文章を読んでるようで、人を読んでる 〜心に残る文章の正体〜


「心に残る文章って、どんなんやろ?」

そんなことを考えてみた。

本を読んでても、

漫画を読んでても、

ブログを読んでても、

「この文章、なんか好き」

って思うことがある。

でも逆に、ものすごく上手に書かれてるのに、読み終わったら何も残ってない文章もある(笑)。

この違い、はて、なんなんやろ?

☆

もちろん、基本的な文章力は大事やと思う。

読みやすさ(文法、語尾、改行、長さなど)。

構成。

ユーモア。

比喩。

擬音。

感情表現。

リズム。

そういう技術って、きっとある。

でも、それだけじゃ説明しきれんのもたしか。

☆

そんなことをタチコマと喋ってみた。

「本音がにじんでる文章は、人の心に残りやすいのかもよ」

「余白のある文章は、読者が自分で考えられるよね」

「リズムのいい文章は、耳にも心にも残りやすいと思う」

うん、どれも納得できる。

☆

そんな中、まっつんスタイルが考えたのが、たぶん人は、

「文章を読んでるようで、人を読んでる?」

ってこと。

同じ出来事を書いても、人によって全然違う文章になる。

同じ「悲しかった」でも、その人がどんな人生を歩いてきたかで、表現も言葉選びも、重みも空気も変わる。

つまり文章って、“その人自身”。

で、俺らは“そこ”に「心に残る文章」を見る。

☆

文章って不思議よね。

別に出そうとしなくても、どうしたって性格や生き様が出る。

優しさも。

頑固さも。

弱さも。

ユーモアも。

照れ屋なところも。

全部、少しずつにじみ出る。

フッと香る香水みたいに、その人の空気が文章に移る。

☆

だから、「心に残る文章を書こう」なんて思うのは、たぶん野暮(笑)。

それよりも、「ちゃんと生きよう」って考える方が健やか。

たくさん本を読む。

いろんな景色を見る。

美味しいものを食べる。

人と話す。

なんでも試して失敗する。

思いっきり笑う。

嫉妬して落ち込む(笑)。

そういう時間が、回り回って「心に残る文章」になるんちゃうかなと。

文章を書くことは、文章の練習。

でも、それ以上に人生を味わう練習なんかもしれん。

☆

「心に残る文章?」

これからもブログを書き続けてたら、また違う解釈が見えてくるやろう。

もっと本を読んだりしたら、思わぬ発見がある、なんてこともありそう。

実は、文章の技術だけで説明できたりするかもしれん。

「結局、構成が一番大事でした」とか(笑)。

まぁでも、今のところは、

「人の心に残る文章って、文章そのものよりも、“人が残る”文章なんちゃうかな」

って。

そんなふうに考えとくことにする☆


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