人生は根性より状態づくり ~クリエイティブと“今、ここ”の関係~


今日は、頭の中でいろんな情報が勝手につながる感覚の話。


散歩してるとき、

運転してるとき、

スタバでぼーっとしてるとき、

タチコマとしゃべってるとき。

「あれ?これ記事になるんちゃう?」

が、やたら出てくる(笑)。

関東平野の鉄塔を見て、縁起と生命力の話になる。

スタバの年配夫婦を見て、情報社会と観察の話になる。

永平寺に行って、祈りと俗世の間(あわい)の話になる。

昔は、鉄塔を見ても鉄塔。

今は鉄塔を見ると記事になる。

なんかもう、なんでもネタ状態(笑)。


でもこれ、

「どうだ、すごいだろう!」

って言いたんじゃない(笑)。

あ、いや、もしかしたら才能なんかもしれん。

そう言われると、ちょっとうれしい(笑)。

でもそれ以上に、

「人には、自分の能力が出やすい“状態”がある」

そういうことを、今回は言いたいのね。

人って、いつでもどこでも、同じ能力を発揮できるわけじゃない。

睡眠不足。

いらんもん食べすぎ。

運動不足。

情報の入れすぎ。

不安。

焦り。

過去への後悔。

未来への心配。

そういう状態やと、どんだけ才能があっても、なかなかうまく発揮されんもの。

逆に、心身が整ってる時は、勝手に冴える(笑)。

ブログなら、

言葉が出る、

アイデアがつながる、

行動も軽くなる。

こういうのってつまり、

“能力がないんじゃなくて、能力が出る状態に入っていないだけ”。

実際こういうことって、案外多いんちゃうかなと思うよね。

まっつんスタイルの場合、わりとはっきりしてる。

栄養がしっかり摂れてること。

ストレスが少ないこと。

よく寝ていること。

胃腸が軽いこと。

散歩してること。

ドライブしてること。

定期的に、アートやエンタメに触れること。

禅や仏教の知識を更新してること。

あとは、タチコマと駄弁ってること(笑)。

このあたりが揃うと、我ながら強い。

常に「なんかネタないかモード」で世界を眺めていられる。

前半は健康面なんで、誰でもそう(あとで書く)(笑)。

後半はまっつんスタイル。


頭の中で、雑多な情報のつながったり離れたりが軽い。

過去の経験。

読んだ本。

観た映画。

仏教の言葉。

健康習慣。

モテテク(笑)。

田舎農家時代の感覚。

そういうものが勝手に混ざる。

で、ふとした瞬間に、

「あら!いいですね!」

が来る(笑)。

記事ネタの、オチまでの構成が降りてくる。

けっこう気持ちいい瞬間。

これ、もう少し言語化しとく。

こういうクリエイティブな状態に入る上で大事なのは、

“今、ここ”

なんじゃないかと思うんよね。

過去に飛びすぎると、後悔になる。

未来に飛びすぎると、不安になる。

比較に飛ぶと、焦りになる。

評価に飛ぶと、手が止まる。

つまり、意識が「今」から離れると、能力って鈍る。

文章も書けない。

ネタも出ない。

体も重くなる。

逆に、“今ここ”に戻ると、少しずつ流れも戻る。

今、自分は何をしてるのか言葉にする。

深い呼吸を意識する。

コーヒーの香りを感じる。

目の前の画面を見る。

キーボードに触れる。

すると、

「はい、今に戻った」

ってなる(笑)。

クリエイティブ思考は、すなわち“今思考”。

とはいえ、ずっと「今ここにいる」とか、さすがに無理。

そんなことができたら苦労せん(笑)。

人間の意識は、嫌でも、過去にも未来にも飛ぶ。

ここで大事なのは、飛ばないことじゃない。

“飛んだことに気づくこと”。

「あ、今、未来の不安に飛んでたな」

「あ、過去の後悔をいじってたな」

「あ、誰かの評価を気にしたな」

そう気づいた瞬間、もう少し、今に戻ってる。

“気づくことそのものが、今に戻ること”。

これ、かなり禅っぽくもある。

ここで知っとくといいのが、いわゆる「グラウンディング」やね。

難しいことじゃない。

さっきの“気づき”の汎用。

身体感覚に戻る。

五感に戻る。

呼吸に戻る。

今、自分が何を感じているかを“観る”。

たとえば、

足裏の触感。

背中の張り。

肩の力み。

呼吸の位置。

腹の重さ。

頭のクリアさ。

体温感覚。

こういうものを、ちょっと観る。

それだけで意識って、今(グラウンド)に戻る。

過去や未来の妄想から、今ここにある身体へ。

これ、地味やけどね。

癖にまで昇華できたら、かなり効く。

あとまっつんスタイルの場合、

「快・不快センサー」

もかなり大事にしてるかな。

今ここにいる時は、気持ちいい。

身体が軽い。

呼吸が深い。

目の前のことに集中できる。

反対に、過去や未来に飛びすぎてる時は、どこか気持ち悪い。

体が重い。

無駄に眠い。

胸が詰まる。

思考がぐるぐるする・・・。

この違いを、体感として知っておく。

これだけでもかなり違う。

不快が出た時に、

「あぁ、ダメ」

じゃなくて、

「あぁ、今ちょっとズレてるな」

って他者視点で見られるようになる。

これが大きい。

ここで、多少強引にでも体を動かせれば尚よし。

あとは、やっぱ健康。

とにかくこれ。

これはもう、何回でも言いたい(笑)。


睡眠。

食事。

散歩。

筋トレ。

腸活。

断食。

冷水シャワー。

こういうものってもう、いつまでも元気でいましょう的な健康習慣じゃないんよね。

思考の土台。

創作の土台。

自己理解の土台。

人生を楽しむための土台。

身体が濁ってると、思考も濁る。

身体が重いと、心も重い。

逆に、身体が整うだけで、世界の見え方なんかガラッと変わる。

空がきれい。

音楽が沁みる。

コーヒーがうまい。

そんな他愛もないことから、

仕事もモテもうまくいく、

ストレスを感じにくくなる、

記事ネタが降ってくる(笑)。

だから健康は、創作に直結する。

少なくとも、まっつんスタイルにとっては、完全にそう。

才能って、もちろん、生まれ持ったもんもあるやろうと思う。

でも実は、才能そのものより、

“才能が十全に発揮される状態を知ってること”。

そのことの方が大事なんちゃうかなと。

プロ野球選手も、寝不足なら打てん。

将棋指しも、腹が減ればイライラする。

プロボクサーも、胃腸が終わってたら勝てん(笑)。

だから、

自分はどこで冴えるのか。

何をしてる時に言葉が出るのか。

どんな身体状態だとアイデアが湧くのか。

何を食べると重くなるのか。

どんな場所だと集中できるのか。

どんな人と話すと、自分が開くのか・・・。

こういうことを観察する。

それはもう、つぶさに(笑)。

そうして少しずつ、自分が覚醒しやすい環境を作っていく。

これって、むちゃくちゃ大事な自己理解なんちゃうかなと、改めて思うよね。

才能がない。

根性がない。

向いてない。

そう決めつける前に、

「今、自分はどんな状態なのか?」

これを見てみる。

「単に寝不足ちゃうん?」

「いらんもん食べすぎてない?」

「不安で未来に飛んでる?」

「過去の後悔に沈んでる?」

「身体の声を無視していない?」

「集中できん環境におらん?」


もしかすると、足りないのは才能じゃなくて、

“今に戻る力”

なのかもしれん。

最近のまっつんスタイルは、そんなことばっかり考えてる気がする(笑)。

バキバキに健康を整える。

仏教を学ぶ。

断食する。

散歩する。

車禅堂で走る(笑)。

タチコマと話す。

で、今ここに戻る。

すると、世界が勝手にネタになる。

人生が勝手に物語になる。

これは、なかなかに愉快痛快(笑)。


才能を有無を嘆く前に、自分が気持ちよく能力を発揮できる状態を知る。

まずはそこから始めてもいいのかもしれん。


人生は根性より、“状態づくり”。

創作もたぶん、同じやから☆


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