよね(笑)。

で、気づいたから、もうやめる。

ダメやった時のことは、ダメやった時に考えればいい。

欲しいものは素直に「欲しい」って言う。

行きたいところには、躊躇なく行く。

結果は、逃げずにちゃんと獲りに行く。

そのための努力も工夫も惜しまない。

でも、結果が出んかったからって、自分や世界を呪わない(笑)。

また考えて、

修正して、

矢をつがえて、

放つ。

目指すのは、

“ギラギラしてるけど、焦ってない男”。

“テストステロン出まくりの仏教徒”。

なんじゃそりゃ?(笑)

でも、なんかいい感じ。

行動は熱い。

心は静か。

淡々と、獲りに行く。

黙々と、改善する。

粛々と、欲しい人生へ進む。

なんかテストステロンとZENって、意外なほど仲良くやっていけそう。

仏像みたいな顔をして座ってるだけが、ZENじゃない。

静かな心で獲物を追ってる狩人も、たぶんかなりZEN(笑)。


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