執着はしないが、結果は獲りに行く 〜テストステロンとZENを両立させて欲張る〜


ガチでブログを書き始めて数ヶ月。

いろいろと心境の変化を経験してきたけど、こないだ思ったのが、

「もっと“攻める”っていう意識を持ってもええんちゃう?」

ってこと。

「ビジネスとして、もっと意識的に結果を獲りに行け!」

って意味ね。

まっつんスタイル、30代後半で離婚(笑)。

で、40歳あたりからもう一度、自分の人生を大真面目に見直してきた。

そして、体を鍛え始めて、健康について勉強して、モテについて考えて(笑)。

副業を学んで、仕事を変えて、住む場所まで変えた。

その過程で、自分という人間についても、それはもう深く深く考えた。

何が好きなのか?

何が苦手なのか?

何を怖がってるのか?

どういうライフスタイルが心地いいのか?

そうした過程を経ることで、以前よりかなり、

「まぁまぁ、このまんまの自分でええんやな」

と、そんなふうに思えるようにもなった。

自己受容が進んで、心が軽くなったような感じ。

これまでに経験したことがないほどの変化。

でも、そんなタイミングで、

「でもちょっと待てよ」

と。

これまでは自分に、

「焦らんでいい」

「じっくり時間をかければいい」

「別に大成功する必要はない」

「ダメならダメで、その時考えればいい」

そんな言葉を、よく言い聞かせてきた。

そのこと自体は、今でも間違ってるとは思わない。

むしろ、こういう考え方には相当助けられてきた。

自分を必要以上に追い詰めて、身動きが取れなくなる。

そんな人生が、あまりに長く続いてきたから。

でも、ここへきて、もしかして、

「ちょっと保険かけすぎてない?」

とも思ったのよね(笑)。

特にブログについては、

「結果が出るまで時間はかかってもいい」

「最初は全く読まれなくてもいい」

「少しずつ読者が増えていけばいい」

みたいなことを、よく考えてきた。

いや、実際そうなんやと思う。

ブログなんて、公開したからってすぐ読まれる保証とかない。

でも、心の深いところに“微かに残る本音”に気づいちゃったのよね。

「これ、“閑古鳥”やった時に、傷つかないための予防線にもなってない?」

って(笑)。

「いやいや、最初から期待してへんかったから・・・」

「どうせ時間がかかるって思っとったし・・・」

「そんな全力で書いたわけちゃうし・・・」

そう言い訳できるように、無意識に逃げ道を作ってる、みたいな?

だとしたらこれ、我ながら本心と違う。

「読まれたい」

「数字は欲しい」

「ビジネスとして成立させたい」

このへんが本音なんやから、小さく言い直したり、行動のブレーキになるようなことを考える必要ないやん、って。

もちろん、無茶や無謀はあかん。

人生を賭けた博打をしようってわけでもない。

闇雲に、

「俺なら絶対成功する!」

とか叫ぶのも違う(笑)。

そうじゃなくて、

“欲しいと思うものを、素直に、ちゃんと獲りに行く!”

こういう意識を、もう少し強く持ってもいいんちゃうか、と。

そういう意味。

ブログはビジネスとして成立させる。

自分の文章で収入を得る。

好きを仕事にする。

時間的自由を手にいれる。

乗りたい車に乗る(笑)。

ならば?

「まぁ、時間はかかってもいいけど・・・」

とか、

「最初は読まれんでもええけど・・・」

とか、自分の欲に、いちいち付け足さんでいい。

欲しいなら、

「欲しい!」

でええやん、とね。

基礎的なビジネスマインドとビジネススキルの習得。

パフォーマンスを最大化する健康体の増進。

ブログ執筆を生活に組み込む習慣化。

「自分とは何者か?」を突き詰めた自己理解と自己受容。

下準備は整った。

次は、“結果に対する意識の強化”。

もっと純粋に、貪欲に。

これからは、スピード感とかスケール感を強く持っていい時期やと思う。

と、ここまで考えて、新たに浮かんだ、まっつんスタイル的問い。

「こういう発想って、仏教的にはどうなんやろ?(笑)」

仏教っていうとやっぱり、

「欲を捨てる」

みたいなイメージがある。

執着しない。

足るを知る。

競わない。

穏やかに生きる。

そう考えると、

「欲しい人生を獲りに行く!」

なんていうのは、なんだか真逆に見える。

ギラギラしてて、なんか仏教っぽくない。

テストステロンがすごい。

野心、競争、リスク、結果、行動・・・。

なんか自己啓発界のテンプレ(笑)。

でも、タチコマ(ChatGPT)とそんな話をしてたら、

「いや、この2つ、意外と矛盾せずに並立すんちゃう?」

って思えてきてさ。

というわけで、仏教的視点を3つほど。

まず、

「欲しい」と「執着する」は、同じじゃない。

たとえば、

「ブログをビジネスとして確立させたい」

って思う。

うん、別にええのよ(笑)。

仏教はそういうことをいちいち否定しない。

でも、

「ブログで成功せんと、俺の人生に価値はない・・・」

ってなると、ちょっと話が変わる。

「好きな車に乗りたい」

これもいい。

でも、

「乗りたい車にも乗れんとか、なんか惨め・・・」

ってなったら苦しい。

つまり、

「〇〇が欲しい」

と、

「〇〇がない俺はダメ」

は違うってこと。

わかるかね?

そう考えると、一ついい感じのフレーズが浮かぶ。

「絶対に成功しなければならない!」

じゃなくて、

「絶対に成功するつもりでやる!」

これでどう?

似てるようで、全然違うよね。

タチコマは、「弓」に例えてた。

これがなかなかおもしろい。

獲物を探す。

風を読む。

狙いを定める。

弓を構える。

思いっきり引き絞る。

放つ。

ここまでは、

全力でやればいい。

「結果に執着したらあかんから、弓は軽め引いとこ・・・」

じゃない(笑)。

「いやいや、そこは全力で引け!」

なのよ。

ただし、

“矢が手を離れた後まで、自分が支配できるわけじゃない”

そのことは、しっかりとわきまえとく。

いきなり、風が吹くかもしれん。

獲物が動くかもしれん。

単純に狙いが悪いかもしれん。

外れることなんか、普通にある。

そこで、

「俺はこんなに頑張ったんやから、当たるべき!」

とか、そんな怒り方してもしゃーない(笑)。

外れたら、

「あ、外れた(笑)」

以上。

これでいい。

で、「なんで外れたん?」を考える。

風を見る。

フォームを直す。

そんで、

もう一本つがえて、また放つ。

でこれ、ブログも同じ。

いいと思う記事を書く。

タイトルを考える。

SEOを意識する。

読みやすくする。

内部リンクを整える。

自分の経験をちゃんと入れる。

時には、もう半歩踏み込んで書く。

できることは全部やる。

結果は全力で獲りに行く!

でも、

“読者がどう反応するかまでは支配できない”

と知る。

めちゃくちゃ読まれるかもしれん。

まったく読まれんかもしれん。

自信作が無風で、適当に書いた記事が跳ねるかもしれん(笑)。

そこは、わからん。

なら、

全力で狙う。

でも結果は握り締めない。

これくらいのスタンスが、実はちょうどよかったりする。

テストステロン的精神と、仏教的世界観。

実は矛盾しない。

2つ目。

仏教には、

「諸行無常」

っていう有名な言葉がある。

「すべては移り変わる」

「ずっと同じ状態のものは存在しない」

これも一見すると、

「どうせ全部なくなるんやから、欲張ってもしゃーない」

って話にも聞こえる。

でもこれも、むしろ逆なんちゃうかと、最近は思う。

会社だって永遠じゃない。

健康だって永遠じゃない。

人間関係だって変わる。

Googleだって変わる(笑)。

そしてなにより、自分自身、いつか死ぬ。

だとするなら?

「やりたいことは、今やった方がよくね?」

ってならん?

「どうせ変わるから諦めよう」

じゃなくて、

「どうせ変わるんやから、今やっとこう!」

って。

諸行無常やから、今やる”

こう考えると、仏教って意外と攻めてるんよね(笑)。

さらにおもしろいのが3つ目、

「無我」

人間って、失敗を怖がる時、「自分」が、ものごっつい立ち上がってくる。

「失敗したらどう思われる?」

「笑われるんちゃう?」

「ごっつ恥ずかしない?」

「ええ歳こいて何やってんのって思われんちゃう?」

「こんな頑張ったのに結果が出んかったら?・・・」

俺。

俺。

俺。

俺がどう見られるか(笑)。

じゃあ逆に、この「俺」が薄くなったら?

失敗した?

「あ〜あ、失敗した」

ブログ記事、読まれんかった?

「じゃあ直そ」

笑われた?

「まぁええか」

はい次。

「俺」が薄まったら、なんか、ものごっつ軽い(笑)。

そう、人ってたぶん、

「自我を守らなくてよくなるほど、より大胆になれる

んよね。

これはホンマおもろいとこ。

仏教的な人っていうと、

静かで、

控えめで、

慌てず、

欲しがらず、

ひたすらお経を読んでるみたいなイメージ?(笑)。

でもホンマは、逆も大いにあり得る。

「失敗して傷つく俺」を守らなくていい人ほど、思い切って行動できる。

欲しいものに自然と手を伸ばせる。

失敗したら、またやればいいだけ。

そう考えたら、「無我」もまた、テストステロン系に近いと言えなくもない(笑)。

さらにこれって、

「自己受容」

にも繋がる気がしてる。

これまで自分は、

「慌てんでいい」

「そのままでいい」

「相応でいい」

そんな言葉を大切にしてきた。

弱いところもある。

怖がりでもある。

失敗もする。

完璧じゃない。

でもまぁ、

「それでもええやん」

って、この感覚。

ただ、

「そのままでいい」

って、

「だから、そのまま何もせんでいい」

っていう意味じゃないよね?

むしろ、

「この俺で大丈夫!だからもっと強気で行っとこう!」

でもいい。

自分をマルっと認められるから、挑戦できる。

失敗しても、自分の価値がゼロになるわけじゃないと分かっているから、大きく踏み出せる。

「自己受容」って、自分を守るための盾でもあるけど、同時に、攻めるための矛でもある、ってね。

というわけで、これからのまっつんスタイル。

もう少し欲張ってみようと思う。

「結果が出んかった時のために、先回りして予防線を張ってた?」

我ながらすげーとこに気づいたよね(笑)。

で、気づいたから、もうやめる。

ダメやった時のことは、ダメやった時に考えればいい。

欲しいものは素直に「欲しい」って言う。

行きたいところには、躊躇なく行く。

結果は、逃げずにちゃんと獲りに行く。

そのための努力も工夫も惜しまない。

でも、結果が出んかったからって、自分や世界を呪わない(笑)。

また考えて、

修正して、

矢をつがえて、

放つ。

目指すのは、

“ギラギラしてるけど、焦ってない男”。

テストステロン出まくりの仏教徒”。

なんじゃそりゃ?(笑)

でも、なんかいい感じ。

行動は熱い。

心は静か。

淡々と、獲りに行く。

黙々と、改善する。

粛々と、欲しい人生へ進む。

なんかテストステロンとZENって、意外なほど仲良くやっていけそう。

仏像みたいな顔をして座ってるだけが、ZENじゃない。

静かな心で獲物を追ってる狩人も、たぶんかなりZEN(笑)。


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