最近は、夕方に40分だけ散歩するようにしてる。
まぁ体型維持と健康づくり。
今はちょっと、新生活構築の途中段階でさ。
なかなか筋トレをガッツリできないもんで。
あと単純に、今はちょうど、歩きやすい環境におるからってのもあるし、歩くの習慣にしたなとも思ってたし。
まぁそんな感じ。
で、今日も夕方、散歩してて、ふと気づいたよ。
自分の影が、めっちゃ長い(笑)。
いや、長いなんてもんじゃない。
異様に長い。
思わず、「長っ!」って、声が出た(笑)。
☆ 久喜という土地
今住んでいるのは、埼玉県は久喜市。
こんなん言っていいんかな?
まぁえっか(笑)。
で、久喜市って、関東平野のど真ん中なんよね。
平野のど真ん中やから、光を遮るものがない。
だから、夕方になっても、太陽が地平線ギリギリまで見える。
かなりにギリギリまで。
その結果、自分の影がどこまでも伸びる。
ちょっと怖いくらいに。
言ってること、わかるよね?(笑)
で、こんなことに、妙に感動しちゃってさ・・・。
☆ よく考えたら初めて見る光景
思ったのが、
「あれ?もしかして、こんな長い影、人生で初めて見たんちゃう?」
ってこと。
岡山で育った。
京都にも住んで、舞鶴には20年近くいた。
でも、どこも山があって、丘があって、夕日は途中で隠れてた。
だから、あんなに伸びた影を見た記憶がない。
そう、40代後半になって、初めて見る景色・・・。
いや〜人生、幾つになってもおもろいな、と(笑)。
☆ そして、空が広い
そうそう、久喜に来てから、散歩中によくやることがある。
歩きながら、クルッと回る(笑)。
よくわからんかもしれんけど、やるのよ。
だって、空がめっちゃ広いんやもん!(笑)
見上げても空。
遠くを見ても空。
振り返っても空。
広い!
平野だから見られる。
平野でしか見られない。
だから、うれしくて、思わずクルッと回る(笑)。
舞鶴も好きやったし、京都も好きやった。
でも、関東平野には関東平野にしかないスケール感がある。
だから久喜も好き。
広い。
とにかく広い。
「うわ〜、空って、こんなに大きかったんや〜」
そう思えるだけで、なんか幸福(笑)。
☆ 人は世界を意外と見ていない
でも考えてみると、感動したのは影そのものでも、空そのものでもない気がする。
影なんて昔からあった。
夕日も空も、昔からあった。
世界は変わってない。
自分がいる場所が変わって、そして、自分の見方が変わった。
この事実に感動したんかもしれんね。
たぶん人間って、世界を見てるようで、案外見てないんよね。
見慣れた世界だけを、見てる。
だから、住む場所が変わる、歩く道が変わる、習慣が変わる・・・。
すると突然、“世界”がまた、別の角度から見え始める。
そう、知らなかったことを知る感動は、実は身近に転がってる。
☆ 世界を見飽きることはない
「もう」とか、「今更」とか、「で?」とか(笑)、40代くらいになると、なんとなく思いがち。
大人になると、そういう感覚が増えるもの。
でも実際は違う。
実際は、「今更」もクソもない(笑)。
「人生初の景色」は、子供だけのものじゃないし、そんなにオーバーなものでもない。
海外旅行とか、絶景スポットだけじゃないんよね。
ただの散歩。
ただの空。
ただの影・・・。
そんなものでも、人は普通に感動できる。
幾つになっても、頬が緩む。
しかも、かなり本気で(笑)。
☆ 世界はまだまだ美しい
世界は変わらない。
でも、場所が変わると景色は変わる。
景色が変わると、自分も少し、変わる。
人間ってつくづく環境の生き物。
それにしても、40代後半になって、自分の影の長さに感動するとは思わんかったね(笑)。
世界はどうやら、まだまだ美しいもので溢れてるらしい。
そしてどうやら、これから先も、見飽きることはないらしい。
うん、なんか、悪くない(笑)☆


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