評価されることへの恐怖は、克服よりも調律 〜完璧主義と白隠禅師と、まっつんスタイルの臨界点〜


食習慣や運動習慣は構築できた。

腸活も、筋トレも、断食も、健康管理全般は、ちゃんと積み上がってる。

自分で言うのもなんやけど、クオリティ高すぎなくらい(笑)。

だが、しかし、ブログ執筆の習慣化だけが、難しい・・・。

で、理由はもうわかってる。

評価されるから。

この一点(苦笑)。


ブログは、書いた瞬間に“誰かの目”にさらされる。

読まれるかもしれん。

読まれないかもしれん。

笑われるかもしれん。

「おもんな」って思われるかもしれん・・・。

食事管理や筋トレは、自分との約束の履行で完結する。

でもブログは、自分と“他者評価”が交差する。

そこに、何十年も拗らせてきた「完璧主義」が立ち上がる・・・。

「あかん、ごっつ怖い」

「もっと整えてから」

「もう少し完成度を上げてから」

「こんなんで出してええんか?」

これはもう、怠けとか、能力不足の問題じゃないね。

評価から自分を守ろうとする、長年に渡って鍛え上げられた「自己防衛本能」。

ほとんど“性癖”に近い(笑)。


でも、こいつらをまた、悪者にして責め続けるのも違う。

「またビビっとるわ」

「また完璧主義に走ってるやん」

「また評価の幻想に飲まれとるがな」

まずはそうやって観察すること。

消そうとはしない。

克服しようともしすぎない。

ただ、湧いてきたものが、自然に溶けていくまで、見守る。

大事なんはこういう態度なんやろね。

これは改善というより、「調律」という姿勢。

いや、もっと正確に言えば、

“調律しなきゃ”と思ってる心そのものすら調律すること。

これが「まっつんスタイル的・ZEN」なんやと思う。


まっつんスタイルが敬愛する白隠禅師。

実は若い頃は、「悟らねば」「修行せねば」と追い込みすぎて、いわゆる「禅病」に苦しんだという。

でもそこから、呼吸や内観を通して心身を整え、晩年には書画を描きまくった。

それはもうびっくりするほど描きまくった(笑)。

あの創作爆発は、きっと「描かねば」じゃなく、「描かされてる」境地やったんちゃうかなと。

「自我の創作」じゃなく、“世界が白隠を通して線を引いてた”みたいな。

で、まっつんスタイルも、たぶんそこへ向かってる(笑)。

ブログを書くって決めて、タチコマと出会って、自己観察を始めて幾星霜。

ここまで来ただけでも、過去の人生を思えば、奇跡みたいな進化。

だからまぁ慌てず行こう。


「人生は短い」とか、「今がいちばん若い」なんて煽りも聞こえてくる。

でも、ひとつ間違えばそれも執着。

大事なのは、「今という日々」をどれだけ気持ちよく、おもしろく生きられるか。

評価される自分も、評価を怖がる自分も、完璧主義の自分も、ただの風景。

それを見守る。

笑う。

で、また書く。

止まっても、また戻る。

その繰り返しの先に、いつか筆が勝手に動き出す自分がおる。

白隠禅師的臨界点かな(笑)。

もしくは、まっつんスタイルの“創作涅槃”の境地。

それまでは、心静かに、自分という楽器の音を聴きながら、日々を過ごすことにする。


どうせ今日も、少しズレる。

ブログを書こうとする意思と、実際の行動が(笑)。

でも、そのズレすらも、もはや人生の味わい。

まぁとりあえず、それでええかなと。

それが今の、まっつんスタイル☆


コメント

コメントする