☆ はじめに|縁壱と無惨は「悟り」と「執着」の象徴?
止まらない『鬼滅』ブーム。
いや、世間の話じゃない。
まっつんスタイルの中の話(笑)。
というわけで、今日も『鬼滅』ネタ。
『鬼滅の刃』って、いろんな対立構造があるやんね。
鬼と人間。
炭治郎と無惨。
兄と弟。
愛情と憎悪。
どれも物語の核になっとる。
でも、まっつんスタイルが思うに、この作品の最大の対比は別にある。
それが、
継国縁壱と、鬼舞辻無惨。
この二人。
この二人の対比を、単なる「最強の剣士」と「ラスボス」で終わらせるのはもったいない。
もっと根っこの部分。
「この二人、人生との向き合い方が真逆」。
そんなふうに見るのがおもしろい。
仏教っぽく言えば、
縁壱は「無常を受け入れた男」。
無惨は「無常を拒絶した男」。
そんな対比にも見える。
・・・と、ここまでは割とよくある考察(笑)。
でも、ここは「まっつんスタイル」。
もうちょい踏み込んで、
「なんで俺らは、無惨を見るとあんなにイラつくん?(笑)」
っていう話をしてみたい。
☆ 縁壱──無常を受け入れた男
縁壱って、不思議なキャラやなぁと思う。
とにかく強い。
無惨が、人生最大のトラウマになるくらい強い(笑)。
でも不思議なことに、その強さにまったく執着してない。
名誉にも、勝利にも執着してない。
で、人生の中で、めちゃくちゃ色んなもんを失っとる。
母を亡くした。
兄と袂を分かった。
愛する妻と子を殺された。
鬼殺隊での居場所を失った。
おまけに、生涯かけて追った無惨を討つこともできなかった・・・。
普通なら狂いそう。
煩悩と執着で壊れてもおかしくない。
でも、縁壱は違った。
悲しみはある。
喪失もある。
涙も流す。
でも、人生そのものに“キレてない”。
ここがすごい。
「なぜ俺ばかり・・・」
「どうせ俺なんて・・・」
にならない。
そして彼は言う。
この世は、ありとあらゆるものが美しい
この世界に生まれ落ちることができただけで、幸福だと思う
もうズルい(笑)。
あんな過酷な人生送っといて、こんなセリフ、普通言えん。
だからたぶん縁壱って、強いというよりも、
人生を受け入れてる人
なんよね。
☆ 無惨──無常を拒絶した男
対して無惨。
こいつはもう、仏教でいう「我執」の権化(笑)。
死にたくない。
老いたくない。
弱くなるのイヤ。
変化するのイヤ。
上弦の伍の玉壺に言った、
私が嫌いなものは変化だ
っていうセリフ。
あれがもう全部を表しとる。
こんなむちゃくちゃでわがままなやつ、そりゃファンからも嫌われる(笑)。
でも、でも、冷静に考えたら、
若さを失いたくない、
健康を失いたくない、
お金を失いたくない、
恋人を失いたくない、
評価を失いたくない、
・・・って、あれ?
これって全部、人間やん(笑)。
そう、つまり無惨って、特別なバケモンじゃなくて、
俺らの中に普通にある執着を、極限まで肥大化させた存在
なんよね。
だから強い。
でもだから、苦しい。
どれだけ力を持っても安心できない。
どれだけ支配しても満たされない。
ずっと不安。
ずっとイライラ。
無惨って、人生にずっとキレとる(笑)。
☆ じゃあ、なんで俺らは無惨にイラつくん?
さて本題。
さっきも言った、無惨ってめちゃくちゃ嫌われとる。
『鬼滅』のファン投票でもトップクラスの不人気ぶり。
普通、少年漫画のラスボスって、人気あるもんやけどね(笑)。
考えてみたら不思議。
童磨みたいなサイコパスもおる。
猗窩座みたいなバトル狂もおる。
半天狗みたいなよう分からんおっさんもおる。
でも、無惨へのヘイトって、なんか別格。
なんでやろ?(笑)
ここで、まっつんスタイルは思う。
たぶん、
俺らの中にも無惨がおるから。
これ。
だから、なんか見てて腹立つ(笑)。
☆ 最近のまっつんスタイルの中の無惨
まぁ正直に言うまでもなく、まっつんスタイルの中にも無惨はおる。
普通に(笑)。
最近なら例えば、ライフワークになってる就活(笑)。
応募した。
結果待ち。
連絡こん。
すると?
「なんでやねん!」
「早よ返事せえや!」
「どう考えても俺やろ!」
ってなる。
「私が嫌いなものは遅いレスだ」。
って、無惨やん(笑)。
このブログもそう。
PV伸びろ。
収益出ろ。
褒められろ。
もっと、もっと、もっと〜!
これも無惨(笑)。
色恋もそうかな。
俺のこと、好きになって〜。
認めて〜。
わかって〜。
これもまた、しょぼい無惨。
もちろん人間やから当たり前。
欲があるのは自然。
問題は、
その欲に飲み込まれること。
飲み込まれて、それが「苦しみ」にまで変わってしまうこと。
ここ。
ここが問題なんよね。
それがわかってるから、無惨を見たらイラつく(笑)。
☆ 仏教は「執着の取り扱い説明書」
仏教では、苦しみは変化から生まれるんじゃなくて、
「変化への抵抗から生まれる」
って考える。
老いることが苦しいんじゃない。
「老いたくね〜」とか言い続けることが苦しい。
失敗が苦しいんじゃない。
「失敗したらあかん」って思うことが苦しい。
別れが苦しいんじゃない。
「別れとか、無理」って考えることが苦しい。
この視点で見ると、無惨って実は、めちゃくちゃ人間(笑)。
でもだからこそ、嫌い。
そして、だからこそ共感もしてしまう。
わかってしまうが故の、同族嫌悪・・・。
☆ じゃあ縁壱って何なん?
そして、ここで縁壱。
縁壱はじゃあ「完璧超人」かっていうと、そうじゃない。
むしろめちゃくちゃいろんなもん失っとる。
家族も。
居場所も。
使命も。
めっちゅ無くした。
ついでに、
家族の喪失と鬼殺隊の崩壊に責任を感じる。
救えなかった黒死牟に憐れみを向ける。
炭吉に愚痴り、炭吉の子を抱いて涙する・・・。
みたいな、やたら人間臭いエピソードもいろいろある。
でも、
人生に対する態度が、無惨とは全然違うのよね。
無惨が、
「なんで失うんや〜!イヤや〜!」
なら、縁壱は
「まぁ失うこともあるわなぁ」
なんよね。
この差。
だから縁壱は、いつでも静かで落ち着いてる。
余裕があって、自然体。
誰かを支配しようとか、しない。
なんか、めちゃくちゃモテそう(笑)。
これ、最近のまっつんスタイルで例えたらどうやろ?
就活の結果を待ちながら、散歩しとる。
返事は、まだ来とらん(笑)。
「(イライラそわそわ)」ってなるところ。
でも、応募の回数を重ねると、
「まぁまぁ、来る時は来るやろ」
とも思えるようになる。
思えるようになった(笑)。
これが少しだけ、“心静かな縁壱側”へ寄った瞬間なんかもしれんな。
とかそんな感じ?
モテエロZEN的に言えば、魅力って、
執着を握りしめるほど減っていくもの。
でも逆に、少しずつ、手放すほどに増えていくもの。
不思議やけど、きっとそう。
無惨が、「醜い人間の本性」なら、縁壱は、「その醜さと付き合うための態度」やね。
☆ まっつん流・縁壱と無惨との付き合い方
じゃあなんかうまいやり方、あるかね?
無惨を消す?
うん、無理(笑)。
だって、まっつんスタイルもモテたい。
元気でいたい。
ブログ伸ばしたい。
全部ある。
だから正確には、無惨を殺す必要はない。
ただ、
無惨が暴れ始めた時、そのことに気づく。
「あぁ、今日も無惨、おるなぁ」
「あぁ、今ちょっと無惨モードやなぁ」
って感じで(笑)。
またまた最近のまっつんスタイルなら、
ブログ記事、
就活、
借金返済、
恋人的なもの
全部欲しい(笑)。
でも、握りしめ過ぎると、ただただ苦しい。
だから最近はとにかく、
「今日やることをやる」に徹する。
一記事書く。
求人応募する。
散歩する。
寝る(笑)。
そして、
「あとはよろしくお願いします」
ってこんな感じ。
まぁなかなか縁壱みたいにはなれん。
でも、
昨日より少し、無惨を減らして、縁壱に近づけたら、それで十分
かなって。
そう思うようにしてる。
☆ 結び|人生は「無惨を手放す稽古」
俺らの中には、無惨もおれば縁壱もおる。
承認を求める無惨。
失敗を恐れる無惨。
若さにしがみつく無惨。
同時に、
流れを受け入れる縁壱。
変化を受け入れる縁壱。
今を生きる縁壱。
これもおる。
そう、だから人生って、無惨を滅殺するゲームじゃない。
たぶん、
無惨が騒ぎ始めた時に、少しだけ縁壱側へ戻る稽古
その繰り返し。
だから今日も、PVを気にし過ぎる無惨にイラつきながら(笑)、それでも一記事書く。
で、「あとはよろしくお願いします」って言って、縁壱的静けさに身を委ねて、ぐっすり眠る。
まぁとりあえず、今日もそんな感じで☆


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