月夜と反復、雲間と涅槃 〜現代人はなぜ、『パーフェクト・デイズ』に涙するのか〜


最近、改めて思うのが、

「“反復”と“涅槃”って、実はめちゃくちゃ深い関係があるんちゃうかなぁ」

ってこと。

(「涅槃」(ニルヴァーナ):貪りや怒りなど、煩悩の火が消えた境地。苦しみからの解放を意味する仏教用語)

今日はいきなり深いことを言う(笑)。


筋トレ。

断食。

腸活。

PFC管理。

情報統制。

ブログ執筆。

内観。

これらは全部、まっつんスタイルの日常。

こういうものって一見、ただの習慣とか自己管理くらいに見えるけど、実はどれも、

“自分”を薄めていくトリガー

なんよね。

まっつんスタイルにとっては。

“涅槃”への入り口。


☆「反復」は、“自分”を消す装置

最初は、誰でも力む。

うまくなりたい。

変わりたい。

結果を出したい。

認められたい・・・。

これって要するに、

「“自我”がハンドルを握ってる状態」

わかりやすく、筋トレを例にすると、

「もっと重く」

「もっとデカく」

「もっとシャープに」

この段階では、まだ“俺”が主役。

でも、反復を重ねるうちに、だんだんこの感覚って変わってくる。

・呼吸が噛み合う

・フォームが自然になる

・動きが勝手に流れ出す

で、ある瞬間、あとから振り返って気づく。

「あれ? あんとき、“俺”がおらんかったな」

って。

これ、実は禅寺の修行と同じ構造やと、まっつんスタイルは思うね。

いや、というか、筋トレが、禅寺の修行と同じ構造というべきか(笑)。

「反復の中に、仏が宿る」


☆消すんじゃなくて、“消える”

さっきも書いたけど、「無我」って、

「自分を消さねば〜!」

って頑張ることじゃないんよね。

てか、それこそ、めっちゃ自我が頑張ってるわけで(笑)。

おもしろいのは、

気づいたら、消えてる

ってこと。

例えば、ブログを書いてるとき。

もちろん、毎日ご機嫌で書いてるわけじゃない。

「何も(アイデアが)出てこん・・・」

「今日はダルいし、なんか筆が重い・・・」

「なんで誰も見に来ーへんの?」

とか、普通に毒づいてる日もある(笑)。

でも、そんな自分にふと気づく瞬間があるんよね。

「あぁ、今、イラついてんな」

「今日は雑念がすごいな」

「全然集中できてへんやん(笑)」

って。

すると不思議なもんで、さっきまであんなに騒がしかった頭の中が、ちょっとだけ静かになる。

で、意外とまた書き始められる。

気づいたら、さっきまでのイライラとか忘れて、目の前の文章に夢中になってたりする。

「・・・あれ? さっきの俺、どこ行った?(笑)」

まっつんスタイルがたまに言う「自分が消える」って、たぶんこういう感覚。

消そうとしたわけじゃない。

何かを悟ったわけでもない。

ただ、いつの間にか、いなくなってる(笑)。

で、また戻ってくる。

揺れながら消えて、また自分に戻る

そんなことを日々繰り返してるうちに、少しずつ、この感覚が身体に馴染んでくるんやろうと。

そんなふうに思う。


☆『パーフェクト・デイズ』が刺さる理由

と、ここでやっと、タイトルに書いた、映画『パーフェクト・デイズ』を引き合いに出してみる。

あの映画に、現代人が猛烈に惹かれる理由も、結局ここなんやと思うのよね。

同じ仕事。

同じ道。

同じ昼食。

同じ木漏れ日。

同じ音楽・・・。

地味で、退屈で、変化の少ない毎日・・・。

でも主人公・平山は、その反復の中にちゃんと“快”を見出してる。

「耐えてる」んじゃない。

「やらされてる」んでもない。

「虚無に堕ちてる」わけでもない。

ただ、

静かに“今”を味わってる

朝陽。

神社と植物。

缶コーヒー。

カメラと古本。

カセットテープ・・・。

その反復のすべてが、“生きてる感覚”として身体に沁み込んでる。

だから、観てる側も、なぜか涙が出そうになる(笑)。


☆暮らしそのものが“穏やかな快”

たぶん、まっつんスタイルが目指してるのもこれ。

爆発的な幸福じゃない。

「ハワイ旅行で豪遊!」

「一夜で有名人!」

「人生大逆転!」

もちろん、そういう瞬間も悪くない。

でも人生の大部分は、ありふれた日常の反復。

だったらその反復そのものを、“穏やかな快”に変えてしまった方が良くね?

これが、まっつんスタイルの基本哲学(笑)。

・筋トレ後のプロテイン

・断食明けの味噌汁

・夕日を浴びながらの散歩道

・ブログを書き終えたあとの静かな満足感

・ふと月を見上げる時間

そのどれもが、まっつんスタイルにとっては、小さな「涅槃」。

・・・ってね。


☆月と雲と夜空

そう、そして今夜は、マジで月が美しい(笑)。

雲が流れ、月が隠れ、またふっと現れる・・・。

夜空と、雲間の月とのコントラストがあまりにも完璧で、思わず泣きそうになる(笑)。

たぶん美しさって、「永遠」じゃなくて、“消えていくもの”の中に宿る。

そう、これって反復も同じ。

毎日は繰り返される。

でも、同じ日は一日もない。

だからこそ、今日の呼吸を味わう。

今日の月を眺める。

今日の自分を感じる。

これもまた、日常の小さな「涅槃」。


☆日常に“快”を感じる

禅の世界では、

「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」

っていう言葉がある。

「特別な境地」を追いかけるんじゃなくて、日々のありふれた営みの中にこそ、“道”がある。

まっつんスタイル的には、そんなふうにも受け取れる言葉やね。

だから、山に篭って仙人になることだけが「穏やかさ」じゃない。

ただ、

どこで暮らそうとも、その暮らしそのものが、穏やかな“快”になる

そんな状態を目指せばいいと、まっつんスタイルは思う。


反復の中で、自我は薄まり、世界との境界はやわらかくなる

そのとき人は、静かに“今”へと帰ってこられる

『パーフェクト・デイズ』に涙し、月の美しさに涙した夜。

そこで感じた「小さな涅槃」。

今日はそんなお話・・・☆


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