子供の頃の夢は、今の自分につながっている 〜「何になりたかった?」より「なぜなりたかった?」〜


「子供の頃、何になりたかった?」

聞かれて、今でも覚えてる夢が三つある。

警察官。

総理大臣。

考古学者。

・・・一貫性、ある?これ?(笑)

幼稚園とか小中学校の課題で書いた記憶があるのは、この三つ。

もう忘れてるだけで、他にもあったかもしれんけど。

でも今でも覚えているってことは、当時のまっつんスタイルなりに真剣やったんかな?

で、ちょっと無理やり考えてみた。

なんで、この三つやったんやろ?(笑)

まず、警察官。

これは今考えると、かなり分かりやすい。

子供の頃から、

刑事ドラマ、

アクション映画、

ジャンプコミック、

ロボットアニメ、

RPG、

ってな具合に、とにかく、強くてかっこいい人が好きやった。

でも、単純にドンパチが好きやったっていうより、

悪いやつを倒す、

誰かを助ける、

大切な人を守る、

正しさを貫く、

命をかけて戦う。

そういう「強さ」に憧れてたんかな。

筋肉とか、格闘技とか、ヒーローになんとなく惹かれるのも、たぶんその延長。

そう考えると、まっつんスタイルは警察官になりたかったっていうより、

「誰かを守れる人間になりたかった」

そういうことやったんかもしれん。

こういうの、男の子なら、心当たりありそう。

次に、総理大臣。

これはなかなか壮大(笑)。

自分のことながら、なんやったんやろ?

母親に真顔で言ってた記憶がある(笑)。

もちろん子供の頃のまっつんスタイルが、

「日本の財政再建をどうする?」

みたいなことを考えていたわけじゃない(笑)。

当時の総理大臣のイメージなんて、

なんか偉い人、

大勢の人の前で話す人、

いろいろ決める人、

とか、そんな程度のもんやったと思う。

でも、そこにも惹かれる何かがあったんやろう。

人の前に立ちたい?

何か大きなことをしたい?

自分の存在で、周りに何か影響を与えたい?

今の言葉にすれば、そんな感じなんかな。

てことは、総理大臣っていう仕事そのものというより、

「何か大きなことを成し遂げたい!」

的な感覚に憧れていたんかもしれん。

そして、考古学者。

これもまたちょっと毛色が違う。

遺跡。

昔の人間。

古代文明。

土の中から出てくる何か。

失われたもの。

知らなかった世界・・・。

なにやら、ロマンがある(笑)。

「ここに何百年も何千年も前、本当に誰かが生きてたんや・・・」

みたいな感覚。

今でも、こういう話は好き。

歴史とか文化とか、昔の人が何を考えて、どう生きていたのか。

そういうものには惹かれる。

だから、考古学者については、

「知らない世界を知りたかった」

そんなことやったんかもしれん。

こうして並べてみると、

警察官。

総理大臣。

考古学者。

バラバラに見える三つの夢が、少しつながって・・・、見えなくもない?(笑)

守りたい。

何かを成し遂げたい。

知りたい。

もっと言えば、

強くありたい。

何かを残したい。

世界を知りたい。

そんな感じかな。

・・・あら?

意外と今と、あんま変わってない?(笑)

ここで、ちょっと気づき。

子供の頃の夢って、

「職業」

として考えるより、

「その職業の何に惹かれたのか?」

って、抽象度を上げて考えた方がおもしろい。

子供は、自分の欲求をそんなに上手く言葉にできんもの。

「僕は他者を守ることで自己効力感を高めたいです」

とか言う幼稚園児、おったら怖い(笑)。

だから、

お巡りさん。

プロ野球選手。

ケーキ屋さん。

お花屋さん。

看護婦さん。

漫画家。

宇宙飛行士。

みたいな、自分が知ってる具体的な何かに置き換える。

でもそれを、大人になってから振り返ると、その奥に、

「強くなりたい」

「人を喜ばせたい」

「誰かを守りたい」

「何かを作りたい」

「知らない世界を知りたい」

みたいな、本当の欲求が隠れてたりする。

だから、

「何になりたかったか?」

より、

「なぜそれになりたかったか?」

こっちの方が、今の自分を知るヒントになっておもしろい気がする。

考えてみれば、履歴書だけやと、まっつんスタイルの子供の頃の夢は、全部叶ってない(笑)。

警察官、なってない。

総理大臣、なってない。

考古学者?なにそれ?。

夢、全滅(笑)。

でも、さっきの文脈でいくと、ホンマにそう?

今でも、

ヒーローのように強くありたいと思う。

大切な人を守れる男でありたいと思う。

自分の考えを文章にして、誰かに届けたいと思う。

知らなかったことを知りたい。

歴史や文化も学びたい。

そう考えると、職業という形では叶ってなくても、

“少年の頃に持ってた願望は、今も普通に残ってる”

「形を変えて叶ってる」とまでは言わん。

でも、しつこいくらいに“残ってる”(笑)。

さらに掘っていくと、その奥には、

「認められたい」

っていう気持ちもあったかな。

大切な人に、

「よくやったな」

って言ってもらいたい。

まっつんスタイルの場合は、母親に認めてもらいたい。

40過ぎて自分で言うのもキモいけど(笑)、まぁ絶対あったと思う。

ただ、人の動機なんて一つじゃないからさ。

守りたい。

強くなりたい。

知りたい。

認められたい。

全部混ざって、

一人の人間になっていくんもんなんやろう。

だから、人生の方向が分からんくなったとき、

「これから何になればいい?」

だけじゃなくて、

「そういえば昔は、何になりたかったんやろう?」

って考えてみるのがおもしろい気がする。

あともう一つ。

「なぜ、それになりたかったんやろう?」

まで掘る。

そこには、今の自分が大切にしてる価値観が、思っている以上にそのまま残ってるかもしれんから。

子供の頃の夢を、そのまま叶える必要ってない。

今さら総理大臣を目指さんくてもいい(笑)。

でも、その夢の奥にあったものは、“今の人生のコンパス”になる可能性がある。

「子供の頃、何になりたかった?」

サッカー選手?

ミュージシャン?

学校の先生?

電車の運転士?

大工さん?

それともヒーロー?

「で?なんでそれになりたかった?」

職業名だけじゃなく、その奥にあった気持ちを思い出してみる。

もしかしたら、今の自分と、意外なくほど綺麗につながってるかもしれん。

子供の頃の夢は、職業という形じゃなくても、

“価値観として、今の自分の中に残ってる”。

警察官。

総理大臣。

考古学者。

ずいぶん無節操な夢。

でも今見ると、不思議なくらい一本につながって、見えなくもない(笑)。

子供の頃の自分って、今の自分が思っているより、ちゃんと自分のことを知ってたんかもしれんね☆


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