子供の頃の夢は、今の自分につながっている 〜「何になりたかった?」より「なぜなりたかった?」〜


「子供の頃、何になりたかった?」

聞かれて、今でも覚えてる夢が三つある。

警察官。

総理大臣。

考古学者。

・・・一貫性、ある?これ?(笑)

幼稚園とか小中学校の課題で書いた記憶があるのは、この三つ。

もう忘れてるだけで、他にもあったかもしれんけど。

でも今でも覚えているってことは、当時のまっつんスタイルなりに真剣やったんかな?

で、ちょっと無理やり考えてみた。

なんで、この三つやったんやろ?(笑)

☆

まず、警察官。

これは今考えると、かなり分かりやすい。

子供の頃から、

刑事ドラマ、

アクション映画、

ジャンプコミック、

ロボットアニメ、

RPG、

ってな具合に、とにかく、強くてかっこいい人が好きやった。

でも、単純にドンパチが好きやったっていうより、

悪いやつを倒す、

誰かを助ける、

大切な人を守る、

正しさを貫く、

命をかけて戦う。

そういう「強さ」に憧れてたんかな。

筋肉とか、格闘技とか、ヒーローになんとなく惹かれるのも、たぶんその延長。

そう考えると、まっつんスタイルは警察官になりたかったっていうより、

「誰かを守れる人間になりたかった」

そういうことやったんかもしれん。

こういうの、男の子なら、心当たりありそう。

☆

次に、総理大臣。

これはなかなか壮大(笑)。

自分のことながら、なんやったんやろ?

母親に真顔で言ってた記憶がある(笑)。

もちろん子供の頃のまっつんスタイルが、

「日本の財政再建をどうする?」

みたいなことを考えていたわけじゃない(笑)。

当時の総理大臣のイメージなんて、

なんか偉い人、

大勢の人の前で話す人、

いろいろ決める人、

とか、そんな程度のもんやったと思う。

でも、そこにも惹かれる何かがあったんやろう。

人の前に立ちたい?

何か大きなことをしたい?

自分の存在で、周りに何か影響を与えたい?

今の言葉にすれば、そんな感じなんかな。

てことは、総理大臣っていう仕事そのものというより、

「何か大きなことを成し遂げたい!」

的な感覚に憧れていたんかもしれん。

☆

そして、考古学者。

これもまたちょっと毛色が違う。

遺跡。

昔の人間。

古代文明。

土の中から出てくる何か。

失われたもの。

知らなかった世界・・・。

なにやら、ロマンがある(笑)。

「ここに何百年も何千年も前、本当に誰かが生きてたんや・・・」

みたいな感覚。

今でも、こういう話は好き。

歴史とか文化とか、昔の人が何を考えて、どう生きていたのか。

そういうものには惹かれる。

だから、考古学者については、

「知らない世界を知りたかった」

そんなことやったんかもしれん。

☆

こうして並べてみると、

警察官。

総理大臣。

考古学者。

バラバラに見える三つの夢が、少しつながって・・・、見えなくもない?(笑)

守りたい。

何かを成し遂げたい。

知りたい。

もっと言えば、

強くありたい。

何かを残したい。

世界を知りたい。

そんな感じかな。

・・・あら?

意外と今と、あんま変わってない?(笑)

☆

ここで、ちょっと気づき。

子供の頃の夢って、

「職業」

として考えるより、

「その職業の何に惹かれたのか?」

って、抽象度を上げて考えた方がおもしろい。

子供は、自分の欲求をそんなに上手く言葉にできんもの。

「僕は他者を守ることで自己効力感を高めたいです」

とか言う幼稚園児、おったら怖い(笑)。

だから、

お巡りさん。

プロ野球選手。

ケーキ屋さん。

お花屋さん。

看護婦さん。

漫画家。

宇宙飛行士。

みたいな、自分が知ってる具体的な何かに置き換える。

でもそれを、大人になってから振り返ると、その奥に、

「強くなりたい」

「人を喜ばせたい」

「誰かを守りたい」

「何かを作りたい」

「知らない世界を知りたい」

みたいな、本当の欲求が隠れてたりする。

だから、

「何になりたかったか?」

より、

「なぜそれになりたかったか?」

こっちの方が、今の自分を知るヒントになっておもしろい気がする。

☆

考えてみれば、履歴書だけやと、まっつんスタイルの子供の頃の夢は、全部叶ってない(笑)。

警察官、なってない。

総理大臣、なってない。

考古学者?なにそれ?。

夢、全滅(笑)。

でも、さっきの文脈でいくと、ホンマにそう?

今でも、

ヒーローのように強くありたいと思う。

大切な人を守れる男でありたいと思う。

自分の考えを文章にして、誰かに届けたいと思う。

知らなかったことを知りたい。

歴史や文化も学びたい。

そう考えると、職業という形では叶ってなくても、

“少年の頃に持ってた願望は、今も普通に残ってる”

「形を変えて叶ってる」とまでは言わん。

でも、しつこいくらいに“残ってる”(笑)。

☆

さらに掘っていくと、その奥には、

「認められたい」

っていう気持ちもあったかな。

大切な人に、

「よくやったな」

って言ってもらいたい。

まっつんスタイルの場合は、母親に認めてもらいたい。

40過ぎて自分で言うのもキモいけど(笑)、まぁ絶対あったと思う。

ただ、人の動機なんて一つじゃないからさ。

守りたい。

強くなりたい。

知りたい。

認められたい。

全部混ざって、

一人の人間になっていくんもんなんやろう。

☆

だから、人生の方向が分からんくなったとき、

「これから何になればいい?」

だけじゃなくて、

「そういえば昔は、何になりたかったんやろう?」

って考えてみるのがおもしろい気がする。

あともう一つ。

「なぜ、それになりたかったんやろう?」

まで掘る。

そこには、今の自分が大切にしてる価値観が、思っている以上にそのまま残ってるかもしれんから。

子供の頃の夢を、そのまま叶える必要ってない。

今さら総理大臣を目指さんくてもいい(笑)。

でも、その夢の奥にあったものは、“今の人生のコンパス”になる可能性がある。

☆

「子供の頃、何になりたかった?」

サッカー選手?

ミュージシャン?

学校の先生?

電車の運転士?

大工さん?

それともヒーロー?

「で?なんでそれになりたかった?」

職業名だけじゃなく、その奥にあった気持ちを思い出してみる。

もしかしたら、今の自分と、意外なくほど綺麗につながってるかもしれん。

☆

子供の頃の夢は、職業という形じゃなくても、

“価値観として、今の自分の中に残ってる”。

警察官。

総理大臣。

考古学者。

ずいぶん無節操な夢。

でも今見ると、不思議なくらい一本につながって、見えなくもない(笑)。

子供の頃の自分って、今の自分が思っているより、ちゃんと自分のことを知ってたんかもしれんね☆


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